一騎当千 レンレンversion
身体の底から力が湧き上がる。
ヴェロッサの踊りの効果だ。
俺は剣を鞘から抜くと、解除された結界魔術の向こう側の景色を見た。
よほどの自信があったのだろう。
Sランク冒険者たるクロムウェル、ティダルは目を剥いてこちらを見ていた。
盾を構えたオーウェインだけは感情の読めない顔で腰を落として姿勢を低く構えていた。
そんな中、長い槍を構えた兵達は左右に広がりクロムウェル達を含めて三方向から攻めてこようとしている。
俺はその光景を眺めながら、大きく息を吸って声を発した。
「俺はエインヘリアルの国王だ。我々がこちらの領土を侵した理由を尋ねたというのに、返答も無く攻撃を加えられた。この攻撃を、ガラン皇国軍側からの返答とし、我らは反撃に転ずることにする」
俺がそう宣言すると、ティダルがハッとした顔になって奴隷兵達を見た。
「さ、さあ! 行きなさい! 次の魔術を撃つまでの時間を稼ぐのですよぉ!」
ティダルにそう怒鳴られ、奴隷兵達は顔を歪めながら前進を開始した。
随分と若い兵が多く、半数は獣人のようだ。獣人としての特徴も似ていることから、恐らく同じ故郷出身の獣人達だろう。
ヒト族らしき残りの兵も若く、こちらを見て恐怖に顔を引き攣らせている。
「仕方ないな」
俺はそう口にすると、水の下位魔術を行使する。
「レインドロップ」
俺がそう口にすると、高さ5メートルほどの空中から突如として水の塊が降り注いだ。
一つ一つはタライをひっくり返したほどの水の塊だが、数は魔力に応じて増える為、まるで巨大な滝でもあるのかという水量となる。
鎧を着た状態で頭から滝に突っ込む形になった奴隷兵達は続々とバランスを崩して転倒し、味方の鎧で頭を打って気絶する者まで出た。
何とか立っている者もいるし、数人は俺に槍を向けて走ってくるが、俺はその場から動かずに結界魔術を行使した。
すると、俺の張った結界によって、奴隷兵達の槍の穂先が俺に触れる直前にへし折れていく。
驚愕の表情を浮かべる奴隷兵達を一瞥し、俺は剣を軽く振った。
その一撃で槍を砕き、鎧ごと奴隷兵の若者を吹き飛ばしていく。
「安心しろ。峰打ちだ」
剣の腹を片手で叩きながら俺がそう口にしたが、吹き飛んだ奴隷兵は地面を転がって倒れたまま動かなかった。
「ボス、聞こえてないと思います」
五月蝿い、決め台詞を言いたかっただけだ。
俺は剣を持ち直すと、溜息交じりに口を開いた。
「ディスチャージ・ストーム」
俺が下位の雷系魔術の名を口にすると、地面を走るように放射状に白い光が走り、明滅した。
「ぎゃあああっ!」
直後、水に濡れた全ての奴隷兵達は感電し、至る所から悲鳴が響いた。
優しく気絶させようかと思ったのに、むしろ拷問みたいな図になってしまった…。
身体を仰け反らせた格好で痙攣する奴隷兵達を眺めながら、俺が若干罪悪感を感じているとローザが感嘆の声を上げた。
「流石はボス。逆らう者は女子供でも容赦しないわけですね」
「うっ。せ、戦争だからな。おい、イオ! 奴隷兵達を治療して後ろの方に寝かせておけ!」
「分かりました! 生きてる人だけですよね?」
「い、生きてる人だけだ!」
くそ、俺の良心に無意識に鞭を打つ部下ばかりだ。
俺は不貞腐れながら視線を前に戻し、剣を構えた。
「さあ、軽く相手をしてやろうか」
俺がそう口にして一番先頭になったオーウェインを見ると、オーウェインは盾を構えたまま不敵に笑った。
「く、クロムウェル! は、はや、早くもっと強い魔術を使うんですよぉ!?」
「だ、黙ってな! 今詠唱に入る!」
オーウェインの後ろでは泣きそうなほど顔を歪めたティダルがクロムウェルを急かし、クロムウェルは慌てた様子で杖を構え直して詠唱を開始した。
俺はそれを眺めながらオーウェインに向かって歩いて行き、左右の戦場を横目に見る。
エレノアの方では人がバタバタと倒れていき、カルタスの方では人がまるで紙切れのように宙を舞っている。
よし、俺が一番常識的に戦っているぞ。あいつらはなんて非常識なんだ。
俺はそう思って思わず笑みを浮かべたのだが、オーウェインは何を思ったのか眉間に深い皺を作ってこちらに歩き出した。
盾で身体の大半を隠したオーウェインが、もう俺のすぐ目の前にまで来ている。
だが、武器を構えるような気配は無い。
何をする気なのか。
盾で何が何でも俺の初撃を防ぐ気概なのか。
「面白い」
俺は一言そう呟くと、剣を敢えてオーウェインの身体が見えている右側から横薙ぎに振った。
そして、オーウェインが体勢を変えて俺の剣に自らの持つタワーシールドを合わせる。
本気では無いとはいえ良く間に合ったな。
俺がそう思うと同時に、俺の剣が激しい衝撃と共にタワーシールドに弾かれた。
「っ! ボス!」
俺が僅かに体勢を崩したことを察したローザがこちらを見て叫ぶが、腰を入れて剣を振っていなかったお陰で俺は即座に後方へ回避していた。
その回避行動の次の瞬間、俺の目の高さに向かって丸い刃が向かってきていた。
俺はその刃を背中を反らして避け、もう一歩後方に下がった。
「ハルバートか」
オーウェインが持っていた武器は以前の幅広の分厚い剣では無く、斧のような刃が付いた槍、ハルバートに変わっていた。
「…外したか」
オーウェインは掠れた低い声でそう言うと、またタワーシールドに身を隠して背中の方にハルバートを構え直した。
「なるほど。それで俺の方からは武器が見えなかったのか。それだけデカい得物を上手く隠したな」
俺は素直にそう賞賛すると、また剣を構えてオーウェインに向かって歩を進めた。
ぶっちゃけるなら、あの程度の攻撃では俺に当たる直前で結界に弾かれる。
俺が気になっているのは、俺の剣を弾いた盾のほうだ。
見れば、オーウェインの盾の端は既に先程の一撃で裂けてしまっているが、中心付近は特に変化は見られない。
真ん中は素材が違うのか。
「まあ、斬れば分かるか」
俺は口の端を上げてそう呟くと、盾を構えるオーウェインに向かって一足飛びに近づいた。
そして、俺は久しぶりにスキルを使う。
「薙ぎ払いレベル5」
俺がそう口にすると、剣が振り始めた瞬間から白く輝き始め、更に俺自身が体重を乗せて全力で斬りつける。
スキルの効果だが、およそ剣と盾が衝突した音とは思えない破壊音が響き渡り、オーウェインの姿がその場から消えた。
そして、剣を振り切ったことで、暴風のロングソードの追加効果が発動し、オーウェインの吹き飛んだ方向に風の真空波が巻き起こり、奥の兵士達が数十人規模で巻き込まれた。
流石に2回目も弾かれては外聞が悪い。そう思ってガードされても相手を吹き飛ばせるスキルを使用したのだが、斬った角度のせいでオーウェインの身体は地面にめり込むようにして数メートル先に埋まっていた。
土に埋まっていない手足や首などの骨は明らかに折れているほどの衝撃を受けているのに、まだ盾の形は残っている。
死ぬ間際に俺の剣を盾で防いだと思ったのか、オーウェインの死に顔だけは満足そうな笑みが浮かんでいた。
「…っ! オーウェイン!」
ティダルはオーウェインの遺体を見つけ、悲鳴のような甲高い声でオーウェインの名を叫ぶ。
「ローザ。オーウェインの持っていた盾を回収してきてくれ」
「はいよ」
俺の指示を聞いたローザがオーウェインの遺体の傍に移動する中、クロムウェルの詠唱が終わった。
クロムウェルは目を見開くと、俺に向かって杖の先を向ける。
「全て焼き尽くせっ! プロミネンスノヴァ!」
クロムウェルがそう叫ぶと、杖の先に火が灯り、渦を巻くようにしてクロムウェルの周囲を炎の帯が広がっていく。
無差別に火を放つ気か。
俺はクロムウェルの魔術が放たれる前に潰すべく、速さ重視で魔術を選ぶ。
「フロストロック」
「何を唱えようと無駄だ! い…っ」
クロムウェルが何か言おうとしたが、クロムウェルの頭上に出来た幅数メートルに及ぶ氷の塊がクロムウェルの魔術と共にクロムウェルを押し潰す。
炎は広がり切る前に霧散し、クロムウェルは胴体の半ばから下全てを氷の塊に潰された。
「…っ! か、は…」
クロムウェルは血を吐き、目や耳からもドス黒い血を流して地面に顔をつけた。
その絶命する様を見て、ティダルは身体を震わせて腰を抜かしてしまった。
「回復してやれよ。最高クラスの回復魔術士なんだろう?」
俺がそう言うと、ティダルは引き攣った顔で俺を睨んだ。
「ば、馬鹿な! どう見ても死んでる! 回復なんか意味が無いに決まってるだろう!?」
血走った目のティダルにそう言われ、俺は肩を竦めてティダルに向き直る。
「それくらい出来ないくせに回復魔術士を名乗るなよ。そうだ、お前には特別に身を以って体験させてやろう。何度死んでも生き返らせてやる…嬉しいだろう?」
俺がそう言いながらティダルの方へ歩くと、ティダルは地面にへたり込んだまま後退りし始めた。
「ば、馬鹿な、そんな、こと…で、でき、出来るわけ…」
ティダルが泣き笑いといった顔で俺を見上げたその時、カルタスが暴れている方向から飛んできた兵士がティダルに激突した。
「かひ…っ!?」
「…お前、運が悪い奴だな」
俺はそう言って苦笑すると、兵士の持つ剣が偶然喉に刺さって倒れたティダルを見下ろした。
「た、たひゅ…たひゅ…」
血の海に沈みながら何かを言い続けるティダルに、俺は優しく語りかける。
「安心しろ。後で生き返らせてやる。ずっとな」




