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花嫁クエスト  作者: 玉兎
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第七章 政略の季節(六)



「――以上がここ最近のテオの様子です、聖下」

「そうですか。報告の任、ご苦労でした、ブレイブハート」

 イズの報告を受けたスーシャはかしこまって相手の労をねぎらう。

 だが、かしこまったのも一瞬のことで、すぐに表情を崩して楽しそうに微笑んだ。



「カリスさんとトワさん、ですか。わたしも、早くそのお二人と会ってみたいです」

「どちらも良い人ですよ。カリスさんの方は凛として格好が良くて、トワちゃんの方は、んー、人懐っこい子犬みたいですね!」

 こちらも楽しげに姉妹のことを語るイズ。

 ただ、語り終えたとき、その表情が不意に曇った。それに気づいたスーシャが不思議そうに問いかける。



「イズ姉さま、どうかしましたか? その姉妹の方々が何か?」

「あ、いえ、二人は今もいったように良い人たちなんですが、だからこそ、今の境遇がちょっと……」

「境遇? それはテオのもとにいることが、ということですか?」



 スーシャが真剣な顔で問う。

 それを聞いたイズは驚いたように目を丸くし、すぐにかぶりを振った。

「いえ、そうではありません。そこまで深い話ではなくてですね、単純に泊まっている場所がひどいんです……」

 さすがにもう素泊まりの宿屋は出ていたが、新しく移った先も安宿には違いなかった。

 イズの感覚からいえば、教会の厩舎に毛が生えたようなところである。正直、年頃の女性が寝泊りするような場所ではない。



 どうしてそんな状況になったのかといえば、先日のテオの奇行――全財産を寄付する――のせいだった。

 イズとしてはいまだにテオの考えがよく分からない。



「教団に寄付をしたんだから、教会が旅人や巡礼者に開放している宿舎を使うとか、いろいろ手はあると思うんですけど、ボクがいくらいっても教団の世話にはならないの一点張りで」

 勇者であるイズは、シルル教団内部はもちろん、ベルリーズの市街にもそれなりに顔がきく。その伝手を使うこともできるし、なんならイズの生家である孤児院『シーダの家』の方に部屋を用意することもできる。

 もちろんマルガの店のような高級宿とは比べるべくもないが、少なくとも今の宿屋よりは数倍マシであるはずだ。それでいて宿泊費は浮く。

 イズはそう思い、実際に提案もしてみたのだが、テオは好意に感謝しつつも頷かなかった。



 テオ一人のことならば個人の自由で済む。

 だが、カリスとトワがいるのだ。あの二人を今の境遇に置いておくのはさすがにどんなものか、とイズは思うのである。

 まあ当の二人が文句を言っていない以上、部外者であるイズがあれこれ口をはさむ筋合いはないのだけれど。

 そういったわけで、最近のイズはテオの考えがわからずに頭を悩ませていた。



 イズから話を聞いたスーシャは、ふむ、とあごに手をあてた。

「おそらく、テオはイズ姉さまと、シーダの家の方々に迷惑をかけたくなかったのでしょう。今のテオは、各勢力の間で綱渡りをしているようなものですから」

 イズは目を瞬かせて問い返す。

「綱渡り、ですか?」

「そうです。王弟殿はテオのために自ら教会に足を運ばれた。これだけでランゴバルド王国がテオに関心を向けているのは明らかです。その上で、テオはランゴバルド王から授けられた姉妹をもらいうけた。これによって、テオとランゴバルドの関係は公のものになりました。少なくとも、外からはそうとしか見えないでしょう」



 実際、テオを危険視する大司教バルビウスらが、表面的とはいえ監視を解くことに同意したのは、ランゴバルド王国の意向をはばかってのことである。

 スーシャはさらに続けた。



「その一方で、テオは困窮に喘ぐことも辞さず、教団のために全財産を差し出した。自分はランゴバルド一辺倒ではない、と宣言したわけです」

「ああ、綱渡りってそういうことですか」

 ぽんとイズが手を叩くと、スーシャはこくりとうなずいた。

「はい。ランゴバルド王国とシルル教団。いずれとも近く、けれど決して近づきすぎない。そんな距離を保つことができれば、それは武器になるでしょう? へたに自分に干渉すればもう一つの方に味方するぞ、とね」



 スーシャの見るところ、遠からずカーナ連合もテオに接触の手を伸ばすだろう。そうなれば、テオをめぐる各勢力の様相はまた変化していく。それにともなって、テオ個人の影響力も増していくだろう。

 今のテオの存在は、花嫁令の一参加者という枠にとどまらなくなってきている。

「テオはそれを自覚していますし、おそらくは利用しようともしている。それが今回の寄付にいたった動機なのだと思います」

 スーシャはそのように結論していた。



 なるほど、と感心するイズを見ながら、スーシャははじめて寄付の話を聞いたときのことを思い出す。

 実のところ、はじめ、スーシャはテオの行動を「らしくない」と感じていた。テオは政略的な思考ができない人ではないが、好んでする人でもないと思っていたからだ。



 けれど、イズから姉妹の話を聞いて納得した。

 ランゴバルドの王と王弟がそろって動いたという事実。

 好むと好まざるとにかかわらず、もう自衛しなければならない段階にきている、とテオは判断したのだろう。

 もしかしたら、政略を理由に自分を引っかきまわす者たちに意趣返しをしたかっただけかもしれないが、それが結果として自分を守る盾になることも計算に入れていたはずだ。



 自身、似たような気持ちを抱いた覚えがあるだけに、スーシャはテオの気持ちがよく理解できた。

 理解できないのは、ランゴバルド王国の思惑の方である。

 確かにこのところテオの評価は高まりつつあった。だが、それが王弟や国王の目にとまるレベルのものとは思えない。



 これが常日頃、下層からの人材発掘に熱心な国の王だというならまだ分かるのだが、ランゴバルドは人界の覇者を自任する超大国であり、かの国の国民性は他国民に対して尊大だ。

 そのランゴバルドの王と王弟が、そろってテオのために動いた。ここにスーシャは疑念をおぼえるのである。



 ランゴバルドの国王が花嫁令の参加者に女性をあてがうなど破格の厚意といってよい。政略の一言で片付けるにはいかにも不自然だ。

 おそらく、今回の件の主体はテオではなくて姉妹、もっといえば姉のカリスの方であろう、とスーシャは推測している。

 テオのためにカリスを選んだのではなく、カリスのためにテオを選んだ。ランゴバルドの過ぎた厚意は、テオが今回の件を断れないようにするためと考えれば、一応の辻褄は合う。

 であれば、次の疑問は、どうしてそれほどまでにカリスを……




「――あの、聖下? どうかしましたか?」

「……ふぇ!?」

 不思議そうなイズの声に鼓膜をゆさぶられ、スーシャはハッと我に返る。

 気がつけば考えに没頭してしまっていたらしい。

 二度、三度と目を瞬かせた後、スーシャは照れ笑いを浮かべた。



「ごめんなさい、イズ姉さま。少し考え込んでしまいました」

「いえ、謝る必要はないんですけど、そんなに気になることがあったんですか?」

 それを聞いたスーシャは真剣な表情でこくりとうなずく。

 ただし、その口から出たのは、今しがたスーシャの頭にあったものとはまったく異なる言葉であった。



「結婚を約束した殿方の近くに別の女性が居座っているんです、気にならないわけがありませんッ」

「ぶッ!? せ、聖下、それは、あまり口外しないほうがいいんじゃ……」

 イズは思わず周囲を見回す。今、この部屋にはイズとスーシャの二人しかいないが、外には護衛の教会騎士が控えているし、そうでなくても今の中央教会にはたくさんの人間が出入りしているのだ。用心するに越したことはない。

 何かの拍子にテトロドトス枢機卿や、バルビウス大司教の耳に入ったら、絶対にただでは済まないのだから。



 イズがそう思って注意をうながすと、スーシャは可愛らしく舌を出した。

「ふふ、すみません、一度こういう台詞を言ってみたかったので。あ、枢機卿と大司教のことなら心配はいりませんよ。二人とも会議室にこもっていますから。たぶん、しばらく出てくることはないと思います」

「お二人がそろって、ですか? 何か変事でもありましたか?」

 イズは少し前に市街から戻ってきたのだが、そのとき、街に不穏の気配は感じられなかった。となると、コーラル領で何かが起きたのか。

 イズはそう考えたが、この予測は外れていた。



「異変がおきたのは東のコーラルではなくて、西の蓬莱です」

「蓬莱……」

 ランゴバルド王国と並び称される西の大国の名を聞いたイズは、思わず眉をひそめた。

 蓬莱とシルル教団の関係は良好とはいいがたい。もっといえば、敵対と表現しても差し支えないレベルである。それゆえのイズの表情の変化であった。



 以前はこうではなかった。

 両者の関係が急速に悪化したのは、伏姫という名の姫巫女が蓬莱で台頭してきた時期と一致する。



 状況はウィンディア王国のそれと酷似している。

 ウィンディア国内においてシルル教団よりもアスティア・ウルムへの崇敬が上回っているように、蓬莱国内でシルル教団よりも伏姫への崇敬が上回るようになったのだ。

 アスティアと伏姫で異なる点があるとすれば、それは自らを信仰の対象とすることを肯うか否か。伏姫はアスティアと異なり、民が己を崇めることを拒まなかった。むしろ積極的に肯定した。



 伏姫の台頭によって蓬莱国はシルル教団から距離を置くようになり、さらに鎖国政策にともなって蓬莱各地のシルル教会に有形無形の圧力をくわえるようになった。これによって閉鎖に追い込まれた教会も少なくない。

 また、蓬莱国はたびたび北のセラの樹海に兵を向けており、これを制しようとするシルル教団に対して「内政干渉である」と抗議してきたこともある。



 顔をしかめたイズに対し、スーシャは落ち着いた声音で告げた。

「先刻、蓬莱の教会から急報が届きました。伏姫殿が兵を招集する旨を蓬莱各地に布告したとのことです。おそらく狙いはセラの樹海。ランゴバルドやカーナ連合の目が東のコーラル領に向いている隙に、一気にエルフ領を攻め落とすつもりなのでしょう。魔軍の主力はすでにセラから去り、一方でエルフ族は先の侵攻の痛手から立ち直れずにいる。蓬莱が主力を差し向ければ、これを阻める者は存在しません」

「……漁夫の利、ですか。セラでの戦いが終わった後、蓬莱が動かなかったのは領土拡張の野心を自制したからだと思ってたんですけど」

「より効果的な機会をうかがっていたのかもしれませんね。伏姫殿の占いは外れることがないと聞きおよびます。少しの自重で事態が好転するという卦が出たのなら、それに従っても不思議はありません」



 教皇親征の成功とそれにともなう教団の被害、さらに解放されたコーラル領をめぐってランゴバルドとカーナ連合が角つきあわせる展開を見越していたのかもしれない――そのスーシャの言葉に、イズは小さく背を震わせた。

 怖気を感じたのだ。遠く西の地から、占い一つですべてを見通せるのだとしたら、それはもう人間という枠を飛び越えている。

 もちろん、スーシャの言葉があくまでも推測に過ぎないことは理解しているのだが。



 と、そこまで考えたイズはあることに気づいて慌てた。

「あの、聖下、こんな大事なときにボクと話していてよかったんですか? 猊下や大司教さまたちと話し合わないといけないんじゃ……?」

「平気ですよ。今の段階では、まだ教団は動きようがありません。セラを攻めるというのはわたしの推測で、セラ以外の場所を攻めるのかもしれません。あるいは、国内に何か異変があったということも考えられます。実際に教団が動くのは、伏姫殿の狙いが判明してからになるでしょう」



 問題はそれがはっきりしなかった時だ、とスーシャは思う。第二報以下で事情がわかればいいが、蓬莱兵が国境を閉ざしてしまうことも十分にありえた。国境が閉ざされれば、情報の入手はきわめて困難になってしまう。

 そもそも、伏姫に睨まれているに違いない現地の教会から情報が届けられた、という点も怪しもうと思えば怪しめるのである。

 スーシャは今回の件に何者かの作為を感じていた。直感としては、おそらくこれ以上の情報は届かない。となると、こちらから人を派遣して蓬莱の意図を探る必要が出てくる。



 イズはぽんと手を叩いた。

「なるほど。それがボクの役割ですね!」

「いえ違います。というより、イズ姉さまはだめです」

 にべもない返答に、イズは上体をのけぞらせた。

「うぇ!? なんでですか?」

 ここではじめて、スーシャの細い眉がぐいっと上がった。

「どう考えても働きすぎだからですよ! 勇者になってからの任務の数、ちゃんと調べたんですからね! こんなの倒れちゃいます! 教皇として、イズ姉さまがベルリーズから出ることは許しませんッ」



 スーシャの目は完全に本気だった。

 以前、ギール山道でフレアに指摘されたことを思い出したイズは、ばつが悪くなって目をそらす。

 スーシャが大司教らとの会議よりもイズとの話を優先したのは、これについて釘を刺しておくためであった。枢機卿たちには自分で言うにしても、イズのことだから、命令によらず自分の意思で蓬莱国に赴きかねない――スーシャはそう案じたのである。



「いや、ボクとしてはまだまだ大丈夫だと――」

「いやもおうもありません。わかりましたね?」

「あの、聖下?」

「返事は二つに一つです。はいですか? それともはいですか?」

「それ二つとも同じ――」

「そうですか、わかってもらえて嬉しいです。今回、姉さまはお留守番です」

「ボク、何もいってないですよッ!?」



 イズの口から悲鳴じみた声があがるが、小さな教皇はまったく耳を貸さなかった。

 とりつく島もない相手の態度に、かつて親友の忠告を退けた勇者もさすがに折れざるを得ず、結局、今回は大人しくしていることを了承するにいたる。

 大陸の東で、西で、各国を取り巻く情勢は大きく変化しようとしていた。




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