朝、ガラン皇国軍との衝突の日だが、街の視察に行くレンレン
朝がきた。
陽の光が窓から差し込み、澄んだ空気に俺は体を震わせて顔を横に向けた。
少し、気温が下がった気がする。
俺はそう思いながら、布団の中で揺れる茶色の髪を撫でた。
きめ細かい白い肌を撫でると、身体を捩って顔を上げ、その垂れ気味の大きな目で俺を見た。
ハイヒューマンの軍師、ミレーニアである。
普段は和服に似た服装のミレーニアだが、脱ぐと意外にも胸がある。
あまり見ると悪影響を受けてしまうので、俺はもう一度ミレーニアの頭を撫でて反対に身体を向けた。
反対側にはエレノアがこちらを向いて寝ていた。
胸が柔らかそうに形を変えているのが目に入り、俺はまた身体を捩って天井を見上げた。
今日も平和である。
ボワレイ男爵の領地で最大の街、コランウッド。
ランブラスよりも小さいが、その賑やかさはかなりのものだった。
まず、孤児が見当たらない。
そして、街の中では通りに1人か2人は兵士が歩いており、町民と挨拶を交わしながら警邏している。
街全体もゴミの少ない清潔な印象である。
一体これはどうしたことか。
町民も笑顔の者が多い。
あの傲岸不遜なボワレイ男爵の領地だというのに、今まで見た街の中で最も綺麗で明るい雰囲気の街だ。
まだ、ソアラに調教されてそんなに日が経っていないというのに。
俺が首を傾げていると、街の様子を見ていたリアーナがこちらを向いた。
「この街は素晴らしい街ですね。町民の暮らしをしっかりと考えて作られているようです。皆さんの表情も凄く明るくて楽しそうですね」
リアーナがそう評すると、キーラも頷く。
「中々の人物が治めているのでしょう。これだけ民を大切にする領主は珍しいです」
2人の高い評価を聞きながら、俺は頭を捻った。
ちなみに、今回連れてきている護衛はサニーとセディア、そしてミラだが、3人も不思議そうな顔をしていた。
まあ、会って聞いてみるか。
俺はそう考えて、一先ずボワレイに会ってみることにした。
ボワレイの城は装飾が剥がされたように所々壁や窓枠、屋根の一部が欠けた、言ってしまうならばボロい城だった。
そのみすぼらしさを少しでも誤魔化そうとしているのか、壁を新たに白く塗り直している最中らしい。
俺はその城を眺めつつ、扉の前に立つ2人の兵士に話し掛けた。
「ボワレイ男爵はいるか?」
俺がそんな大雑把な尋ね方をすると、2人の兵士が同時に背筋を伸ばして口を開いた。
「こ、これは国王様! よ、よくぞいらっしゃいました!」
「ボワレイ男爵は執務室におられます! お会いできて光栄です!」
「お、おぉ、そうか…入るぞ」
俺は2人の勢いに若干気押されながら頷いて返事を返すと、兵士達は急いで扉を開けて俺達を招き入れた。
よく一目で俺を国王と判断出来たな。
俺がそう思って城内に足を踏み入れた瞬間、ホールに飾られた巨大な俺の肖像画を見て、無理やり理解させられた。
なんだ、あの肖像画は。
俺が豪華なマントを着ているのは良い。
何故か身長ほどもある見事な剣を天に向かって掲げているのも、この際良しとしよう。
だが、問題は上半身が裸なことだ。
更に言うなら下半身には白い布を巻きつけているだけのように見える。
知らない内に作られた自分の肖像画を見て俺が愕然としていると、ミラが声をあげた。
「あ! マスター、あれ!」
ミラの声に振り返ると、ホールの4隅の角に2メートルほどの俺の銅像が飾られていた。
それぞれポーズが違う辺りに拘りが見えて余計に嫌な銅像である。
「…なんだこれは」
俺がそう呟くと、セディアが目を剥いて天井を見ていた。
見上げると、そこには青空と白い雲に囲まれた俺とボワレイが手と手を繋いで見つめ合う気持ち悪い天井画があった。
(改行不要)
恐ろしいことに、肖像画も銅像も天井画も、全てクオリティが高い。
ちゃんと誰か分かるように丁寧に作られているのは、あれか。
俺への嫌がらせか。
俺がなんとも言えない気持ちでホールを見回していると、こちらに向かってメイドが2人向かってきた。
メイドは2人とも随分と若い少女だった。
2人のメイドは俺の前に来ると腰が折れそうなほど腰を曲げてお辞儀をした。
「よ、よよよ、ようこそいらっしゃいました! 国王様! ボワレイ様はこちらです!」
「さ、ささ、どうぞ!」
2人はガチガチに緊張しながら俺達を先導して歩き出す。
見てるこっちが不安になるくらいの緊張感を漂わせている2人だったが、なんとか無事にボワレイの執務室らしき部屋に辿り着いた。
片方のメイドが扉をノックし、口を開く。
「ボワレイ様、国王様がお見えになられました」
メイドかそう言うと、中から物を蹴り倒すような騒音が響いてきた。
数秒して、中から扉を開き、ボワレイが顔を出した。
「おお! レン様! ようこそ我が城へ!まだまだ改装中ですが精一杯歓迎させていただきます!」
そう言って輝くような笑顔を見せたボワレイは、激ヤセしていた。
少し丸い、標準より太めの体型だったボワレイは、今や病的なまでに痩せてしまっていた。
「…妙に痩せたな、ボワレイ」
俺がそう言うと、ボワレイは照れたように笑った。
色がついたミイラみたいな体型のボワレイが笑うと、ちょっとしたホラーである。
「いやぁ、ソアラ様に正しき道を示して頂き、今までどれだけの間違いを選んできたか。その間違いを是正しようと毎日頑張っていたら、気付いたらこんなに痩せてしまいましたよ。はっはっは」
瘦せこけているのに目だけはやる気に満ちているボワレイがそう言って豪快に笑った。
そして、俺達をソファーに座らせて、自分は執務机の前に立った。
「…そうか。ちなみに、どんな間違いを是正しているんだ?」
ソファーに座った俺がそう尋ねると、ボワレイはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに勢い良く頷いた。
「おお、沢山ありますぞ! お恥ずかしい話ですが、今まで金を産む商人ばかりを優遇しておりましてな。金が入ってはメーアスの行商人から珍しい骨董品なんぞを買い漁るような使い方ばかりしておりました。しかし、今は違いますぞ。まず、私が手に入れた骨董品や調度品、家具なんぞは全部売り払いました。城の無駄な装飾なぞも売りましたな」
ボワレイはそう言って両手を広げて執務室を見回した。
確かに、部屋にあるのは執務机と客人用の椅子、ソファーだけである。
「これはまた思い切ったな…」
俺がそう言うと、ボワレイはくぐもった笑い声を上げて口を開けた。
「いえいえ! こんなものじゃありませんぞ! まずは、得た財源を使い、我が領地内での農業と商業改革をしました! こちらは2日に一度視察に来られるレン様の配下の方々に教えてもらいましたが、斬新な農機具を使った農法と、登り窯という新しい手法での陶器の製作! 更に前々から我が領地で最も良い利益を生んでいた馬の育成と販売!」
農機具に登り窯も報告書に上がっていたので許可は出したが、まさかもう作ったのか?
いや、確か、生産職の手が空いた者に我が国内での建設や道作りへ何度か出張ってもらったか。
「なるほど、それで町民の財政も潤って街は活気付いてるのか」
俺がそう言うと、ボワレイは困ったように笑った。
「いえいえ。それがまだでして…結局、レン様の指示があった学校や孤児院を私が建設費用を手出しで作るということで、大工や職に就いてない者など、多数の人間に仕事をしてもらって金を循環させております。いやぁ、折角素晴らしい知識を授けて頂いたのに、なかなか進捗状況が良くないのが歯痒いですなぁ」
いや、十分頑張ってますよ。
俺はそう思いながら話を聞いていたのだが、サニーが厳しい顔でボワレイを見た。
「まだまだダメ。魔術士が少ない」
なんのダメ出しだ、サニー。
ボワレイも困った顔で顔を斜めにしているじゃないか。
「いやぁ、しかしですな…魔術士は教えられる者が中々おりません。ですから、レンブラント王国でも王都にしか魔術学院はないのです」
ボワレイがそう言うと、サニーが期待の籠った目で俺を見た。
俺は小さく溜息を吐くと、サニーが言って欲しいであろう内容を口にする。
「…魔術士を育成する学校を作ったら、教師はこちらで用意してやる。ちゃんと誰でも学べるようにしろよ?」
俺がそう言うと、ボワレイは感嘆の声を上げて笑った。
「おお! それは有難い! それでは早速建設計画を練って魔術学院を設立致しましょう! はっはっは!」
ご機嫌に笑うボワレイを眺め、俺はしみじみと呟いた。
「…変わったなぁ…」




