ガラン皇国軍、第1軍
朝がきた。
昨日の宣戦布告もあることだし、昨夜はギルドメンバーも一緒にセレンニアにあるビリアーズの居城に来て一泊していた。
ランブラスに向かう皇国軍の方が進軍速度が遅いため、まずはコランウッドに向かう軍との決戦である。
俺達は執務室に行き、ビリアーズと顔を合わせた。
「おはようございます、陛下。今日はいよいよ戦争ですな」
「ああ。まあ、こっちの方は昼には終わるだろう。そしたら今度はランブラスに向かう軍に宣戦布告を一応しておかないとな」
俺がそう言うと、ビリアーズは呆れたように笑った。
「ふ、ふふ。ガラン皇国を相手取ってその余裕ぶり。まるで悪い冗談ですな」
ビリアーズにそう言われ、俺はビリアーズの座るべき豪華な背凭れ付きの椅子から立ち上がり、口の端を上げた。
「今回は死傷者は少ないかもしれんな。相手の頭が少しでも回るならば、だが」
俺がそう言って歩き出すと、ビリアーズは苦笑しながら俺達に頭を下げて見送った。
飛翔魔術で一気に昨日のガラン皇国軍のいた場所へ移動すると、既にガラン皇国軍は隊列を整えて行軍を開始していた。
俺は空中で背後を振り返ると、シェリーとリアーナに顔を向けた。
「シェリーとリアーナは今回は一発目に広範囲に効果のある攻撃用の魔術を使ってみてくれ。一発でいいからな」
俺がそう言うと、シェリーとリアーナは僅かに顔を白くさせながらも気丈に唇を噛み締め、頷いた。
初めての戦争。
そして、もしかしたら初めての人殺しだ。
シェリーは一応経験があるが、相手は死ななかったしな。
今回は装備が装備だから、間違いなく人は死ぬ。
そう思い、改めて二人の姿を見た。
ミスリルロッド、魔術士の腕輪、賢者のローブ、妖精のブーツ、ミスリルサークレット。
全て効果が被らないように魔術刻印を施されており、魔力向上、魔力自動回復、魔力量増大、詠唱速度向上、効果範囲拡大の効果が最大レベルで付与されている。
ゲーム時代、魔術士のキャラメイクをした時用に作った育成専用の強化装備だ。
「安心しろ。俺達が前に立つから怪我はしないし、詠唱の時間もゆっくりある。気楽に構えてろ」
俺がそう言うと、二人は大きな声で返事をしてミスリルロッドを握り締めた。
その二人の後ろには、キーラが心配そうに二人を見ている。
「よし、敵の正面に降りてやろう。詠唱の時間も考えて、200メートルくらい前方にしようか」
俺はそう言って空中で向きを変え、ちょうど良さそうな場所目掛けて降下した。
地面にフワリと降り立ち、こちらに向かって進軍するガラン皇国軍に向かって口を開く。
「さあ、この場に残ったということは戦争に参加するということだ! いいな、お前達! 敵に容赦はしないぞ!」
俺が声を張ってそう言うと、ガラン皇国軍の兵達から怒号が響き出し、皇国軍は進軍速度を速めた。
相手の意思を確認した俺は、背後を振り返る。
青い顔でミスリルロッドを握り締めて立つシェリーとリアーナを見て、俺は口を開く。
「よし、詠唱開始だ。好きな魔術を放て。あれだけの大軍だ。シェリーが左、リアーナが右に放てば水と火の魔術を行使したとしても消し合うようなことにはならん」
俺がそう告げると、二人は同時に頷いてミスリルロッドを胸の前に構えた。
目を閉じて詠唱を開始する二人を見てから、今度は奥に居並ぶギルドメンバーに顔を向ける。
「さあ、一発目はこの二人の魔術の威力を見学だが、もしも敵の方が速かったら拙い。なので、サイノス、セディア、ローレルを中心に近接戦闘職が中距離か遠距離のスキルで攻撃。遠距離の戦闘職はサニーを中心に、シェリーとリアーナの攻撃の後に攻撃」
「はい!」
俺が指示を出すと、皆は勢い良く返事を返して動き始めた。
近接戦闘職20人がシェリーとリアーナの前に壁のように並び、リアーナの斜め後ろではキーラがミスリルの短刀を持って待機している。
そして、その後ろに俺が立ち、最後尾には魔術士や弓使い、召喚士などの遠距離専門の戦闘職が並んでいる。
こちらの準備が整い、ガラン皇国軍の進軍速度を確認すると、また少し速度を上げたようだった。
距離はもう100メートルほどであろうか。
「殿、拙者の技はもう届きますが」
「待て」
サイノスがこちらを振り返って俺に攻撃許可を求めてきたが、俺は即座に却下した。
薄っすら目を開けて詠唱するシェリーとリアーナが、もう詠唱を終えようとしている。
これなら間に合うな。
「よし、二人の魔術が先に発動するぞ。サイノスとローレルが二人の眼の前で壁になり、後は俺のところまで退避。二人の魔術が発動する瞬間にはサイノスとローレルも脇に避けろよ?」
「了解!」
「はい!」
俺が指示を出すと、全員が返事をして一斉に立ち位置を変えた。
そして、すぐにシェリーとリアーナが目を開く。
「水よ! 荒れ狂い全てを飲み込め!」
「風よ!渦を巻いて吹き荒び、全てを切り裂け!」
二人がそう言ってミスリルロッドを前に突き出すと、シェリーの狙おうとするガラン皇国軍の左側には高さ10メートルほどにも達する巨大な津波が、リアーナの狙う右側には幅数メートルにも及ぶ巨大な竜巻が巻き起こった。
数万にも及ぶ大軍勢とはいえ、そんな自然災害ともいえる現象にはなす術なく吹き飛ばされ、流されていく。
その光景に、術士の二人の方が呆然とした顔で固まっていた。
ちなみに俺は、二人の魔術発動の台詞が似てることに意識を向けていたりする。
こちらの世界での魔術士は、あまり魔術名みたいなものを使用しない。
どちらかと言えば今のような台詞のような文言を口にして発動しているようだ。
ただ、たまに魔術の名前らしき単語を口にする魔術士も存在する。
魔術の形態がいくつかあるのか。
それとも一部は俺のような転移した者が教え伝えた魔術なのか。
俺がそんなことを考えて首を傾げていると、サイノスがこちらを振り向いて口を開いた。
「殿! 中々出来る者もおるようですぞ!」
サイノスにそう言われて顔を上げると、今の魔術に耐えた者が10や20と言わずそこかしこに立っていた。
二人の魔術は範囲的な問題で最前列の千人から二千人くらいを吹き飛ばしたのだろう。
100人はいないようだが、その魔術に耐えた者達の奥にはガラン皇国軍の大軍が依然として槍を構えていた。
だが、歩みは完全に止まっている。
「シェリー、リアーナ。こっちに戻って良いぞ」
俺がそう言って二人の背中に退避を告げたが、二人は未だ動けずにいた。
「姫様!」
キーラが急いでリアーナの側に行き、声を掛ける。
「…え? あ、わ、私は…」
リアーナがキーラの声に反応したが、まだその顔にも声にも冷静さは見られなかった。
「…ふむ。サイノス、ローレル。二人で残った奴らに声を掛けてやる気のある奴は打ち倒してこい。実力と性格を見て、面白い奴は殺さないようにな」
俺がそう言うと、シェリーとリアーナの左右に立っていたサイノスとローレルが頷いて前に出た。
ガラン皇国軍の本隊が立て直すのに時間が掛かるだろうし、その間にシェリーとリアーナを退避させよう。
サイノスとローレルが戦えば更に時間稼ぎになるだろう。
「拙者は殿の配下であるサイノスだ! さあ、やる気のある者は掛かって来い!」
「同じく旦那の部下、ローレルだ。俺のところには来なくても良いぞ。サイノスを狙え!」
「お、譲ってくれるのか? ローレル」
「ああ。俺は別に戦闘狂じゃないんでね。サイノスが取りこぼしたら俺がカバーする流れで…」
二人はそんなやり取りをしながら最前戦に立った。
すると、あの魔術に耐えた者達の中で、一際大きな男がサイノスを睨む。
白い長髪に白い犬のような耳が付いている。犬か狼の獣人だろうか。
その獣人は刃の部分が1メートル近くありそうな幅広の剣を片手に持ち、身軽そうな鎧を着ていた。
「…面白い。妻を人質に取られて奴隷に堕ちた時は最低な死に方をする未来を想像したが、まさか武人として死ねるとはな。これだから人生は面白い」
獣人はそう言って腰を落として剣を横向きに構えた。
その武人らしい佇まいと覚悟に、サイノスは愉悦を抑えられないように笑っていた。




