ガラン皇国軍第二軍(本隊)
山を越えてすぐの開けた地でありながら、見渡す限り誰もいない。
国境を守る国境常駐軍もいないようだ。
「一体どういうことだ…」
我輩は行軍する兵士達の中から辺りを見回し、そう呟いた。
新しい国だから国境を守る軍が置けない?
馬鹿な。報告では常に数万の兵士がいるとあったではないか。
ならば、街道に本隊を置き、いくつかあるであろう見張り台に見張りの為の少数の兵を…。
「トルガ将軍! また見張り台がありましたが、中は空です! 誰もいません!」
「…馬鹿な、何故誰もいない」
新たにきた報告に、我輩は更に悩む羽目になった。
これでは大義名分が無くなってしまう。
ガラン皇国へ侵攻しようと、兵士を集めて我が国の領地を侵した故に我らは武力でねじ伏せ、叩き潰すのだ。
いや待て。
そうか、わかったぞ。
奴らはこちらの侵攻を知った段階で籠城したのだ。
全ての兵を籠城に使えば、一つの街に数万の兵でもって籠城出来る。
我がガラン皇国の軍ともやり合えると踏んだわけか。
「ふん、浅はかな」
籠城に関してはこちらも想定済みだ。
既に魔術士の部隊も組織してあるし、城壁さえ突破したら後はこちらの思うツボである。
我輩の天才的な頭脳はこの戦争の終わりまで見通しているのだ。
我輩が勝利を確信して我が軍を眺めていると、遠くに見える最前列の兵達が行軍を突如止めてしまった。
「なんだ?」
我輩がそう口にするが、周囲の部下達は顔を見合わせるだけで誰も答えようとしなかった。
頼りにならない部下しかいないことに辟易しながら、我輩は周囲を見回して丁度良い人材を見つける。
是非、竜騎士を名乗る詐欺師の討伐に参加したいとして、軍に加わったSランク冒険者達だ。
メーアスを拠点にしている冒険者達で救国の英雄と言われることもある者達である。
我輩は濃い緑色の髪を短く切り揃えた、黒いローブの女を見た。
「クロムウェルとやら!」
我輩が名を呼ぶと、その女はこちらへ顔を向けた。
「なんだい?」
クロムウェルは不機嫌そうに返事を返してきた。
Sランク冒険者というのは変わり者が多いと聞くが、何たる無礼者か。やはり、出自が定かでない者ばかりなのだろう。
我輩は苛立ちを覚えつつもクロムウェルを見返す。
「貴殿! 飛翔魔術は使えるか!?」
「…使えるけどかなり時間がかかるから嫌だよ」
我輩が尋ねると、クロムウェルは眉間に皺を寄せてそう言った。
やはり、皇国の魔術士達と実力は変わらんのか。いや、ガラン皇国の魔術士と比べるのは可哀想か。
我輩がそう思っていると、大量の奴隷を連れた瘦せぎすの男がこちらを見た。
回復魔術士のティダルとかいうSランク冒険者だ。Sランク冒険者パーティーの回復役であり、一人で全員の怪我を治せるという凄腕の回復魔術を行使出来ると聞く。
だが、見た目は暗い。目が落ち窪み、陰険そうな光を発している。
「いやぁ、申し訳ありませんねぇ。我々は戦闘には最高の結果を出せる自信がありますが、それ以外は他所の冒険者にお願いしているんですよ。ただ、今回は他の冒険者でも斥候の出来る冒険者が雇えませんでしたし、奴隷はガラン皇国様から回収しようとしたメーアスの商人から100人ほどですが奪い返せましたが、その中でも斥候が出来る奴隷はいませんでしたからね。今回は我々は剣と盾と思って使ってくれたら有難いですねぇ」
ティダルは長々とそんなことを言って一人で笑いだした。
気持ちの悪い男だ。本当にこいつらが街を救い、領主を救った英雄なのかと疑問に思う。
だが、戦力になるのは間違い無い。
ティダルは世界でも使える人数の少ない範囲回復魔術を行使するという。
そして、クロムウェルは砲台として最大級の攻撃魔術を行使するらしい。
後は、そのクロムウェルの前を歩く大男だ。
我輩に匹敵する巨躯をフルプレートメイルで覆い、やけに不恰好な厚みのあるタワーシールドを持つ重戦士、オーウェインだ。
オーウェインは神の盾などとも言われる男だが、その目には自信が漲るような力強さは無い。
ボサボサになった銀髪を揺らし、ただただ前を見て動かない。
まったく。本当にこいつらがSランク冒険者パーティーなのか。
金は後払いで良いとのことだ。戦争が激化したら最前列で戦って貰って後ろから斬り殺してやればいいか。
「それにしても、メーアスか」
我輩は意識を今回の詐欺師討伐にケチをつけた大国に向けた。
法外な値段で奴隷を売りつけた挙句、他に高く売れる相手を見つけたら勝手に商品を返品させる始末。
今までは金にがめつくとも、最低限のガラン皇国への恭順は示す殊勝な国かと思っていたが、今回のことで世界中からの信頼を失ったであろう。
まあ、配備された兵達の回収は防いでみせたメーアスの代表の息子と娘は中々有望だが。
将来を見越してガラン皇国との繋がりを一番に考える。
これが先を見る眼を持つということだ。
まあ、商人だから戦争には参加しないが、今でも奴隷を新たに集めようと都市ジャーネルから手を尽くしている。
奴らがメーアスの代表に収まればメーアスの未来は明るいだろう。
聡明なる我輩が他国の情勢や未来にまで意識を向けていると、前列の方から我が軍の正規兵を指揮する千人長が自ら馬を引いてこちらへ向かってきた。
「りゅ、竜騎士を名乗る輩が姿を見せました!」
「なんだと!?」
やはり戦争を知らない馬鹿だったか!
お飾りとはいえ総大将自ら使者の真似事をするとは。
我輩が千人長に敵を踏み潰せと号令を発しようとすると、それよりも早く口を開く愚か者がいた。
「何処だい!? 案内しな!」
「…来たか」
クロムウェルとオーウェインである。
随分と熱心に軍に自分を売り込んでくるとは思ったが、やはり詐欺師と因縁があったか。
二人はすぐに千人長から場所だけを聞き出し、前列の方に向かって歩き出した。
「いやぁ、申し訳ありません。我々が先に当たりますから、我々が攻撃を仕掛けたらすぐに追撃をお願いしますね。いやぁ、本当なら不愉快な相手ですから相対したくないんですがね? どうにも冒険者としての商品価値に傷がつきそうで、ここでちょっとは良いところを見せないと仕事がなくなりますからね」
ティダルは長々とそんなことを口にして笑いながら前方へ歩き出した。
その歩みに合わせて、引き連れた奴隷達が一緒に隊列を乱しながら前へ向かう。
我輩の号令を発する機会が失われてしまったのは腹立たしいが、まずはあの者達をぶつけて様子を見るのも大国の戦争というものかもしれない。
上手くいけば双方共に潰し合って倒れるだろう。そうなれば最高だ。
「良し、あの冒険者共が先鋒だ! その後に我がガラン皇国軍が踏み潰すぞ!」
「はっ!」




