そろそろ戦争でもやるとしようか
街の視察を終え、俺達は一度ジーアイ城へ戻った。
帰ってすぐに玉座の間に行き、整列した戦闘職のギルドメンバー達の視線を受けながら玉座へ向かい、座る。
リアーナとキーラ、シェリーも玉座の間に入りはしたが、扉から動けずにいた。
俺は皆を見回しながら、口を開く。
「さあ、時間だ」
俺はそう言ってアイテムボックスから久しぶりに暴風のロングソード+9を出して剣先を床に当てて両手で持った。
オリハルコン特有の僅かに赤みのある金の剣を手に、俺は片方の口の端を上げた。
「ガラン皇国軍は準備を調えて、進軍した。向かう先は我らの国だ。奴らは、驚くべきことにたった十万、二十万程度の兵を二つに分けて、二つの街を同時に落としにかかるつもりらしい」
俺はそう言って、剣を肩に乗せて笑った。
堪えきれないように、噴き出すように嗤った。
「俺の国と戦うなら、俺を倒せるかどうかにかかっている。なら、ガラン皇国がとる選択肢は一つ。俺を誘き出して全軍で俺を殺す。それしか無い。この城には辿り着けないし、俺達全員と戦うなんて選択肢はただの盛大な自殺だ」
俺はそう言って肩を竦める。
「まあ、たかだか二十万の雑兵に負けることなどありえないがな」
俺がそう言うと、玉座の間に僅かに笑い声が混じった。
その笑い声が収まるのを確認し、俺はまた口を開く。
「ガラン皇国軍はまさに風前の灯だ。風速80mのハリケーンの前にポツンと置かれたロウソクの火だ。後は吹き飛ぶだけのその火を、ただ安易に消し去るのは勿体無いと思うからな。派手に吹き飛ばしてやろうか」
俺がそう言うと、玉座の間に威勢の良い歓声が響き渡った。
その歓声の中立ち上がり、剣を鞘から抜いた。
「さあ、そろそろ戦争でもやるとしようか」
ガラン皇国との国境。
ガラン皇国側から見たら山を抜けた先にあるエインヘリアル側の開けた地。
山の麓ということもあり、人里離れたその地に、ガラン皇国軍の軍が野営を行っていた。
場所はボワレイの領地に程近い場所で、コランウッドまでおよそ1日といった距離である。
ランブラスへ向かっている方の軍はまだ国境を越えきれておらず、コランウッドに向かう軍が先に今日の進軍を終えて野営に入ったのだ。
俺はとりあえず両方の軍に対して宣戦布告をしておこうと思って来ているので、分かりやすく兵士達の前に登場することにした。
つまり、空から降り立ったのだ。
唖然とこちらを見上げる兵士達を眺めながら、俺達は50人という大所帯で空から舞い降りた。
地面に降り立つと、兵士達の中で逸早く動き始めた者達が怒鳴りながら剣を抜く。
「て、敵襲! 敵襲だ!」
「何をボサッとしてやがる! 槍構えろっ!」
そんな声が所々から上がり、すぐに場を怒号が支配した。
数万人という規模の人間が声を荒げて隊列を整えようと一斉に動いているのだ。
大気は震え、大地は地鳴りのように俺たちの体を揺らした。
まるで剣山のように目の前には長い槍が構えられ、無数の血走った目が俺達に向けられている。
数万にもなる兵士達の様々な種類の激情が、まるで海の底にいるように空気を重く変えた。
そのピリピリと痛い空気に、俺は何故か笑みが浮かぶのを堪えきれなかった。
何故だろうか。
あのゲームの時代の、ギルド対抗戦を思い出すような高揚感だ。
「俺はエインヘリアルの国王、レンだ。この軍の司令官を出してもらいたい」
俺がそう声を発すると、兵士達の間で騒めきが広がっていった。
風の魔術で声が遠くまで聞こえるように風を吹かせているから、上手く行けば相当数の兵士が俺の声を聞き取ったはずだ。
暫く待っていると、兵士達の間を縫うようにして十数人の男達が現れた。
皆が長い槍を持つ中、現れたのは統一された赤い鎧に身を包み片手剣を持った騎士達である。
全員が盾を持っていないが、肘から手首に掛けて厚みのある菱形の板状の金属が腕の外側にくっ付いている。あれが盾の代わりだろうか。
俺が面白い鎧に興味を持って騎士達を眺めていると、騎士達は無言で剣を構えた。
「敵が奇襲を仕掛けてきたのに、司令官がわざわざ姿を見せるはずが無いだろう。何用か」
真ん中に立つ騎士は低いしゃがれ声でそう言って、俺を見た。
俺は騎士の言葉に頷くと、肩を竦めて口を開いた。
「安心しろ。奇襲では無く宣戦布告だ。分かっているだろうが、お前らは我が国に無断で侵攻しているのだからな」
俺がそう言うと、騎士は鼻で笑って顔を上げた。
「先にガラン皇国の領土に足を踏み入れ、こちらに兵を差し向けて侵略しようとしたのはそちらだ。ただ、大国であるガラン皇国の方が遥かに多くの兵を集められただけ…運が悪かったな」
騎士が強気にもそう言って笑うと、周囲にいる赤い鎧の騎士達も声を揃えて笑い出した。
その余裕ぶりに、怯えた様子のあった兵達も何処かホッとしたように笑みが浮かぶ。
下がりそうな士気を上げに掛かったか。
それにしても、下手な言い訳だが大義名分を口にしたな。
ならば、こちらはもう引く必要は無い。
俺はそう考えて口の端を上げると、口を開いた。
「つまり、まだ攻撃を受けていないのに兵を集めて我が国へ侵攻してきているわけだな。そちらの言うところの、ガラン皇国を侵略しようとしている軍というのは何処にいるんだ?」
俺がそう言うと、騎士は腰を落として剣先を俺に向けた。
「言い掛かりは止めてもらおうか。ガラン皇国という大国に喧嘩を売っておいて、その想像以上の力に恐れをなして兵を隠したのだろう。恥知らずにも被害者面をしているようだが、その正体はただの腰抜けだ!」
騎士は自らの口上に興奮したのか、声を徐々に張っていき、 最後には怒鳴るような口調でそう言った。
俺は騎士を見下ろし、首を左右に振る。
「平行線だな。こちらからすれば、家主に何も言わずに土足で家を踏み荒らし、この家は自分の物だと叫ぶつもりでいる狼藉者だ」
俺はガラン皇国の軍をそう断ずると、鞘に入ったままのロングソードの剣先を地面に突き刺した。
「さて、ならば予定通りに宣戦布告といこう。我がエインヘリアルは領土を侵すガラン皇国軍に対して戦争を開始する」
俺がそう宣言すると、騎士は剣を構えたまま前進してきた。
俺に向かってじりじりと距離を潰してくる騎士は、剣先を俺の顔を高さに合わせて口を開く。
「馬鹿が。何を悠長なことを言っている。本人だろうが影武者だろうが、国王を名乗る使者を生かして返すわけが無いだろうが!」
真ん中の騎士がそう言ってまたにじり寄ると、周囲の騎士達も剣を構えて前に出た。
「たかが100にも満たん奴らだ! 我らに続き踏み潰せ!」
騎士の一人がそう叫ぶと、後ろに控える兵達の手に力が篭る。
「まだ早いな。開戦は明日の朝…そちらの準備が調ってから相手をしてやろう」
俺がそう言うと、赤い鎧の騎士は腰を落として吠えた。
「逃走する言い訳か!? 何もかもが遅すぎるぞ、 竜騎士を名乗る詐欺師めが!」
騎士はそう叫ぶと、後ろ足で大地を蹴り、一気に俺の元まで駆けた。
鎧を装備している割には中々早いが、身体強化されたダンよりも遥かに遅い。
俺は自分の頭に振り下ろされる剣の刃を受けようかと手を上げようとした。
だが、それよりも早く、後ろにいた筈のセディアが俺の隣に立ち、騎士の剣をナイフで弾いていた。
「なっ!?」
騎士が驚愕に目を見開く中、俺の脇を抜けてサイノスが前に出て、刀を上から下に一直線に振り下ろす。
すると、甲高い金属の打ちあわせるような音がして、騎士は鎧ごと身体を真っ二つにして左右に別れるように倒れた。
その光景に、こちらに走り出そうとしていた他の赤い鎧の騎士達は二の足を踏む。
先程までこちらを蹂躙しようと足に力を込めていた兵士達も、二つに別れて死んだ騎士の遺体を見て何も言えずに固まってしまった。
その静寂の中、俺は剣を肩に乗せて口を開いた。
「戦いたくない者はさっさと引け。明日の朝、俺達はまた来るぞ」
俺はそう言って、飛翔魔術を使い空へ浮かび上がった。
俺の行動に合わせて、ギルドメンバー達も空へと浮上してくる。
眼下を見れば、ガラン皇国軍の兵達は皆口を開けたまま俺達を見上げていた。




