エルフと獣人の国に行こう
朝がきた。
昨日は色々あって色々あったが、やはりいつものように朝はくる。
隣を見れば、緩いウェーブのかかった美しい金髪が揺れ、反対を見ればいつもは結われている紺色の髪が解けて広がっていた。
よし、こいつはヤバい。
折角ぐっすり寝てるし、静かに仕事に行くぞ。
と、配慮に配慮を重ねてベッドから抜け出し、そっと着替えていると、背後で身動ぎする音が聞こえた。
撤退だ。
戦略的撤退をせねばならん。
後でプラウディアに美味しい紅茶を届けさせよう。
玉座の間にて玉座に座る俺に、階段下から短い金髪の美少女、サニーが口を開いた。
「えー」
サニーのやんわりとした拒絶の声に、俺はガクッと肩を落とした。
サニーとは逆に長い金髪の美女、エレノアはサニーの態度に眉尻を上げた。
「ご主人様の命令ですよ」
エレノアがそう口にすると、サニーが口を尖らせて顎を引いた。
「だって、エルフが面倒臭そう」
「お前もエルフだろうが」
俺はサニーの言い訳に思わず突っ込む。すると、サニーが俺を見上げで首を左右に振った。
「私はハイエルフ。エルフとは一戦交える存在」
「一戦交えるのか、それは連れて行けないな…」
サニーのドヤ顔で口にされた台詞に俺は脱力感を持ってうな垂れた。
そこへ、サニーの隣に立つ龍人のラグレイトが口を出した。ラグレイトは金髪の隙間から見える赤い眼を俺に向ける。
「僕はいいけどね? 我が主。ただ、今のところ龍人の資料は無かったって聞いてるけど、獣人族は龍人を知ってるのかな?」
ラグレイトはそう言うと小首を傾げた。
ふむ、確かに獣人のキャラクリエイトで最強種族の龍人とはいえ、この世界にいないのでは誰も知らないだろう。
だから、今回はソアラを連れて行くのだが。
俺は視線をラグレイトの隣に立つ艶やかな美人に移した。流れるような長い黒髪に大きな三角の耳を生やした狐獣人、ソアラである。
「ソアラがいれば獣人達の反応も柔らかくなるかもしれないから、恐らく大丈夫だろう」
俺がそう言うと、ソアラは首を傾げながら微笑んだ。
「私は嬉しいのですが、サイノスは良いのですか?」
ソアラがそう言うと、玉座の間の端で和服に似た服装の黒髪の犬獣人、サイノスが座り込んでいた。
「殿に捨てられた…殿に捨てられた…」
サイノスが虚ろな瞳で何か呟いていたが、俺は気にせずソアラに顔を向けた。後で絶品のワニ顔ラクダの肉でも届けてやろう。
「今回はラグレイトが護衛役で一緒に行くからな。前衛が余る。斥候を連れて行っても良いが…ダークエルフのセディアがどういう扱いを受けるか分からないからな」
「ダークエルフの里はあるのでは?」
俺の説明にエレノアがそう聞いてきた。俺はそれに頷きつつ、腕を組んで唸る。
「あるにはあったが、どうもエルフの里と別々みたいだからな。もしも敵対していたら困る。情報が少ないから危険も未知数だ」
俺がそう言うと、エレノアが頷いて俺を見上げた。
「なるほど。それに、斥候が得意なギルドメンバーは魔術士を連れて各地に飛んでますからね。人手不足もありますか」
「そうだな。正直に言うなら人手不足が一番大きいかもしれん」
俺はそう答えて、サニーに目を向けた。
「サニー。他のハイエルフはまだお前ほど強くなっていないんだ。一緒に行ってくれないか?」
俺が改めてそう聞くと、サニーは渋々頷いた。
「分かった。根絶やしにする」
「絶対にダメ」
俺達は飛翔魔術で空を舞い、ガラン皇国の上空を通過していく。
「あ、また兵隊」
サニーのそんな言葉を受けて、空から地上を眺めた。
「今は情報をガラン皇国の各地とメーアス、レンブラント王国に拡散しているところだから、あれは早馬か」
地上では馬が10頭以上走っており、全てに鎧を着た兵士が騎乗している。
恐らく、近くの街で聞いたガラン皇国の歴史的敗北を聞いて皇都に情報を持ち帰っているのだろう。
なにせ、三回の戦いの全てで惨敗。そのうえ財政が破綻しかかっているなんて情報まである。
ガラン皇国の兵ならば何が何でも皇都に持ち帰り、情報の真偽を確かめたい筈だ。
「ガラン皇国は大変だね。まあ、我が主に逆らうのが馬鹿だよ。レンブラント王国は逆に我が主に敬意を表したお陰で何とか建て直しつつあるし、メーアスはもう暫くしたら国際同盟と空輸で儲かるだろうから、差がハッキリでるね」
ラグレイトは何処か嬉しそうにそう言うと、空中でクルクル回った。
「皇都はまだまだ向こうでしょうか。やはり、ガラン皇国は大きな国だったのですね」
「過去形になってるよ、ソアラ」
しみじみと呟かれたソアラの台詞にラグレイトは笑いながら突っ込んだ。
「ふふふ、そうですね。あ、そういえば我が君、どうして今回はインメンスタット帝国では無くエルフの国に?」
ソアラがそう言ってこちらを見ると、ラグレイトも同意するように頷いてこちらを見た。
「そういえばそうだね。エルフの国も獣人の国もあんまりヒト族と国交を結んでいないんだよね?まあ、奴隷に攫われたりしてたら当たり前だけど」
ラグレイトにそう聞かれ、俺は唸りながら口を開く。
「まあ、な。思いつきだが、以前あったエルフがサニーを見て勝手に王族だの何だの口にしていただろう? だから、ハイエルフのサニーを連れて行けば話も早いかもしれないと思ったのと、単純に帝国が面倒臭そうだからだ」
俺がそう言うと、ソアラとラグレイトは首を傾げた。サニーはまだ地上にいる兵を探している。
「インメンスタット帝国が面倒臭い? なんで?」
「インメンスタット帝国はその名の通り皇帝がいる国だ。昔は帝国が最も広い国土を持っていた時代もあったらしいが、二つ前の代の皇帝から国土も国力も減少し、今の状況に落ち着いた」
俺はそう話を区切り、短く息を吐いて口を開いた。
「そんな状況を変えようとしたのが今の皇帝だ。そして、その皇帝を影から操る存在がいるらしい」
「影から操る存在?」
俺の話にラグレイトが首を傾げながらそう聞いてきた。
「ああ。唯一神を信仰する宗教、メルカルト教だ」
「宗教ですか」
ソアラは俺の言葉を聞いて目を少し開いて驚いた。漫画とか読んでるとありそうと思うが、普通は驚くだろうか。
地球だと宗教家達が自分達の国まで作ってるが。
俺はソアラに顔を向けて浅く頷いた。
「宗教ってのは相手にすると面倒なイメージがどうしてもあってな。こちらが邪教徒認定でもされたら最後の一人まで挑んできそうだ。その点、商売人ばかりのメーアスは話が早いが」
「そうなのですか…宗教は聖大神教しか存じませんが、聖大神教は争いを嫌い、怪我をしたり亡くなった人々を癒す存在でしたから」
聖大神教ね。それはゲーム内に用意された宗教だからね。しかも、高レベルになるとぼったくりかと言うくらい金を巻き上げる悪徳宗教じゃないですか。
俺が地球の歴史にある宗教戦争やらを持ち出すべきか悩んでいると、サニーが口を開いた。
「あ、もうすぐ大きな山にぶつかる」
「は?」
サニーの恐ろしい言葉に俺が顔を上げると、もう山の木々が枝ぶりまで見える位置まで迫っていた。




