エルフの戦士危機一髪
エルフの国は静かで住みやすい良い国だ。
決まってそんなことを移住してきたエルフは言う。
どうやら、外の世界ではエルフは住みづらいようだ。
私は生まれて50年になるが、一度も国の外へ出たことは無い。
だが、やっと成人として認められる50を数え、国の内外の境界線である双子岩の監視者をさせてもらえるようになった。
私にとっては世界の端である。
私は毎日何が起きるか楽しみで仕方が無かった。
あれから数日、私は監視者の仕事に飽きた。
とにかく何も起きないのだ。魔物も太古に造られた魔術刻印とやらの力でこの岩の付近には現れない。
たまにヒト族が大挙して現れることもあるらしいが、私は今のところ見たことはない。
まあ、見たところで監視者の私の仕事はこの木の上に登って上級戦士の人達に合図を送るだけなのだが。
そんな退屈な日々に嫌気が差す中、私は今日もお気に入りの枝の上で横になっていた。
その時、普段聞かない音が聞こえた。
「さあ、行ってみよう!」
更にはそんな声まで聞こえてきた。
侵入者だ!
私は気分が高揚するのを何とか抑え込みながら、物音を立てないように枝の上で体勢を変えた。
2日掛けて、私はお気に入りの枝に穴を開けてそこから下を見えるようにしていた。
無闇に自然を傷つけることを嫌うエルフが多い中、私は木にとってもそれくらいは支障が無いと判断している。
なので、私は枝にしがみ付いて自ら開けた覗き穴から下を覗いていた。
侵入者は4人のようだった。
金髪が2人に黒髪が2人だ。
目はかなり自信があるが、上からだとやはり分かりづらい。多分、金髪が若い男女。黒髪が長いのは女だろう。
と、その時、もう1人の黒髪が顔を上げた。
目が合った気がする。
「…っ」
私は背筋にゾワリとした寒気を感じた。
いや、そんな馬鹿な。
あの場所からこの枝までかなりの高さがある。私達エルフや獣人のような目を持たなければ、どうあっても私に気付く筈が無い。
そういえば、もう1人の黒髪は獣人のようだったが、今こちらに顔を向けているのはヒト族の筈だ。
周りの人を呼ばないところを見ると、やはり私に気が付いていないのだ。
そう私が自身を励ましていると、金髪の1人もこちらを見た。
何か言っているような口の動きだが、声が小さ過ぎて分からない。
私の方をずっと凝視する2人に私は危機感を募らせていく。こんな恐怖は子供の時以来だ。
エルフの国に伝わる子供を大人しくさせる為の話だ。石になる眼という話で、夜中まで眠らずに起きて動き回っていると、木々の隙間や壁の隙間、扉の隙間から眼が覗いてくる。それを見ると、石のように固まってしまい、ずっと動けなくなる。そんな話だ。
私は情け無くも、子供騙しのおとぎ話を思い出して体を震わせた。
その時、今度は黒髪の女の方まで私を見上げた。
バレている。
これはバレているのではないか。
どうするべきか。すぐに逃げるべきか。
いや、場所までは特定していない可能性もある。それなのに自分から居場所を知らせるのは馬鹿らしい。
私は頭の中に浮かぶ選択肢を選ぶことも出来ずに枝の上で身悶えた。
そして、金髪の女の子まで私を見上げた。
え?
エルフ?
私は女の子を見て混乱した。金髪の女の子は長い耳をしていたのだ。
いや、それもただのエルフじゃない。明らかに存在感が違う。
この感覚を何処かで感じた筈…。
私がそう思って記憶を探っていると、急に空気が重くなるような感覚を受けた。
目を凝らすと、金髪の女の子が両手に丸く白い光を放つ何かを持っていた。
どう見ても魔術的な光を放つそれに、私は自分の命があと僅かになったような錯覚を覚えた。
いや、錯覚ではない。
今まさに、私は…。
「ちょ、ちょっと待て! 止めろ!」
私は慌てて体を起こし、大声で地上に向かってそう叫んだ。
枝から顔を出して、金髪の女の子に同じエルフであることを示す。
だが、何故か金髪の女の子の顔は嫌そうに歪み、魔術的な白い光も更に輝度を増した。
ダメだ。殺される。
私はそう悟った。
ああ、父上、母上…先立つ不孝をお許しください…。
私が泣きながらそう祈りを捧げると、下から微かにこんな声が聞こえた気がした。
「止めろ、サニー。泣いている」
俺達は岩の上でエルフの女が降りてくるのを待った。
声を掛けたら、意外にも素直に降りてくると言ったのだ。
そして、降りてきた女は肩を落としてサニーを見た。
「…こんなに若いのに、あんな魔術を…」
そういうエルフの女も20歳前後に見えるが、サニーとそんなに年齢が違うものなのか。
女は薄い黄緑色の髪を背中の辺りで束ね、少し露出の多い緑色のワンピースを真ん中で縛ったような服を着ていた。民族衣装っぽいが、何処かエロい。革製の靴や鞄、手袋などもつけている。
俺は首を傾げながらも、一応自己紹介をすることにする。
「俺はレンという。こっちがサニーとラグレイト、そしてソアラだ」
俺がそう名乗り、メンバーを紹介すると、女は慌てて背筋を伸ばした。
「申し遅れた。私はエルフの国ラ・フィアーシュの戦士、イツハルリア。貴方達は敵意が無いようなので、他の者にそう伝えよう。少し待て」
ほう。わざわざ隠れ里みたいな場所に国を作っているのに、随分と決断が早いな。もしや、若そうに見えるが国の有力者か?
俺はそんなことを思いながら、木彫りの笛を取り出して口に含むイツハルリアを眺めた。
うん、美しい。やはりエルフは美人でないとイメージが崩れる。
「今、連絡した。すぐにこちらへ人が来るだろう…ん? どうした?」
「いや、何でもない」
不思議そうな顔をするイツハルリアに片手を振って誤魔化すと、イツハルリアの言う通り、すぐに人は集まった。
「ば、馬鹿者! 何をやっておるか!?」
「イツハを離せ! この人攫いどもめ!」
そして、イツハルリアの隣に立つ俺が怒鳴られた。全然ダメじゃないか、イツハルリア。
俺はとりあえず自己紹介してみようかと口を開きかけたが、先にイツハルリアが口を開いた。
「な、何!? こんなに人当たりが良いのに人攫いだったのか!?」
「あぁ?」
イツハルリアの冗談みたいな台詞に俺は思わずドスの利いた声を発してしまった。
すると、イツハルリアが警戒するようにこちらに向き直る。
「くそぉっ! 嘘だと言ってくれ! 良い人だと思ったのに!」
「イツハを誑し込みやがったのか!?」
「なっ!? 人が良いイツハを騙してそんな…っ!」
ダメだ。天然か、イツハルリア。後でお仕置きをしてやる。
俺は半眼になって悲しそうな顔をするイツハルリアを眺め、口を開いた。
「サニー、拘束」
「ん。フロストジェイル」
俺の簡潔な指示に、サニーが即座に適切な魔術を発動した。三人の頭の上に氷の柱がいくつも現れ円筒状の氷の牢獄が完成した。
瞬く間に囚われの身となった三人のエルフは動きを止めて固まってしまった。
そして、サニーの存在に気がつく。
「む、無詠唱で、この規模の魔術を…!」
「そんな…あ! は、ハイエルフ…?」
「え、ハイエルフ? ああ、何処かで見たような雰囲気と思ったら、姫様に似てるのか!」
「ば、ば、馬鹿者! 何で早くそれを…! 私達は王のご家族に大変な失礼を…!」
エルフ達はサニーを見て顔面蒼白になって震え出した。氷の牢獄の中にいるせいで、まるで俺のせいで震えているみたいに見える。
「あの、どうしましょう?」
ソアラが慌てふためく三人を眺めて俺にそう尋ねた。
俺が難しい顔で唸っていると、ラグレイトがニッコリと笑顔を浮かべてこちらを見て口を開いた。
「殺しちゃえば?」
「ヒィイッ!」
ラグレイトの過激な発言に増す増す萎縮する三人のエルフを見て、俺は深い溜め息を吐いた。
「まずは対話といこう。さっきまでは会話出来たんだ。急に言葉が通じなくなることはあるまい」
俺がそう言うと、エルフ三人は感嘆の声を上げて俺を見上げた。
おかしいな。エルフは物静かなイメージだったんだが…。
。
。
。
あれ?
気付いたらまた脳筋が…!
いや、流石にこいつらだけの筈です。
作者は脳筋以外も書けると信じています。




