第五章 教皇親征(五)
「しつ……っこいッ!」
襲いかかってきたスライムに舌打ちしながら剣を振り下ろす。
本来、液体生物のスライム相手に剣を使うのは下策なのだが、教皇じきじきに奇跡を付与してもらったおかげで、液体生物だろうが、霧状生物だろうが正面から斬り伏せることができた。
一刀でスライムを両断した俺は、魔物を切り捨てたばかりの刀身に目を向ける。
廃都に足を踏み入れてから、すでに一刻(二時間)あまりが経過している。倒した魔物の数も十や二十ではきかない。
にもかかわらず、刀身を包む燐光は衰えることなく、むしろ時間の経過と共にますます輝きを強めているようにさえ感じられた。ついでに言えば切れ味もほとんど鈍っていない。さすがはシルル教皇のほどこした奇跡というところだろう。
声には出さず、心の中でスーシャに礼を言ってから額の汗をぬぐう。
廃都内部に出没する魔物は数も質も凶悪で、俺たちはすでに数えるのも億劫な数の襲撃に晒されている。幸い、これまでは特に大きな被害は出ていないが、疲労という意味では無視できない影響が出つつある。
そろそろ休憩をとるべきか。
そんなことを考えながら、命(?)を失って地面に溶けていくスライムを蹴りつけると、鉄靴を通して、ねちょりと気色悪い感触が伝わってきた。
「あらかじめ聞いてはいたが、ここのスライムは本当にタチが悪いな」
俺のぼやきを耳にしたイズが、同感だというようにうなずいた。
「普通のスライムと違って、火も魔法も弱点じゃないからね。おまけに凶暴だから、相手が人間だろうが魔物だろうが構わずに襲ってくるし。数が少ないのだけが救いだよ」
「だな。こんなのがウヨウヨしている場所があったら、尻尾巻いて逃げ出すしかない」
そんな会話を交わしていると、こちらも疲れた様子のウルクが額の汗を拭いながら話に加わってきた。
「この、ゴーストという魔物も厄介ですね。セラでは見かけない型です。いるとわかれば戦いようはありますけど……」
「この暗さだと、かなり近づかれないと分からないからな。たしかに厄介だ」
ゴーストは名称とは裏腹に亡霊とか死霊とか、いわゆるアンデッドモンスターとは異なる。濃い瘴気が凝り固まって誕生するガス状生命体だと考えられている。
実体らしい実体をもたず、密かに獲物に近づいて相手を凍らせたり、麻痺させたりして死に追いやる。この性質がアンデッド風の名前の由来だろう、たぶん。
ちなみにこのゴースト、実体こそないが、近づくとキンキンという金属同士をこすりあわせるような音が聞こえてくるので、耳を澄ませていれば不意打ちを避けることも可能だった。
ただし、これはまわりが静かでないと使えない索敵方法である。
たとえば――
「いざ、いざ奮い立て、者どもよ! 我らは偉大なる神の使徒、魔を討つ聖兵なり! 廃都の穢れを祓うは今日を措いて他になしッ! それを為すは我らを措いて他になしッ!!」
こんな風に甲高い激励が響き渡る戦場では、聴覚によるゴーストの発見は困難をきわめる。
盛んに激励を発するテトロドトス枢機卿を見やった俺は、思わず苦笑をこぼした。
「いや、元気なご老人だな。たしかもう八十歳くらいなんだろう?」
「たしか今年で八十一になられるはずだよ」
応じたのはイズで、その顔には俺と似たような表情が浮かんでいる。
話を聞くかぎり色々と問題の多い御仁のようだが、みずから前線に出てくるところを見れば、少なくとも臆病という欠点はなさそうだ。
まあ、過去四度の大侵攻を戦った枢機卿からしてみれば、廃都を包む闇も魔も大して恐ろしいものではないのだろう。
ともあれ、枢機卿の声が聞こえてくる事からも分かるとおり、すでにベルリーズの部隊も廃都の中に入り込んでいる。
俺たちを含めたベルリーズ管区先鋒部隊の役目は帝城への道の安全を確保すること。それが達成された後、聖騎士団に守られた教皇が入ってくる予定である。
ただ、一口に安全を確保するといっても、その達成は簡単なものではなかった。
外での大人しさが嘘のように、都市内の魔物の行動は活発かつ攻撃的であり、招かれざる客を血泥にしずめるべく闇の中から次々と襲いかかってくる。
今もまた、スライムを打ち倒したばかりの俺に向かって、十匹を超えるゴブリンの集団が物陰から殺到しつつあった。
松明の火を浴びて闇の中から浮かび上がる小鬼の群れは、絵本の悪魔じみた幼稚さと薄気味悪さに満ちている。
俺、イズ、ウルクの三人が素早く進み出て、フレアの前に壁をつくる。
それを見たフレアは素早く詠唱を開始した――いや、正確にいえば、俺たちが壁をつくる前からすでにフレアは詠唱を開始している。
息のあった連携は、まがりなりにも今日までパーティを組んできた経験の賜物であった。
『我が言葉は睡魔の手。昏き眠りに囚われよ』
フレアの眠りの魔法が発動し、目に狂熱を浮かべていたゴブリンの群れが唐突に勢いを失って、そこかしこでばたばたと倒れていく。
激突は未発に終わり、俺たちは倒れたゴブリンに次々とトドメをさしていった。
相手がゴブリンといえど、数が集まれば油断はできないものだ。やはり魔法使いがいると戦いが格段に楽になる。ゴブリンにトドメを刺してまわりながら、俺はしみじみと魔法のありがたみを実感していた。
そんな俺たちの周囲では、テトロドトス枢機卿率いるベルリーズの部隊が奮戦を続けている。
なんだかんだ言いつつも、これまで廃都遠征を繰り返してきたベルリーズの教会騎士団には精鋭がそろっており、魔物の妨害を排除して着実に帝城への道筋を切り開いていた。
最終的に教皇が廃都の城門をくぐったのは、それからさらに一刻経った後のこと。
これは俺が予想していたよりも半刻ほど早い。テトロドトス枢機卿らのイズへの態度は気に入らないが、ベルリーズ管区の実力は確かなもののようである。
これほどの実力を持っているのなら、事が起こるたびにイズに重荷を背負わせる必要はあるまいと思うのだが、その辺は教団内部の事情も絡んで複雑なのだろう。まったく腹立たしいことである。
ともあれ、素早い進軍は俺にとっても望むところだった。本隊の入城が早まるということは、それだけ先行している部隊の負担が軽くなることを意味している。
これから帝城に突入することを考えれば、疲労が少ないに越したことはない。
帝城前広場で本隊を待ちながら、俺は目の前にそびえたつ帝城を見上げた。
何もかもが朽ちて腐りゆく廃都の真っ只中で、ただ一つ朽ちる気配を見せない建築物。中で何が待っているにせよ、ろくなものではあるまいと確信できた。
◆◆
異変が発生したのは、教皇が廃都へ入って少し経ってから――別の表現を用いれば、本隊を構成する聖騎士、教会騎士ら全員が都市内部に踏み込んだ直後だった。
突然、廃都が光の壁に取り囲まれたのである。
光といってもキラキラと眩く輝いているわけではなく、黄昏時の空のようにほのかに赤く、ほのかに明るい、そんな色。
異変は即座に全軍に伝わった。
それまで空は闇一色で、光源といえば松明やかがり火だけだった。そこに光る巨大な壁が出現したのだからいやでも目立つ。
音もなくあらわれた光の壁を仰ぎ見た者たちは、はじめ、これが教皇による何らかの術式だと考えた。
これから廃都を探索するにあたり、都市内の瘴気を浄化する結界を張ったのかもしれない。聖下ならばそれくらいできるだろう、と。
実際、俺もはじめはそう思った。
だが。
「…………違う、わ」
フレアがかすれた声でささやく。そして、すぐさま古代語の詠唱をはじめた。
それが遠見の魔法であることに気づいたのは、次の説明を聞いてからである。
フレアによれば、都市を囲う障壁の表面にはびっしりと文字と記号が記されているという。
それら一つ一つが意味をもち、空間に現出した壁面を支えている。しかも、そうして出来上がった障壁同士が寄り集まって紋様を形作り、さらに大きな効果を壁面に付与している。
さらにさらに、その紋様が複数集まって、より巨大な魔方陣を――というように相互に影響を与え合い、無限に等しい効果を発揮する魔法技術の粋。
わずかでも魔法や奇跡をかじった者が見れば、おののかずにはいられない超高度の術式が廃都の周囲に展開している。
教皇の術式ではない、とフレアは断言した。
スーシャ教皇がどれだけ人間離れした法力を秘めていようとも、こんな馬鹿げた規模の術式を発現、維持することは不可能だ。一分ともたずに力尽きる。
つまり、この障壁を展開した者は人間ではありえない。そして、人間ならざる存在が、今の廃都を障壁で取り囲んだのだとしたら、その目的は内と外の分断以外にありえない。
つまり――
「今の私たちは袋のねずみよ」
フレアがそう言った直後、足元の地面が大きく揺れた。
このとき、俺たちは気づいていなかったが、城壁の外ではすでに破局がはじまっていた。
まるで光壁の出現が合図であったかのように、外の部隊に向かって魔物の群れが殺到していたのだ。
それまで息をひそめていたゴブリンやオーク、都市の内部にもいたスライムやゴースト、さらにコーラルの瘴気に染まった異形の生き物たちまでもが集結し、後尾を進軍していた部隊を強襲した。
その数は軽く五百を超えていたという。しかも、それは人の目に映る範囲のみの話。闇の向こうに隠れている魔物の総数がどれほどの数にのぼるのかは誰にもわからなかった。
城外にいたのは兵站を主な任とする義勇兵団であり、彼らはただちに防御の陣を整えつつ本隊に指示を仰ごうとした。
城内に逃げ込むのか、あるいは本隊が駆けつけてくるまで城外で防戦するのか。
最低でもこれだけは確認しておかないと、逃げようとする義勇兵と、駆けつけようとする本隊が城門で衝突する事態になりかねない。
しかし、すでに指示を仰ぐことは不可能となっていた。
出現した薄明の壁が、鋼鉄にも優る硬度で廃都の内と外を分断したからである。
叩いても斬ってもびくともしない半透明の壁。向こうを見ることはできる。だが、通ることはできない。声も届かない。城内の部隊が外の異変に気づけなかった理由がここにあった。
その事実が判明したとき、義勇兵団の指揮官たちの顔は蒼白になる。三方を魔物に囲まれ、残る一方向は正体不明の壁で閉ざされている。
それはつまり、義勇兵団が完全に孤立したことを意味していた。
そして、時を同じくして城内にも魔物が現れる。
城外との違いは明瞭で、現れた魔物は一匹だけであった。
たった一匹の、それはクモ。
胴体部が人家ほどもある巨大グモだった。
その大きさだけでも十分に不気味であったが、胴体部に比して異様なまでに長く伸びた八本の脚がおぞましさに拍車をかける。
俺たちが足をとられた大きな揺れは、音もなくあらわれたこの魔物が興奮して地面を叩いた衝撃であった。
こんな怪物が都市を徘徊していたのであれば、必ず気が付いたはずだ。クモの体色は闇に溶け込むような黒色だが、いくら暗がりに潜んでいたとしても、家よりも大きいクモを見逃すはずがない。
だから、巨大グモは忽然とこの場に現れたとしか考えられなかった。
『キシュエエアアァァァアアアアッ!!!』
開かれた上下の顎の間から、耳をつんざく咆哮がほとばしる。
八本の脚を蠢かせ、廃墟の建物を蹴散らしながら魔物が向かった先は、教皇のいる本隊。
まずい、と判断した俺たちはただちに救援に向かおうとした。本隊はシルル教団の精鋭で構成されているため、そんじょそこらの魔物に後れをとったりはしないだろう。が、この敵はあまりに規格外すぎる。叩くには全軍でかかった方がいい。
すぐに取って返せば、本隊と先鋒部隊で魔物を挟撃することができる。
どうやら周囲に展開していた部隊も俺と同じことを考えたようで、本隊に襲いかかった巨大グモはたちまち前後を塞がれ、次いで四方を取り囲まれた――ように見えた。
ところがこの魔物、巨大すぎるほど巨大な体格に比して驚くほど身が軽く、包囲されそうになるとたちまち別の場所に飛び移ってしまう。
時には突撃する戦車のように身体ごと突っ込み、複数の教会騎士を弾き飛ばして包囲を突き崩すこともあった。
黒光りする体皮は鉄製の武器を弾き返すほどに硬く、ならばと神官たちが攻撃用の術式を用いてもほとんど効果がない。
俺も脚の一本に斬りつけてみて驚いた。
スーシャの祝福のおかげだろう、確かにダメージを与えることはできた。正直、魔物にとってはかすり傷の域を出ていないだろうが、それでも魔人戦のようにこちらの攻撃がまったく通じないよりはマシだと、そう思った。
ところが、である。
呼吸二つ分ほどの間をおいた後、俺がつけた傷がみるみるうちに塞がってしまったのだ。
魔法的な加護が与えられているのか、それとも単純に旺盛な生命力の賜物なのか。いずれにせよ、少しずつダメージを蓄積させていく、というやり方が通じる敵ではなさそうだ。
「大型種とやる時は目やら口やらを狙うのが定石なんだが……」
うめくように呟く。
そのためには敵に接近しなくてはならない。長い脚のせいで胴体の下の方にはけっこうな隙間があるため、脚の攻撃をかいくぐって腹の下に潜りこむのは不可能ではないだろう。その後、敵の顔に攻撃できれば活路を見出せるかもしれない。
しかし。
「……ぁぁぁ……ひああああああああッ!!?」
俺たちの見ている前で、また一人、教会騎士が魔物の顎に捕らえられた。
どうやらこの魔物、獲物と目した相手の上に覆いかぶさり、八本の脚で逃げ道を塞いだ上で獲物に噛み付き、強力な顎で噛み砕く、という捕食方法をとっているらしい。
顎の力は強力で、すでに両手にあまる数の教会騎士が甲冑ごと噛み砕かれてしまっている。一度でも噛み付かれたら、まず助からないだろう。胴体の下にもぐりこむのは「どうか俺を食べてください」と言っているようなものだった。
周囲の騎士たちも、もちろん俺たちも、捕らえられた騎士を助けようと攻撃を加えているのだが、一向に効いている様子がない。
「フレア! ウルク!」
イズの指示が飛び、二人の魔法使いはもてる最大の魔法を解き放つ。
巨大な炎が脚の表皮を融かし、その傷口が塞がる前に光が剣のように傷口を切り裂いた。
魔物の巨体がぐらりと揺れる。
その隙をついて、イズが聖剣をもって斬りかかった。魔人殺しの剣は的確に魔物の脚を捉え、閃光を発しながらそのまま一気に脚の先端部分を切り落としてのける。
湧きあがる歓声。
だが、魔物は脚の一部を失ったことに何の痛痒も感じていないようで、平然と獲物の捕食を続け――
「ぎぃぃぃぃ!? がああ、が、がああああああッ――――」
苦悶の声をあげていた教会騎士の悲鳴がぶつりと途絶えた。
それを見ていた者たちの口から一斉にうめき声がもれる。
「くそッ」
俺も思わず舌打ちしていた。
暴れまわる魔物の対抗策がまったくない。大きすぎるし、速すぎるし、硬すぎる。
手当たり次第に捕食を繰り返しているあたり、襲撃目的は食事のようだが、なんでこんな奴が急に現れたのか。
もともと廃都にいたのであれば、先鋒部隊が入り込んだときに襲いかかってきたはずだ。
「……つまりは、誰か連れて来た奴がいるってことだよな」
フレアの説明を聞くに、周囲を取り囲む光の壁をつくったのがその犯人だろう。
あれは俺たちを閉じ込める檻。俺たちは巨大グモのための生餌というわけだ。
むろん、そんな未来はごめんこうむるので、なんとか脱出しなければならない。
犯人を見つけ出し、倒して城外に逃げる? 無理だ。どこにいるかも分からない魔物使いを探している暇はない。仮に見つけ出せたとしても倒せるかどうか。
フレアを驚愕させるほどの魔法障壁。おそらくは魔人の仕業だろう。
魔人の目的はシルル神の霊廟を守る教団戦力の殲滅か。
そうだとすると、この魔物を倒したら、次は魔人と戦うことになりかねないのだが――
「そんなことを気にしている場合じゃない、か」
今、重要なのは眼前の魔物を何とかすることだ。目の前の戦いの目処すらついていないのに、この後の戦いを憂えても仕方ない。
先ほどの一撃を見れば、イズの攻撃が有効なのは明白なので、なんとかイズが戦いやすい戦況をつくりあげねば――などと考えていると。
「皆さん、急いでその魔物から離れてください!」
幼くも凛とした声が、あらゆる騒音を貫いて戦士たちの耳朶を震わせる。
思わずそちらを見れば、戦場には不似合いな羽衣をまとい、銀の錫杖を手にした教皇スーシャの姿があった。
スーシャの羽衣は光の糸で織ったように白い輝きを発しており、見る者に「教皇はここにいます」と伝えているかのようで、信徒であると否とを問わず、自然と頭を垂れたくなる深い威厳に満ちている。
こんな人物と対峙すれば、人間ならば誰もが畏敬の念に打たれるであろう――だが、魔物にそんな概念は存在しない。
巨大グモの口から声ならぬ声が発され、頭部がスーシャに向けられる。間違いなく次の標的を教皇に定めた動きであった。
ところが、スーシャはそんな魔物の動きに構うことなく、自分の身長ほどもある大きな錫杖を振りかざし、神性語を唱え始めた。
『天地に満ちる数多の精霊よ……』
スーシャの詠唱が始まるや、それを助けるように銀の錫杖がまばゆく光り始める。それはイズが聖剣を解放したときの光に似ていた。
いや、単純な光の強さでいえば、こちらの方がはるかに優る。
気のせいか、廃都内の気温まであがっているように感じられる。それほどに強い光。
巨大グモが戸惑ったように動きを止めた。盛んに頭部を左右に振り、ガンガンと地面を脚で踏み鳴らす。はじめは何をしているか分からなかったが、すぐに思い当たった。これは警戒を意味する仕草だ。
スーシャの詠唱はなおも続いているが、魔物は警戒するばかりで襲いかかろうとしない。いや、襲いかかれないのだろう。教皇の小さな身体から発される圧力に押されて。
非の打ち所のない完璧な詠唱。膨れ上がる魔力。錫杖に集まった光は、今や小さな太陽と化し、その表面では激しい火花が散っている。
奇跡と聞いて思い浮かべるような優しい光ではなく、温かい輝きでもない。
徹頭徹尾、相手を打ち砕くことに特化した攻撃術式。空恐ろしい速さで一気に詠唱を紡ぎあげたスーシャは、そのまま容赦なく術式を解き放った。
『我が願いは神鳴る剣! 邪悪を断ち切る閃光となれ!』
その瞬間、廃都全域を閃光が覆った。
目が焼け焦げてしまいそうな光の奔流を直視してしまった俺は、ぐぉぉ、と情けない悲鳴をもらしてしまう。
わずかに遅れて、数十の落雷が同時に発生したような凄まじい轟音が鼓膜を揺さぶり、衝撃が地面を激しく揺り動かした。
ただでさえ視界がきかない状態でこれだ。とうてい耐えられるはずもなく、俺はおもいきり地面にすっ転んでしまう。
ああ、もう、なんなんだ、いったい!?
ようやく視界がまともになったのは、それから一分ほど経過してからのこと。
そして、まともになった視界に真っ先に飛び込んできたのは、大きくえぐれた地面であった。えぐれた地面は、先ほど魔物がいたあたりを起点として、まっすぐ奥に向かって伸びている。空から流星が降ってきて地面と衝突すれば、あるいはこんな痕跡が残るのかもしれない。
長く伸びたえぐれ部分の終点に魔物の姿はなかった。まわりを見渡しても見つからない。逃げ出したにしては足跡も残っていない。
答えは明白だった。
消し飛ばしたのである。スーシャの奇跡が、巨大な魔物を肉片一つ残さずに。
歓声は起きなかった。
周囲にいた信徒の一人がその場にひざまずき、スーシャに向かって頭を垂れる。
それに続くように、一人、また一人とひざまずいていき、ほどなくしてこの場にいた全ての信徒が同じ体勢をとった。
シルル神の再来を謳われる聖女の真価を目の当たりにした者たちにとって、それは当然の反応だったのだろう。
一方、信徒ではない俺はひざまずいていなかった。
いや、正直、周囲の人たちに倣いたいくらいに感動はしているのである。この気持ちは、はじめてアスティア様の神槍を見たときに匹敵する。
それでも俺がひざまずかなかった理由は単純だ。
周囲の大人たちにかしずかれ、ただ一人廃都に立っている教皇の姿が、まるで道に迷った子供のように見えたのである。
――寄る辺のない幼い子供が、心細そうに立ちつくしている。
たぶん、ただの気のせいだろう。
けれど、周囲の信徒たちのように少女を崇め奉る気持ちには、どうしてもなれなかった。




