空と貴方を護りたいの
第二部は国防最前線となる、戦闘機パイロット編。
これより先も実在する団体名、地域名、基地名が登場しますが一切それ等とは関係ないございません。
架空の世界だからとご理解頂きます事、お願い申し上げます。
千斗星のラストフライトも無事に終わり、ここ松島基地でも年内の飛行訓練納めとなった。
年が明けてからの初フライトは次期5番を務める飛行班員に引き継がれる。
実際の異動までは少し時間があるため、引継ぎや指導を兼ねて彼は5番機の後部座席に座るのだ。
あのバーティカル・キューピットを見せられてから、私の心はぐらぐらと揺らいでいた。
このままこの松島でブルーインパルスの広報をやっていくのか、それともあの時心の中で誓ったように、空を護る彼らを支える為に動くべきかと。
まだまだ1年目のペーペーがこんな事を考えてはいけないのだと思う。でも......。
ふつふつと込み上げてくる熱はどうにも抑えられなかった。
「天衣」
「なに?」
「何考えてるんだ。すげぇ、怖い顔してる」
「え、気のせいだよ。寒いからっ、私、寒いの大っ嫌いだから」
一生懸命誤魔化した。これから危険と隣り合わせになる千斗星に余計な心配はかけたくないから。そんな彼は「本当かよ」と怪訝そうに私の顔を見つめる。
「本当だよ」
「......」
どうも納得していないようだ。でも、この事はまだ誰にも言えない。
それが例え、千斗星でも。
「天衣。俺の目は誤魔化せない。なんだよ、言えよ」
「っ。それはっ」
目を合せたら見抜かれてしまいそうだ。だから、つい顔を俯かせる。
シンプルな千斗星の部屋はローテーブルにその下にはラグが敷かれ、その先にある濃紺のカーテンを開けば海が見える。この千斗星の部屋は春になれば違う誰かが入居するのだろう。私はその誰かがここを出入りするたびに、切ない気持ちになるのだろうか。八神さんの異動先は早々に発表されたのに、彼はまだは発表されていない。それは訓練ではなく、実務に着くと言う事を表している。
きっと、千斗星はどこかの基地で緊急発進に備えるための要員になるんだ。
「天衣……」
「ぁ」
千斗星が私の腰に腕を回して躰を引き寄せた。そして肩を抱き寄せられて、私は頭をコテンと彼の肩に乗せた。
私の頭を優しく撫でる手が、とても愛おしそうに何度も往復する。何でだろう、無性に泣きたくなる。
「千斗星……、千斗星ぇ」
私は頭を起こし正面から抱きついた。
私に何が出来るの?
私が出来る事はなんなの!
思うように頭が働かない、体もいつ壊れるのか分からない。
怖いよ、千斗星と離れるのが……!
「天衣?」
「んっ、ううっ…。あ、あたしっ」
「うん?」
「護りたいのっ!千斗星が飛ぶ空を、私もっ……護りたい!!」
少し躰を起こしてそう叫んだ。彼のシャツがシワになる程、ギュッと握りしめた。皆、命懸けで空を飛んでいるのに、自分はその空に行くことは叶わない。例え法律が変わったとしても、私はファイターパイロットにはなれないんだ。
「泣くな!天衣っ。お前にしか出来ない事、お前だから出来る事があるだろう。天衣は防衛大学校を卒業したエリートだぞ!忘れたのか」
「そんなの関係なっ……」
「あるんだよ!俺は高校を出てから航空学生として航空自衛隊に入った。パイロットとして一流になる為に俺たちは訓練してきた。腕は誰にも負けない!でも、現実はそれだけじゃない。八神さんが飛行教導隊に行った理由分かる?」
私は黙って首を横に振った。
「あの人も防大出身だよ。幹部候補から上がってきた。そして、あの腕だ。飛行教導隊で任務が終れば、指導官となりいづれは幕僚長だって夢じゃない。そうなれば、本当にやりたい事が叶うんだ。技術だけじゃ上を動かす事なんて、日本を護ることなんて……出来ないっ」
千斗星は怒っているのか、悔しがっているのか、またはどちらでもないのか。今の私には分からない。
「天衣。別に俺は妬んでいる訳じゃない。オマエはやっとスタートラインに立ったんだ。なんだって、やれるんだよ。空を護るのは戦闘機パイロットだけじゃっ、ないんだぞ!」
「千斗星……っ」
千斗星が私を強く抱き締めた。肩口で吐く息は熱い。
躰が胸が心が苦しくて、何かを吐き出したくて仕方がない。千斗星には出来ないけど、私には出来る事が、ある?
私は千斗星にキツく抱きしめられたまま目を閉じると、最後の涙が目からこぼれ落ちた。
「私だから出来る事……」
「ああ」
「日本の空を、千斗星が飛ぶ空を護れるの?」
「ああ」
それが何なのか、千斗星は言わなかった。きっと、敢えて言わないんだと思う。それは自分で見つけろと、彼なりの厳しさでもあり優しさだ。
「うん。分かった」
「顔、見せて」
涙でぐしゃぐしゃな顔をそっと上げた。でも、目は合わせられなかった。そしたら千斗星がコツンと額をぶつけてきて「急ぐ必要はないんだからな」と囁いた。
もうっ、甘やかし過ぎっ!
こうして触れ合って甘えていられるのもあと少し。春には笑顔で見送るんだから。
その時までに私だから出来る事を、見つけられていたらイイなと思う。
「天衣」
「ん?」
「キスして」
「えっ!」
「たまには天衣からしろよ。受けばかりじゃ、進化しないぞ」
「っ!もうっ」
私たちはいつも千斗星の部屋で過ごしていた。なぜ、私の部屋ではないのか。それは後になって痛いほど分かる事となる。
でも今は互いの温もりを刻み込むことでいっぱいいっぱいだった。
* * *
年が明けて初飛行訓練が行われた日、千斗星の異動先が発表された。
私は広報の人間として隊内への告知とホームページの更新をした。ホームページでは異動先は告げない。ただ、ブルーインパルスのメンバーが変わるお知らせのみ。
千斗星が書いたファンへのメッセージもアップした。
沖田千斗星 赴任先は築城基地。
第8航空団 飛行群 第6飛行隊、戦闘機部隊への配属が決まった。
築城基地は九州にあり、2007年より領空侵犯措置を開始、小型戦闘機であるF‐2が出動する。
「千斗星も、緊急発進するんだ……」
戦闘機パイロットなら、それが本来の任務だ。近隣諸国からの国籍不明機に対する侵犯措置を行う。時に海上の安全の為にも動くそうだ。日に一度、スクランブルが起きる現状を思うと不安と恐怖が私を襲った。
離れることへの不安と、命懸けの任務への恐怖。
(怖い、千斗星を失う事がとても怖いっ……!)
『空を護るのは戦闘機パイロットだけじゃっ、ないんだぞ!』
千斗星の言葉が耳の奥で繰り返された。戦闘機パイロットだけじゃないんだ、と。
「香川さん、大丈夫?」
「はいっ、すみません。大丈夫です」
わたしの手が止まったのを、鹿島先輩が心配そうに声を掛けてくれた。今は目の前の仕事に集中しよう。
考えがまとまったら、塚田室長に駄目元でお願いする。




