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第97話 勇者レベリング再び (主人公トキヒロ視点)


 今、現在、俺達はかつて勇者達がレベリングしたという草原にいる。

 ここは初心者のレベリングに使われる場所で、普段は王宮の兵士など近寄らない。

 まず、知り合いに会うことはないだろうという香澄さんの言葉を信じて、森をボディーガードしながら、勇者とその他3人をここまで送り届けた。


 勇者の大塚正義おおつかまさよしはやる気に溢れているが、ビッチーズの龍造寺りゅうぞうじ鳳凰堂ほうおうどう新宮園しんぐうえんの3人は俺達に対して未だに萎縮しておりおどおどしている。

 勇者と戦士の剣は昨日俺達が叩き折ってしまったので、今日は香澄さんが予備で持っていた剣を貸している。極めて普通の鉄製だ。


 さて、そうこうしていると早速スライムが1匹出現する。

「援護を頼む」

 勇者君が叫ぶとスライムに向かって鉄の剣を構える。

 方術師の鳳凰堂が支援魔法を詠唱するが何も起こらない。

「ダメだわ。やっぱり発動しない。

 それになんだかめまいがする」

 レベル封印の効果は今日も順調のようだ。魔力不足から発動しないばかりか、魔力切れ寸前のようだ。


「何をやっているんだ。もういい。

 スライムくらいこのまま倒す。

 とぅりゃぁーーーー」

 大塚正義おおつかまさよしは大声で叫んで気合いを入れ、剣をスライムに振り下ろす。


 ボヨンと音がして、剣ははじき返された。


 魔法使いの新宮園が詠唱していた初級の火魔法を発動する。

「ファイヤーボール」

 小指の先ほどの火球が新宮園の指先から発生し、ふらふらと飛びながら何とかスライムに命中する。


 ジュッ


 火の玉はスライムに小さな焦げ目をつけて消えた。


 ダメージはほとんどないようだ。


「あ、あたしもめまいがする」

 こちらも今ので魔力をかなり消費したようだ。


「なんでだ! どうなっているんだ」

 勇者の大塚が叫んで2撃目を放とうとしたところでスライムがボヨンと跳ねた。

 そのまま、勇者の顔に張り付く。


「うぷっ、うぅぅ」

 このままではせっかく昨日助けた勇者が窒息死してしまう。

 香澄さんがすぐに動いて素手でスライムを引っぺがし、足で踏みつけるとスライムは核ごと潰れて地面に吸い込まれた。

 後には小さな魔石が残る。


「どう、わかった。

 あなたたちの力はとても弱いわ」

「おかしい、少なくともエルハンストの町に行くまではこんなスライムのような敵に苦戦することはなかった」

 大塚正義が呆然と呟く。


「まあ、あなたたちが納得するまでやってみるといいわ」

 香澄さんはそう言うと大塚正義から少し距離を取った。


 俺が施したレベルに対する封印は、封印という文字をステータス画面に浮かび上がらせることはないが、封印に成功した部分の文字は鑑定するとやや暗い色調になっている。

 大塚達に施した封印の結果、レベル表示と各ステータスに掛けられるレベル倍の表示が暗くなっているのだが、彼らは気がついていないようだ。


 結局この日は、彼ら自身で一匹のスライムも倒すことが出来ないまま終了した。

 当然、レベルもステータスの上昇もない。


 夕方が近づいてきたところで香澄さんが声をかける。

「どう、大塚くん。そろそろ気が済んだかしら」

「まだだ、まだ俺はやれる」

「そう……

 でもそろそろもどらないと真っ暗な森を歩くことになるわ。

 今日はここまでにして続きは明日よ。引き上げましょう」


 この香澄さんの提案に反対を述べる者はいなかった。

 俺とカオリは香澄さんと一緒にレベルが上がらなかったレベリング作業に疲れ切っている4人を守りながらベヒモス沼の拠点へと戻った。

 道中は当然のごとく魔物がたまに飛びかかってくるが、全て俺とカオリと香澄さんで切り伏せる。

 オオカミのような獣や、少し大型のゴブリンなどを瞬殺する俺達を見ながら、勇者の少年はぶつぶつと何か呟いている。

「なぜ……、こんなはずじゃ……」

 誰に発するというわけでもない独り言なのだが、勇者君がかなり落ち込んでいるのはよくわかった。


 拠点に帰ると藍音さんが戻ってきており、昨日倒したベヒモスの肉で焼き肉をつくって待っていた。

 日本から藍音さんが持ち込んだ焼き肉のたれがその味を引き立てる。

「美味しいな」

「あの見た目からは想像できないわね」

 俺とカオリはベヒモスの焼き肉の味に驚きの声を上げたが、勇者君たち4人は少し食べただけで寝室へとすぐに引き上げた。

 よほど疲れていたのだろう。


「もうちょっとかしら……」

 香澄さんの言葉に藍音さんが頷く。

「そうね。

 そろそろ日本に帰るのに同意してくれそうな雰囲気ね」




 結論から言うと、女子生徒3人はこの時点で日本に帰ることに異を唱えなくなっていた。

 お嬢様育ちのワガママ娘には昨日までの経験で十分だったのだろう。

 しかし、勇者の少年はそれから更に2日ほど粘り、日本時間で金曜日の夕方、狩り場としている平原で、3日かけても一匹も倒せていないスライムに向かって絶叫しながらついに弱音を口にした。

「何でだーーー

 何で倒れてくれないんだよーーーー

 俺は勇者でお前はスライムなのにーーーーー」


「それが貴方の実力だからよ」

 香澄さんがしっかりとした口調で言い切りながら、勇者大塚が倒せなかったスライムを一刀のもとに瞬殺する。


 香澄さんがばっさりと切り捨てたのは、勇者君の言葉だろうか、それとも目の前のスライムだろうか。

 いや、それは勇者君のプライドだった。


「もう嫌だ。

 もう僕は帰る。

 日本に帰る……」

 最後の言葉は聞き取れるかどうかわからないほど力がなく小さかった。


 自分がいくら叩いても倒せなかったスライムを、いとも簡単に切り飛ばした香澄さんの背中に向かってその言葉を呟いた後、勇者君はその場にへなへなと座り込んだのだった。


 全員の同意が取れた金曜日の夜、善意の協力者アイネリアに分した藍音さんが問題の4人の前に現れ、俺達は香澄さん達が召喚された教室へと降り立つ。


 俺と藍音さんはすぐにその場を去り、後は香澄さんが職員室から警察や関係機関に連絡した。

 学校は先に帰還した生徒達のときほどではないが多くの人が夜遅いにもかかわらず詰めかけてきたという。

 4人の生徒には一応口止めしておいたが、あの4人の性格を考えると完全に情報の秘匿は無理だろう。

 まあ、現状心が折れていることと俺達に対するトラウマがあるので、何でもぺらぺら話してしまうことはないと信じたいところだが、万一の時はどう言い分けするか後で相談することにして、一旦香澄さんの部屋で俺と藍音さんは待機した。








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