ガラン皇国軍の第一軍撃退
見渡す限りの死体。
戦場の風景としては当たり前にも思える景色だが、倒れているのは一方の国の兵ばかりである。
「いやぁ、殿! 中々の強者が何人もおりましたな!」
サイノスはご機嫌な様子で俺のところに来ると、刀を鞘に納めて笑った。
「サイノスは目ぼしい奴や、まだ生きてる奴隷を探してサニーかローレルに教えて来い」
俺がそう指示を出すと、サイノスは軽い返事をして屍の山を踏み越えて歩いていった。
ギルドメンバーは二人一組で傭兵と奴隷の中から生存者を捜し、治療して回っている。
上手くいけば素質のある兵を我が国に集めることが出来るからだ。
メーアスが回収した奴隷は空輸の運用に必要だからそちらに回し、余った人材も城下町で国の職員として働いてもらう。
それを考慮すると、我が国の首都でもあるヴァル・ヴァルハラ城の城下町には、兵が圧倒的に足りないのだ。
現在いるのは街に尋ねてきた傭兵やら何やらを試験してみて採用している兵士だけなので、全くをもって数が足りない。
ならば、せっかくの今回の戦争を活かさねば。
特に、無理矢理奴隷にされた者の中に有能な人材がいたら掘り出し物だ。
と、思って弱い魔術で攻撃したのだが、予想以上のダメージを与えてしまった。
ガラン皇国の正規兵は引き入れるつもりも無いから死んでしまっても仕方ないで済む話だ。
しかし、奴隷と傭兵がバタバタ死んでいるのは良くない。
流石に半数は生き残るかと思ったが、倒れている者を含めても生き残ったのは1割ほどだろうか。
いや、何とか撤退出来たガラン皇国軍の正規兵らしき者達もいたな。
俺はそんなことを思いながら、呆然としたまま地面に座り込んでいるシェリーとリアーナの傍に腰を下ろした。
「大丈夫か?」
俺がそう声を掛けると、シェリーは身体を跳ねさせてこちらを見た。
「だ、大丈夫です。ちょ、ちょっと、怖かっただけで…」
シェリーがそう言うと、リアーナが震える両手を合わせて握りしめ、口を開いた。
「…恐ろしいまでの武力です。これだけの御力があるなら、確かに何万だろうと、何十万だろうと、通常の兵が寄り集まったところで意味を成さないでしょう」
リアーナがそう言うと、隣に立つキーラが俯きがちに口を開いた。
「…ガラン皇国は終わりでしょう。これだけの大損害と歴史的敗北です。何とか国を存続させたとしても衰退の一途を辿ります」
キーラがそう言うと、暫く三人は口を開かなかったが、沈黙に耐えられなくなったようにシェリーが俺を見て声を上げた。
「あ、あの、そういえばなんですが、皆さんがマジックポーションを飲むところを見れなかったんですが、マジックポーションとは別に魔力を回復する手段があるんですか?」
シェリーはそう言って何とか笑顔を見せた。
かなり無理をしているのが分かるような引き攣った笑顔だったが、俺は指摘せずに肩を竦めた。
「あれらは下から数えたほうが早い魔術ばかりだ。魔力の消費も少ないからな、1時間撃ち続けても問題無い」
俺がそう答えると、三人はこちらを向いた。
「あ、あの…どの魔術も上級並みの魔術だったと思うのですが…」
「あれを1時間…」
「こちらから見ていても殆ど岩の雨が降り注いでいたのですが…」
三人の口から次々に文句とも苦情とも取れそうな言葉が飛び出し、俺は苦笑しながら頷いた。
「今回は魔術士が20人くらいいたからな。流石に俺一人だと岩の雨は無理だぞ。岩の千個や二千個は降らせられるだろうが」
俺がそう言うと、今度こそ3人は絶句してしまった。
その3人の様子を見てから周囲に目をやると、遠くから何人も兵士を連れてサイノスがこちらに向かってきていた。
「殿! 我が国の兵士になりたいという者を連れてきました!」
サイノスはそう言って俺の前に立つと、背後に並ぶ者達を横目に見た。
一人はサイノスと戦ったバレルという狼獣人の男だった。
やはり、こいつはあの魔術の雨霰の中でも生き残ったか。
傷も治してもらったのか、サイノスとの戦いの時に流れていた血も止まっていた。
他には獣人の男が五人と女が三人。ヒト族の男が八人と女が二人。そして、エルフの男が二人と女が二人。
合計二十二人だ。
まだローレルやサニーなどの回復魔術が使えるメンバーが倒れた兵士達の中を彷徨い歩いているから、更に我が国の兵士候補が増えるのは間違いないだろう。
「よし。ヴァル・ヴァルハラ城で採用試験だ。他の生存者の中にも良さそうな人材がいたらどんどんスカウトしてくれ。俺とシェリー、リアーナとキーラはとりあえずもう一つの皇国軍の様子を見てくるとしよう」
俺がそう言って立ち上がると、シェリーとリアーナも慌てて立ち上がった。
と、飛翔魔術を使おうとする俺にバレルが話し掛けてきた。
「失礼します。少しよろしいでしょうか、国王陛下」
バレルは慣れていなさそうな敬語でそう言った。
「なんだ?」
俺が聞き返すと、バレルは厳つい顔を僅かに歪めて俺を見た。
「俺は一族の掟として勝者には従います。ただ、故郷に残した家族の生存だけ確認出来たら…」
バレルにそう言われ、俺は軽く頷いて口を開く。
「ああ。気になるなら、この戦争が終わったら連れて行ってやるよ。家族も一緒に来ていいからな」
俺がそう告げると、それまで静かに話を聞いていた他の者まで声をあげて喜び出した。
いやいや、全員の家族を連れに行くのか?
まあ、ギルドメンバーにも手伝わせて分担すれば直ぐに済むかな。多分。
喜んでいる元奴隷の方々を見ると嫌とは言えないしな。
泣いてる奴までいるし。
「さて、それじゃあ後はそこのサイノスに聞いてくれ。一応こちらも戦争中でな。まあ然程忙しいわけでもないが、宣戦布告くらいはしとかないとな」
俺がそう言うと、バレルが嫌そうに顔を顰めた。
「…失礼ながら申し上げるならば、あれは戦争ではありません。圧倒的な力による一方的な蹂躙です」
はっきりとそう言ったバレルの言葉に、俺は軽く頷いて口を開いた。
「相当手加減したんだがな。この前皇国軍と戦った時は地形も変わるし、誰一人生き残らないしで何とも後味が悪かったんだ。今回はまぁまぁ手加減が成功したと思ってたが、そうでもなかったか」
そして、俺は次から気をつけようと言い残し、愕然としている元奴隷達から視線を外して飛翔魔術を行使した。
俺とシェリー、リアーナとキーラは空に浮かび、次の戦場へ向かって飛んだ。
さあ、あの奴隷達は使い物になるか。
こっちを怨む者もいるだろうが、まあ戦争だからと諦めてもらわねばな。
この戦争が終わったらどれだけの精鋭が我が軍に加わるか、楽しみが一つ出来た俺はそっと笑みを深めた。




