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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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第十一章 北へ(三)


「――と、まあそんな感じのやりとりがあった」



 中央教会からの帰り道、俺は買い求めた生姜水でちびちび口を湿らせながら、つい先刻まで行われていた教団幹部とのやりとりをイズに説明した。

 今日も今日とて多くの人で賑わうベルリーズの街路。

 もうじき行われるという収穫祭の準備やら見物やらで、市街を行き交う人々はいつも以上にせわしなく、また楽しげだ。



 俺たちはそんな人ごみから少し離れた路地の片隅で、蓬莱で別れて以後の情報交換を行っていたわけだが、こちらの話を聞き終えたイズは目、眉、鼻、口、頬その他あらゆる顔の部位をつかって「うわぁ……」という内心の呆れを余すことなく表現してみせた。

 案外器用なんだなと感心していると、イズは頭痛でもおぼえたかのように、こめかみを揉みほぐしながら問いかけてきた。



「つまり、あれかな、テオは聖下や大司教様に喧嘩を売ってきたの?」

「はっはっは、勇者にしては不見識な物言いだな。互いに腹を割って話し合い、思いの丈をぶつけあった、と言ってもらいたい」

 ふぁさっと髪をかきあげて言い返すと、半眼で睨まれてしまった。



 俺はばつの悪さをごまかすため、持っていたパンにかぶりつく。

 ついさっき、近くの露店にできていた列に並んで購入したものだ。

 じっくりと焼き上げた羊肉を分厚く切り分けて野菜と一緒にパンに挟み、その上から甘辛いタレをたっぷりとかけてある。ナイフやフォークなど使わず、そのまま往来でかぶりつく粗野な軽食だが、空腹という調味料を持参した俺にはこの上ないご馳走だった。



 たちまち二つを胃袋におさめた俺がほぅと満足の息を吐くと、こちらは別の店で買った果実水を飲んでいたイズが、先ほどと同じ表情を保ったまま小声でささやきかけてきた。



「気づいていると思うけど、護衛はボクだけじゃないからね」



 護衛みはりですねわかります。俺は目だけでうなずいた。

 事実、場合によっては護衛しかくになったりもしそうな剣呑な気配が、先刻から俺の感覚に触れている。

 まあ、教団のお偉方を前にあれだけ言いたい放題言ったんだから、当然といえば当然の措置だろう。

 俺が向こうの立場でもそうするに違いない。それどころか、中央教会の一室に押し込めて監禁するまである。



 その意味では、イズ(と他数名)の見張りをつけた上とはいえ、俺の自由行動を認めてくれたバルビウスらは実に寛大だった。

 といっても、寛大さの下にあるのは優しさや慈悲ではあるまい。

 たぶん単純に、いつ魔剣を使って暴れ始めるかわからない危険人物と一つ屋根の下で暮らす(?)のが恐ろしかったのだろうと思われる。

 実際、イズの腰には以前と同じように聖剣火輪がささっている。魔剣の暴走に対する備えであることは明白だった。



 そんなことを考えていると、しかめっ面をしたイズが嘆息交じりに言った。

「実をいうとね」

「ふむ?」

「蓬莱でのテオの活躍を聖下からうかがったとき、テオが帰ってきたら一悶着あるだろうな、とは思ってたんだ」

 俺と同様、イズもまた廃都の地下でスーシャの話を聞いている。聖賢会議の存在、目的を知っていれば、魔剣を持ち、魔人を討った俺の帰還が騒動を誘発することはたやすく予測できただろう。



 俺がうなずくと、イズはしかめっ面から一転、にこりと輝くような笑顔を向けてきた。

「まあ、騒動の規模がボクの予想より二まわりくらい大きくてびっくりしたんだけどさ。当人が火に油を注いだのならそれも当然だよね」

「……何か微妙にトゲを感じるのは気のせいか?」

「あれ、おかしいな、トゲに感じた? ボクとしては釘を刺したつもりだったんだけど」

 微笑むイズのこめかみのあたりに、怒りマークが三つばかり浮かんでいるように見えたのは、たぶん気のせいではない。おいたが過ぎるよ、という声なき声が聞こえてくる。



 大変だ、勇者様が怒っていらっしゃる! せっかく聖剣を貸してくれるくらいに仲良くなって、(花嫁令的に)さあこれからというときに!



 ……という冗談はさておき、イズが怒るのも無理はないと言わねばならない。

 中央教会での俺の放言を聞けば、たいていのシルル教徒は怒りをあらわにするだろうから。



 念のためにいっておくと、中央教会での俺の言動は芝居である。

 敵の茶番をこちらの茶番で返す荒技、教団を侮辱した俺を介して教皇のウィンディア行きを実現せしめる第一手。

 スーシャがうまいこと乗ってくれたおかげで、策の結果は上々といってよかった。



 しかし、この場でそれを口にするのは避けねばならない。

 言葉というのは不思議なもので、ひとたび口を離れたとたんに翼が生える。しかも、往々にして秘密と銘打った言葉ほど軽やかに飛んでいく。

 なので、沈黙は金なり。

 今しばらく――少なくともスーシャがベルリーズを離れるまでは口を閉ざしておくのが賢明であろう。



 だから、今はイズをはじめとした信徒たちの怒りを甘受しなければならない。

 ただ、実をいうと、これに関して一つ心配なことがあった。

 他でもないスーシャのことである。

 芝居といっても、あらかじめ打ち合わせをしている暇なんてなかったので、あのとき、スーシャがうまく乗ってくれるかどうかは賭けだった。

 幸い、スーシャはこちらの意図を汲み取ってくれたようで、迫真の怒りの演技は俺も内心でびびったほどだったのだが……



 ――はい、正直、芝居とか抜きに本気で怒らせた気がしないでもないです。



 そのあたりの確認も含めて、なんとかスーシャと話をしたかったのだが、今の俺が教皇と一対一で会う機会をつくれるはずがない。

 イズに伝言を託すのも駄目だ。さっき述べたようにこちらの意図は隠さなければならない。



 そんな風に俺が悶々としていると、急にイズがコホンと可愛らしい咳払いをした。

 笑顔の説教にまだ続きが、と若干警戒しつつ相手の顔をうかがうと、先ほどとはうってかわって申し訳なさそうな顔をしているイズと目があった。

「事が後先になっちゃったんだけど」

「む?」

「ごめんなさい、テオ」

 そういってイズは頭を垂れる。上体を九十度に折って、深々と。



 突然の勇者の行動に目を瞬かせていると、イズは懺悔するように言葉を続けた。

「蓬莱の一件は、本来、テオとは何の関わりもないはずのものだった。巻き込んでしまったのはボクたちシルル教団で、しかも巻き込んだ理由は厄介払い同然のひどいものだった」

 きゅっと唇を噛んで、イズは目を伏せる。

「それなのに、テオは精一杯戦ってくれて、魔人を倒すことさえしてくれた。テオがいなかったら、今ごろ蓬莱とカーナ連合の間では戦争が起こっていたと思う。魔人の存在や蓬莱軍の総数を考えたら、首都ベルリーズだって無事じゃ済まなかったはず。そうなっていたら、ミリア姉さんやシーダの家のみんなも戦火にさらされてた。それが現実にならなかったのは、蓬莱の人たちとテオのおかげ。なのにボクたちは……」



 いったん言葉を切った後、イズは声を高め、さらに深く身体を折った。

「シルル教徒の一人として謝ります、本当にごめんなさい。そして、ベルリーズに生きる一人として心からお礼を言います。本当にありがとう」

 それは心からの謝罪であり、心からの感謝だった。

 ベルリーズに戻ってからというもの、敵意や警戒の念ばかり向けられ――半分くらいは自業自得だが――ささくれ立っていた俺の心を落ち着かせるには十分な誠意。思わず涙ぐんでしまいそうなくらいに温かい。

 良い子だなあ、としみじみイズの人柄に感じ入る。



 ただ、問題はここが街中だということだった。

 路地の隅とはいえ人目も人通りもある場所なわけで、見るからに立派な剣を佩いている教会騎士が上体を直角に折っている今の状況を、周囲の視線から隠すことは不可能だ。

 ベルリーズ市民であれば、ほとんどの人間が聖剣や勇者のことを知っている。じきイズの正体はばれるだろうし、そうなると色々な意味でまずい。

 それに、俺を見張っているという件の護衛たちの目には、この光景はどう映っているのだろうか。




「……ああっと、イズさんや」

 頬をかきつつ、イズの後頭部に視線をむける。

「謝罪も感謝も受け取るので、頭をあげてくれると助かるんだが。街中だからすごい目立ってるぞ、俺たち」

「あ」

 頭をはねあげたイズは、ささっと周囲を見渡して俺が言ったとおりの状況になっていることを確認するや、ぴしりとその場でかたまった。



 ちょっと考えればこうなることは分かりそうなものだったが、蓬莱のことや教団のことを俺の口から聞いたばかりとあって、イズもいっぱいいっぱいだったのかもしれない。

 ややあって再起動を果たしたイズは、頬を赤らめたまま、こちらの手をとって早足に歩き始めた。



「さ、さあ、情報交換も腹ごしらえも終わったし、早くカリスさんたちのところに帰ろうか! トワちゃんもテオのこと、すっごい心配してたからね!」

「お、おう、そうだな!」

 わざわざ手を振りほどくこともあるまいと、イズに引っ張られるままについていく。



 つながれた手から、イズの手の感触が伝わってくる。剣士らしくゴツゴツとした、それでいて女性らしい滑らかさを失っていない不思議な肌触り。イズの手は、過去、共に戦ったことのある幾人かの女性たちを俺に思い起こさせた。

 それはさておき、往来の真っ只中を手をつないで歩いている俺たちは、先ほどとは別の意味で注目を集めているような気がしないでもない。まあ、周囲には俺たち以外にも手をつないでいる男女の組み合わせがちらほら見えるので、さして問題はないだろう、うん。これも一つの既成事実、なんてヨコシマな考えは持ち合わせておりません。



 ちなみに、今カリスたちがいるのは、以前に俺が世話になっていたマルガの宿で、俺たちはそこに向かっている。

 姉妹二人分の宿代に関しては、一ヶ月前、教団命令で蓬莱に向かう際に支度金という名目でぶんどった――もとい、受け取った報酬の前払い分をあてていた。



 そのため、宿とか食事とか、そういう経済的な意味での心配はせずに済んだわけだが、やはり一ヶ月近く会っていないとなると不安を感じてしまう。

 トワは子供だから体調を崩しやすいだろうし、カリスもカリスで(おそらくは)身重の身なわけで、いろいろと大変だったろう。

 そのあたりに関してイズから報告や質問が飛んでこないところを見るに、大きな問題は起こっていないと判断できる。が、これからウィンディアに戻るに際しては気をつけないといけない。



 二人とも、俺のように頑健さだけが取柄の身体とは違うのだからして、きちんと目を向けておく必要がある。

 そもそも、ウィンディアまで旅して大丈夫なのだろうか。そのあたりも相談せねばなるまい。

 そんなことを考えながら、宿へと続く角を曲がったときだった。



 不意に、時ならぬざわめきが前方からわきおこる。これまで通ってきた市場の賑わいとは根本的に異なる不穏な騒ぎ。

 直後、俺の耳朶を打ったのは激しい剣戟の音だった。おまけに、肉食獣の雄叫びにも似た巨大な咆哮まで聞こえてくる。

 いずれも、野山ならともかく街中で耳にするようなものではない。

 俺とイズは目をあわせ、互いに頷きあうと、同時にその場から駆け出した。



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