一騎当千 エレノアversion
敵は数万の大軍。
その前列だけであり、それが更に半分に別れた。
とはいえ、それでも私の目の前には数千の兵士が槍や弓を構えて迫っています。
長い槍がいくつもこちらを向いており、ジワジワと距離を潰しています。
そうこうしている内に、私目掛けて無数の矢が上空から弧を描いて降り注ごうとしているのです。
これでは確かに魔術が使えず、身体も弱い一般兵にはどうしようもありません。
私はガラン皇国の軍の強さを見極めようと突き出される槍を眺めながら愛用している剣を持ち直します。
波打つような刀身が特徴の剣、フランベルジュ。
刀身の長さは1メートル程度ですが、オリハルコン製であり、身体能力向上の魔術刻印が施されています。
更には防御力は少し低くなりますが、ご主人様が私の為に作ってくださったカラードラゴンの皮と鱗、そしてミスリルを使って作られたホワイトドレス。そして、バングルにブーツ、イヤリング。
全てに魔術刻印が施されており、器用貧乏と言われることもある魔法剣士でありながら、私は速度と攻撃力においてはトップクラスの能力を持ちます。
ご主人様曰く、当たらなければ最強とのことです。
その上、今の私はヴェロッサの補助を受けて身体能力が向上しています。
「…いきます」
私は目の前に迫る大量の槍の穂先を見てそう呟きました。
右手に持った剣の腹の部分で私の目の前の槍を三つ素早く弾き、空いた左手で一つの槍を上に叩き上げ、他の槍も纏めて押し上げます。
ほんの少しですが、隙間が空きました。
地面から1メートル程度の隙間に身体を低くして滑り込むと、槍を引かれる前に一気に兵達の前まで接近します。
「っ!?」
目の前の兵が接近する私に気が付いて息を呑みますが、反撃は不可能です。
私は手早く手前の兵士の手を切り、隣の兵士の腕を切りました。
他の兵士が私の姿を見失っている間に、私は小さな声で魔術を行使します。
「アースエッジ」
私がそう呟くと私を中心にして10メートルほどの範囲に高さ30センチ位の土の刃が無数に突き出ます。
「ぐあっ!?」
「うぁあっ!」
足を膝のあたりまで切り裂かれた兵達の悲鳴が木霊する中、私は一気に軍の内部に切り込み、隊列を崩しにかかりました。
捉えられないように、ただただ速く。
「なっ!?」
鎧ごと袈裟斬りに斬り捨てた兵が斬られた後に悲鳴をあげるのを耳で聞き、地面を縫うように低くジグザグに走りながら敵兵の足を切り裂いていきます。
また前列まで戻った時には、切り損なった兵が疎らに残るだけで、およそ200から300は斬ったでしょうか。
軍の前列は完全に隊列が崩れました。
一息吐いて横を見ると、ご主人様が巨大な盾を持つ男と戦っているところでした。
私がご主人様の勇姿に思わず見惚れていると、風を切る音と共に矢が私に飛んできました。
「おっと」
私は軽くステップを踏んで剣を降り、飛んできた十数本の矢を切り落としました。
「くそ! なんだ、あの女は!?」
「馬鹿な! たった一人にここまで…!」
「退け! 囲むぞ!」
そんな言葉が聞こえて声のした方向に目を向けると、馬に乗った指揮官の1人らしき赤い鎧の男が声を張って周囲に指示を出していた。
すると、疎らに立っていただけの兵達が慌てて奥にいき、纏まった兵数で私の周囲に陣を引きに向かいます。
相手が同じ軍隊ならば、中々素早い判断と兵の動きを評価致します。
ただ、相手が素早く動き回るたった1人を狙うならば、せめて少しでも実力の高い者を集めて少数で倒すべきです。
実力が違い過ぎるならば正面から物量で挑み、そのまま体力が切れるまで攻め続けるしかないでしょう。
そうでないと、こうなります。
私はその場で地面を蹴ると、一気に私を囲もうとして動く兵達の一部に斬り込んでいきました。
二、三人斬り捨てて囲まれる前に突破した私は、私に背を向ける兵達に向かってまた斬り込みます。
馬よりも速く動く私の足をどうしても止めたいならば、罠か魔術で止める他はありません。
地形を利用するのもこの平地では不可能です。
「ま、魔術士隊! 魔術士隊は何処だ!?」
と、ようやく指揮官の男が気付いて声を上げました。
すると、少し離れた場所から魔術士隊がこちらへ向かってきているのが目に入りました。
私は結界魔術も使えますが、基本的にご主人様ほど万能ではありません。
故に、魔術士と戦う時は魔術を発動させないことにしています。
「行きます! エアリアルスラッシュ!」
風属性の剣技スキル。
私の得意技のひとつです。
技を発動した私は私の持つフランベルジュの刀身が風の刃によって3メートルほどまで伸びているのを確認し、一気に走り出しました。
一振りで弱い人間は真っ二つになりますが、この人数ですし、仕方ないでしょう。
私は意識を敵に集中し、スローに見える周囲の景色を後ろに押しやる様に前へ前へ駆けていきました。
後は、ただ斬るのみです。
左から右に向かって切り上げ、身体を回転させてもう一度薙ぎ払います。
この速度で接近した為、弓ではもう捉えられません。
「フロストレイン!」
私は薙ぎ払った体勢から身体を起こしながら、空いた左手を側面の敵に向けてそう口にしました。
直後、私の左斜め前方の広範囲に顔ほどの大きさの氷の球がいくつも落ちていきます。
私の魔力がご主人様並みにあったなら、同じ魔術でも威力が全く違ったでしょう。
ですが、速度と攻撃力に偏った私の場合は自らの隙を消す為の手段であり、牽制の為の一手でしかありません。
「…とはいえ、十分に私程度の魔術で被害を出せているようですが」
私は剣を持ち直しながらそう呟き、周囲を見た。
先程の氷の魔術だけでも数十人は倒れていますね。
「止まった! 止まったぞ! 行け行け行け!」
私が辺りを見回していると、指揮官の男はまた大声でそう叫びました。
皇国軍の正規兵にはご主人様は気を留めておられなかったので、特に生死は問わないでしょう。
私はそう判断すると、一気に指揮官の側まで走り、口を開きます。
「アースエッジ」
私が土の魔術を行使した瞬間、周囲では悲鳴と怒号が飛び交います。
指揮官の乗っていた馬ももんどり打って地面に倒れ伏しました。
ですが、その周囲に指揮官の姿はありません。
「ぬぁっ!」
上を見ると、赤い鎧を着た指揮官らしき男が剣を振りかぶって私に斬りかかってきていました。
私は剣を持っていない左手を頭上に突き出し、男の振り下ろす剣の刃に当てます。
次の瞬間、私の手に触れた男の剣は粉々に砕けました。
男は地面に降り立つと、自身の持つ剣だったものを持ち上げて愕然としていました。
「ば、馬鹿な! そんな馬鹿な! 鋼の剣を素手で砕いただと!? どんな怪力なんだ、化け物め!」
男が驚愕と共に口にした罵声を聞きながら、わたしは無言で男の胴体を鎧ごと真っ二つにします。
失礼ですね。
ただの防御スキルの一つです。
むしろ防御しただけで粉々になる武器が恐ろしいですね。
ご主人様なら投擲武器にするレベルですよ。




