朝、動き出すガラン皇国
朝がきた。
俺は体を起こして、隣を見る。
白い肌に金色の長い髪。閉じられた目を見れば、長い睫毛が微かに震えている。
本当に美しい少女である。
すっきりとした顎、首から鎖骨のラインも、美しく艶かしい。
そんな彼女の造形を創ったのは真の天才に違いない。
そう、まさに俺のような。
「…ん。おはようございます、ご主人様」
俺が変なことを考えながらエレノアの寝顔を見ていると、ゆっくりと目を開けたエレノアにそう声を掛けられた。
「おはよう。エレノア」
俺が挨拶を返すと、エレノアは柔らかく微笑んだ。
そんなエレノアを眺め、俺は思ったことをポツリと口から零す。
「結婚か…」
俺がそう呟くと、エレノアは少しばかり目を開き、俺の顔を下から見上げた。
「…ご主人様は、ご結婚なさりたいのですか?」
エレノアにそう尋ねられ、俺は首を傾げた。
「分からん」
俺がそう言うと、エレノアは暫くキョトンと目を瞬かせていたが、やがて口を開いた。
「…リアーナ様とご結婚されるつもりでは?」
「特にその予定は無いが」
エレノアの質問に俺は思わず本音を口にしていた。
実際に結婚という言葉がピンときていないのだから仕方が無いが。
俺の答えを聞き、エレノアは思わず声を洩らして笑った。
「ふふ…そうですか。ご主人様の御国の為に他国の王女をと思い、勝手ながらお話出来る機会をお作りしたのですが…独断で動き、申し訳ありませんでした」
謝りながらも、エレノアは何処か嬉しそうだった。
その様子を何となく眺めていると、エレノアは上半身を起こして俺の肩に額を押し当てた。
「ただの我が儘ですが…ご主人様がご結婚なされば、こういった時間も無くなるような気がして…何処か、ご主人様が遠くにいってしまうような喪失感とでも言うのでしょうか。とても寂しく、不安になってしまいました」
俺はエレノアの独白を聞きながら、エレノアの柔らかい髪をそっと撫でた。
「私達はご主人様の為に存在しています。ご主人様のなさりたいことが我々の行動指針です。もしもご主人様がリアーナ様とご結婚なさるなら、リアーナ様も我々の主人となるでしょう。勿論、ご主人様のお言葉が第一ですが、ご主人様の為にも奥方様には尽くさせていただきます。ご安心ください」
エレノアはそう言って、また微笑んだ。
玉座の間で、俺は昨日聞き損なった報告を聞きながら、書類に目を通した。
広間には俺とエレノアとサイノスとセディア、そしてハイヒューマンのミレーニアの合わせて5名が集まっている。
「ガラン皇国の軍は、アルダ地方には向かわず、か」
俺がそう呟くと、エレノアが頷いて口を開く。
「アルダ地方からしか、ヴァル・ヴァルハラ城を直接攻めることは出来ません。現在ガラン皇国軍が兵を集めている街からはランブラスとセレンニア、そしてボワレイ男爵の領地で最大の街、コランウッドにしか侵攻出来ないでしょう」
エレノアにそう言われ、俺は首を傾げる。
「ボワレイ男爵の領地はどの辺りだ?」
「セレンニアから少し東にいった地帯ですね。レンブラント王国との国境付近でもあります」
俺の質問に、エレノアはそう答えて口を閉じた。
ガラン皇国のスパイらしき商人や冒険者なども何人かマークしたが、調べられた内容も大して困る内容では無かったので放置していた。
だから、ガラン皇国側はヴァル・ヴァルハラ城には大した人数の兵士はいないと判断した筈だ。
ならば、すぐにこちらへ軍を派遣したくもなるだろう。
だが、その情報を持って帰ったのなら何故、ヴァル・ヴァルハラ城を攻めないのか。
「どう思う、ミレーニア」
俺が声を掛けると、ゲームの時に軍師と設定したミレーニアが頷いてこちらを見た。
「恐らく、挟撃をさせない為でしょう」
ミレーニアはそう言うとサイノスが両手で広げている地図を指差した。
指差した場所はセレンニア、ランブラス、コランウッドである。
「予想ですが、まずは規模が小さいコランウッドに兵を送ります。そして、こちらが援軍を送る前にランブラスへ兵を送ります」
「それだと逆に挟み討ちに合うんじゃないか? セレンニアとレンブラント王国の間に兵を進めるわけだろ?」
俺が疑問を口にすると、ミレーニアは顎を引いて地図を睨んだ。
「推測でしかありませんが、コランウッドとランブラスにガラン皇国軍に対抗出来る兵を集めて援軍を送る場合、レンブラント王国からは1週間以上。セレンニアからでも1週間前後はかかるはずです。つまり、その間にコランウッドとランブラスを攻め落とせるという自信があるのでしょう」
ミレーニアはそう言ってセレンニアを指差した。
「圧倒的な兵力で二つの街を制圧し、コランウッドとランブラスに数万の防衛の為の兵を残す。そして、残りの兵でセレンニアを左右から挟撃するか、もしくは食料を調達出来ないように兵糧戦に打って出る算段ではないでしょうか」
ミレーニアの台詞に俺は唸りながら頷いた。
「コランウッドとランブラスの制圧に時間がかかれば反対にその大人数の兵の食料の為に撤退するはめになりそうだからな。確かに、自信のある戦略だ」
「そうですね。後もう一つ、ガラン皇国軍が情報戦で勝っていることも大事な条件です」
「情報戦? うちとガラン皇国軍のか?」
俺はミレーニアが口にした言葉を繰り返して聞き返した。
相手のスパイが送った情報は俺達からすれば大した情報では無いと思っていたが。
俺がそう思ってミレーニアを見ると、ミレーニアは浅く頷いた。
「ガラン皇国軍とビリアーズ大臣軍、ボワレイ男爵軍の行軍速度を1日20kmと仮定すると、ガラン皇国軍が動いた段階で1日で伝令を届ける手段があったと仮定したとしても、兵の準備が出来ていない為、防衛の援軍に間に合わないでしょう。なので、こちらのとる戦法は、軍の大部分は援軍に、少数はガラン皇国軍の侵攻を遅らせる為の罠を仕掛けに行く、となるでしょう。それでも援軍が間に合うかどうかです」
そう言ってミレーニアは地図の上を人差し指でなぞった。
「ああ、ガラン皇国軍に兵数で完全に負けているからな。奇襲も掛けられないくらいの兵力差か。それで、何で情報戦なんだ」
「ガラン皇国軍の視点から考えると、兵力差を最大限に発揮して素早く街を落とすことが勝利の鍵となります。ならば、侵攻を遅らせる遅延策を取られないように出撃をしなくてはなりません。故に、相手の兵の状況とこちらの出立準備を比較していた筈です」
そう言われて、俺は首を傾げた。
「おいおい。こっちには飛翔魔術を使う奴が沢山いるぞ。一応Sランク冒険者パーティーの白銀の風だっているんだ。依頼を受けて奇襲の為に飛翔魔術を使う魔術士がいるとは思わないのか?」
俺がそう言うと、ミレーニアは首を振ってこちらを見た。
「その辺りはどちらでも良いと思っているかもしれませんね。常識的に見れば、飛翔魔術を使える魔術士は数少ないですから伝令役くらいしか出来ないと考えるでしょう。ならば、こちらの兵が準備出来ていないと思っている今の内に動けば、兵の準備の時間に3日はかかります。それも防衛の為の軍だけでです」
俺はミレーニアの説明に頷き、顎を指で撫でた。
なるほど。
兵を集めている様子は無く、食料の動きを見ても大軍の準備は出来ていないとガラン皇国軍は思っている。
それはこちらが放置したスパイの動きを見ても明らかだ。
ならば、ガラン皇国軍側の準備が出来たらすぐに侵攻を開始するのも理解出来る。
しかし、スパイの送った情報の中に竜騎士の情報もあった筈だが、その辺りは内容が内容なだけに信じられなかったのか?
もしそうなら…
「馬鹿だな、今回のガラン皇国軍の司令官は」
俺がそう呟くと、ミレーニアが頷いた。
「お屋形様に逆らう段階で賢いとは言えませんが」
「確かに」
そんなミレーニアの言葉に、他のギルドメンバーが口を揃えて同意した。
いや、普通なら俺達みたいな存在がいるなんて信じられないんじゃない?




