第二章 金髪のゴブリン(四)
長時間にわたる尋問(?)の末、金髪ゴブリンについて判明した事実は以下のとおりだった。
一つ、このゴブリンの名前はウルクである。
二つ、ウルクはゴブリンではなく、エルフである。
三つ、ウルクの故郷はメルキト河の上流にある大森林、セラの樹海である。
四つ、セラの樹海は先ごろ魔物の軍勢の猛攻を受けた。
五つ、ウルクはその際に敵に捕らえられ、呪詛をかけられてしまった。
……うん、何だか予想をはるかに超えて事態が大きくなった。
妖精族とも呼ばれるエルフは、秀麗な容姿と長い寿命に加えて優れた魔法の資質を持ち、弓の腕にも秀でている。
思慮深く、信義に厚く、人類にとっては頼りになる戦友といっていい。
ただ、当然ながらというべきか、残念ながらというべきか、種族が異なることによる軋轢は存在する。
国是としてエルフ打倒を掲げる蓬莱国は極端な例であるが、そこまでいかずとも、エルフに対して高慢、尊大という認識を抱く人間は少なくない。エルフはエルフで、数の利で大陸の過半を領有し、多くの森を切り開いて耕地に変えてしまった人間を野蛮な種族と忌み嫌う者が多いと聞く。
その証拠にほとんどのエルフはセラの森から出ようとせず、人間社会と距離を置いて暮らしていた。
かように仲が悪い二つの種族であるが、魔人に対しては明確に敵対しているため、過去の大侵攻では恩讐を越えて手を握り合ってきた。
また、それぞれの種族の中には現在の関係を改善しようという動きもあり、実際、ウィンディア王国はエルフと比較的良好な関係を築いている。
まあ、これは神であるアスティア様がウィンディア王国にいる影響が大きく、人間とエルフが本当の意味で歩み寄ったわけではないのだが、ともあれ、ウィンディアの領内でエルフの姿を見かけることはさしてめずらしくなかった。
そんなエルフであるウルクが魔物に敗れ、呪詛をかけられたのが一月ほど前のこと。
目覚めたらゴブリンになっていて、コーラルの廃墟に横たわっていたのだとか。なんたる悪夢。
「なるほど。それでなんとか故郷に帰ろうとしていたところ、あのオークたちに目をつけられて逃げてきた、というわけか」
俺が言うと、ウルクは疲れたようにうなずいた。長時間の問答でいい加減くたびれたらしい。正直、俺も疲れている。
ゴブリンの声帯だと人間やエルフの言葉は話しづらいらしく、聞くにたえない異音となってしまう。そのため、名前ひとつ聞き取るのも苦労した。
文字で意思疎通しようにも、俺はエルフ文字を知らないし、ウルクも人間の言葉は簡単なものしか使えないらしい。こんにちはとか、ありがとうとか。
結果、それ以後は俺が訊ねたことにウルクが頷く、もしくは首を横に振るという形でやりとりを重ねていったので、問う者、問われる者、共に精神的な疲労が甚大だった。
いちおうの事情が判明したところで、俺はどうしたものかと腕を組んだ。
ここまで話を聞いた以上、放ってはおけない――というか、元々の依頼はゴブリン退治なのだから、ここで「はいさよなら」というわけにはいかない。
村人に事情を説明するにしても、果たして信じてもらえるかどうか。あとくされのないように殺しておくべき、という意見があがるのは目に見えているし、そうなったら面倒なことになる。
実際に剣を交え、かつ共闘までした経験から、俺はウルクの主張をほぼ全面的に受け入れているが、それは俺以外の人間を説き伏せる根拠としては弱い。
ウルクがエルフであるという確たる証拠を示せない以上、今の俺は傍から見ればゴブリンをかばう異常者だ。
村人との話し合いがこじれてしまうと、最悪の場合、深い森の中でウルクともども屍を並べることになりかねない。
この世の中、恐ろしいのは魔物ばかりではない。時に人間も、自分たちの生活を守るために非情な決断を下すことがある。特にこういった辺境の村では余所者の目がないから、村人同士が結託すると何でもできてしまうのである。こわやこわや。
そういった事態を避けるためにも、問題の鬼族はすべて討ちとった体を装うのが一番だろう。
オークについては死体があるからいいとして、ウルクの方はどうするか。まさか手足を切り取るわけにもいかない。
何か代わりのものを――と考えた俺の目にとまったのは、輝くような黄金の髪。
こちらの視線によからぬものを感じたのか、ウルクが怯んだように後ずさった。
◆◆
「まさかこうも早くに難問を片付けてくださるとは。まことに感謝のしようもない」
「まったくだ! たった一人であんだけの数の魔物を倒しちまうたあ恐れ入った!」
「ここは何にもないところじゃが、酒だけは浴びるほどにある。ぜひぜひ、一献かたむけていっていただきたい」
興奮して俺の手を握りしめながら、村長をはじめ村人たちは何度も何度も礼を口にする。近くの森で鬼族が蠢動しているとあって、何かと心労が絶えなかったのだろう。
机の上には一束の金色の髪と、オークの血に塗れた二本の短剣が置かれている。俺が持ってきた『証拠』だ。くわえて、すでにオークの死体は村の猟師によって確認が済んでいた。
ゴブリンの死体に関しては、髪をのぞいてオークに頭からばりばり食われたということにしておいた。確認したければオークの腹をかっさばくしかないわけだが、好きこのんでそんなことをするヤツはいないだろうし、仮にいたとしても、ゴブリンの肉片とそれ以外をみわける手段などありはしない。
オークの腱が短剣で切り裂かれている点については、魔物が同士討ちをしていたという風に説明している。これは俺がひとりで八体ものオークを討ち取った不自然さを解消するためでもあった。
これらが功を奏したのか、村長も、他の村人も俺に疑念を向けることはなかった。
彼らは酒宴を設けると申し出てくれたが、俺はそれを謝絶してベルリーズに戻る旨を伝えた。
へたにこの村にとどまって、何かの拍子に森で待機しているウルクが見つかったら大変だ。素朴な村の人たちをだますようで気が引けるが、依頼にあった「厄介な鬼族」がレルケ村にあらわれることは二度とないのだから、その意味で俺が依頼を果たしたことは間違いない。後ろめたく思う必要はないだろう、たぶん。
これで俺が戻ったとき、ウルクが姿を消していたら洒落にならなかったが、幸いというか何というか、金髪のゴブリンはきちんと残っていてくれた。髪が短くなっている理由は前述のとおりで、俺を見る目が微妙に恨めしげである。
しかしあれだ、正体がエルフだと分かると、ゴブリンの容姿もあんまり気にならなくなるもんだな。獣じみた悪臭がないせいもあるだろうが、恨みがましい上目遣いもどこか愛嬌がある。
戦利品として返してもらった二本の短剣を持ち主に返却すると、ついでに村で買い求めたフード付きのローブをウルクに渡した。旅人用の外套で、つくりは粗末だが、ウルクの黒い肌と鬼族の容姿を隠すにはちょうどいい。
街道を歩く間はこれで問題ないだろう。街には入れず、宿にも泊まれないが、野宿を苦にするほど繊細な身体のつくりはしていない。それにまあ、いざとなれば訳ありの身を装って宿に泊まったっていい。出すものさえ出せば、宿泊者の素性にこだわらない宿屋を探すのは難しいことではない。
とりあえず当面の目的は、ウルクをセラの樹海に連れて行くこと。
連れて行ったら連れて行ったで、今度は肝心のエルフたちがゴブリンと勘違いしてウルクを殺しかねないから呪詛の方を何とかする必要もある。
「解呪については教会が専門だが、まさか魔物の姿をしたまま連れて行くわけにもいかないよな」
そんなことをしたら問答無用でたたっ斬られてしまうだろう。
教会内の個人的なツテ、つまりイズに頼むという手もある。イズの人となりからして、きちんと事情を説明すれば問答無用で切り殺されたりはしないだろう。
ただ、知り合ったばかりの人間に迷惑をかけるのは褒められた行いではない。
「……とりあえず、歩きながら考えるか。ウルク、行こう」
俺の呼びかけに、さっそく外套を羽織ったウルクが小さくうなずいた。
こうして俺たちはレルケの村を離れ、ベルリーズへ向かって歩き始めた。
廃都に通じる街道には人影がほとんどなく、ウルクの正体がバレる危険はなかったが、それでもウルクは常に緊張感を漂わせていた。
街道を歩く際は必ず俺の後ろを歩き、野営するときも一定の距離を保って、俺が眠りにつくまでは決して眠らない。朝も、俺が起き出すときには必ず目を覚ましている。言葉に出さずとも、俺が警戒されていることは明らかだった。
――まあ、当然といえば当然か。
俺はそう思って、ウルクの態度をとがめなかった。
先にも述べたとおり、エルフ族と人間の関係は良好とは言いがたい。ウルク当人が人間をどういう目で見ていたかは知る由もないが、無条件の好意を抱いていたとは考えにくい。
同時に、人間に無償の善意を期待することもないだろう。
ウルクは今、俺がどうしてエルフをかばう行動をとっているのか、と疑問に思っているに違いない。そして、その行動の根底にあるものを見定めようとしている。
その気持ちはよく理解できた。
実際、俺には「エルフに恩を売って嫁に来てもらう」というれっきとした下心があるわけで、ウルクの警戒は正しい。
花嫁令で評価されるのは「より多く」の嫁と「より優れた」嫁だ。異種族はいけないという決まりはないから、エルフを嫁にするのは十分に「あり」である。むしろエルフを嫁にできれば、それだけで高得点間違いなし。
ぶっちゃけ、恩を売る好機ができて喜んでいる。
まあ、恩義を盾に無理強いできることではないから、結局のところ、相手がどう考えるか次第なのだけれど。
それに、嫁云々は横に置くとしても、ウルクから聞き出した話には無視できない点が幾つもあった。
中でも最も気になるのは、セラの樹海に魔物が攻め込んだという話である。
繰り返すが、セラの樹海はメルキト河の上流に位置する大森林で、北はガルカムウ山脈とウィンディア王国に接し、南は蓬莱国とランゴバルド王国につながっている。
つまり、ここを魔物たちに攻め落とされると、敵はウィンディア王国やメルキト河の守りを無視して、直接南方諸国になだれ込むことができるのである。
ウィンディア軍にとっても北と西の二方向から魔物に挟撃されることになり、事実上ノース・コートは無力化される。
さらに、メルキト河の水源が魔物の手に押さえられてしまうことも意味するわけで、これは非常にまずい事態だった。
セラの樹海におけるエルフの敗北は、人間世界の存亡に直結する。
そのあたりのことを我が目で確かめるためにも、俺はウルクに助力しなければならないのである。
そんなこんなで、俺たちは微妙な緊張感を漂わせつつ街道を進んでいった。
その間、俺は後ろを歩くウルクに何くれとなく話しかけ、ウルクもウルクで興味深そうに耳をそばだてていた。声に出して返答があったわけではないが、何となくそんな雰囲気が感じとれるのだ。
どうやら人間世界に関する興味はそれなりに持ち合わせているらしい。あるいは、単に黙りこくって足を動かし続けるのも暇だ、と思っているだけかもしれないが、まあこちらの事情を説明する意味でも、直近の情勢を伝えておくことは意味がある。
そうして一日が過ぎ、二日が経ち、三日目の夜を迎える頃には、ウルクは俺の後ろではなく横に並ぶようになっていた。
◆◆
その日の夜、俺たちは街道を少し外れたところにある泉の傍で野営した。俺としてはもう少し先に進みたかったのだが、じぃぃぃっと見上げてくるウルクの無言の訴えに屈した形である。
水浴びがしたかったらしい。ここに来るまでも、湧き水で身体を拭くくらいのことはしていたが、それだけでは我慢できなかったのだろう。
幸い、泉に人影はなく、近くの村から人がやってくるようなこともなかったので、水浴び自体はとどこおりなく済んだ。
いつもどおりに野営の準備をして、いつもどおりに離れた位置で眠りにつく。
そして、いつもどおりに目覚める――というわけにはいかなかった。
夜半、俺は濁った悲鳴を聞いてはねおきた。
獣か、あるいは野盗でも襲ってきたのかと、素早く剣を手元に引き寄せて周囲を見渡す。すでに焚き火は消え、あたりは暗闇に包まれている。足音や刃鳴りの音は聞こえない。狼や野犬の気配も感じられない。
そこにあるのは、寝入る前と変わらない穏やかな夜の光景だった。
何事か、と眉根を寄せる。
と、少し離れた場所で外套にくるまっていたウルクが、なにやら苦しげにうめき声をあげていることに気がついた。しっかりと閉じられた両眼は、ウルクが夢の世界にいることを物語っている。
どうやら先の悲鳴は寝ぼけたウルクのものだったらしい。
そうと気づいて、俺はほぅっと息を吐き出した。人騒がせなと苦笑して、その場から動かずにウルクの様子をうかがう。へたに近づくと、寝込みを襲われたと勘違いして反撃されかねない。
何もないようならすぐに眠りに戻るつもりだったのだが、案に相違してウルクのうめきは一向に途絶えなかった。
これは起こした方がいいかもしれん、と俺はウルクの傍らに歩み寄る。ここまでうなされているのを見ると、誤解されるかもしれないなどと言っていられない。
そうして相手の寝顔を覗き込み、軽く肩をゆすってみる。
途端、顔をゆがめて苦悶していたウルクの目が、暗闇の中でパチリと開かれた。こうして間近で見ると、ゴブリンの目も意外につぶらで愛嬌があるな、などと考えていると――
「…………ひぅ」
不意に、ウルクの顔がくしゃりと歪み、口から嗚咽のような声がもれた。いや、ような、ではなく、それはまぎれもない嗚咽だった。
俺はゴブリンの目からぽろぽろと涙がこぼれる様を、このときはじめて目にした。
「……怖い夢でも見たか?」
そんな言葉が自然と口をついて出たのは、幼い頃に弟をあやした経験の賜物である。夜、病気の苦しみや両親のいない寂しさでぐずっていたシュナの泣き顔が、ウルクのそれに少し重なる。
涙を流したまま、ウルクの顔が左右に振られた。
それを見た俺は、そうかと呟いて、幼いシュナにそうしたようにウルクの手を包むように握る。
こうすると、シュナは落ち着いて眠ってくれた。
この頃になると、俺は完璧にお兄ちゃん状態に移行していた。下心は心の棚に蹴り上げて、純粋な気持ちで相手の不安を癒すべく行動する。
その誠意が伝わったのかどうか、ウルクは一瞬だけ手を引っ込めるような動きをしたが、それは本当に一瞬のことで、すぐに俺が手を握るにまかせた。
握り返すでもなく、かといって振り払うでもなく。
ほどなくして、ウルクの口からすぅすぅと寝息がこぼれはじめる。それを確認した俺は、握っていた手を外套の中に戻すと、静かにその場を離れた。




