第93話 決闘? ベヒモス沼 (主人公トキヒロ視点)
「カオリさん、分かっていると思うけど手加減してね」
香澄さんがカオリに念を押す。
「了解です。先生……
けど、万一の時はポーションをもう一度飲ませればいいだけですから、少々痛い目に会ってもらおうかと思います」
「仕方ないわね」
「それより先生は大塚君達に攻撃できるんですか?」
カオリが、自分と一緒に決闘に指名された香澄さんに聞く。
「ここは、日本じゃないから大丈夫よ。
少々やっても体罰だとか言う人はいないわよね」
「はぁ……
香澄ちゃん、貴方もやり過ぎないように気をつけてね」
香澄さんの言葉を聞いて、今まで沈黙していた藍音さんがあきれ気味に注意する。
「あら、私は大人だから当然加減するわよ」
「その加減が問題だと思うんだけど……、まあ、いいわ」
「まかせておいて。
昔から模擬戦は得意だったでしょ」
「それは私相手であって、一般の人相手には加減し損なっていたわよね。
例えば召喚されたときの剣や魔法の授業中とか」
「ふっ、そんな昔のことは忘れたわ。
それに加減できなかったのは藍音ちゃんも同じじゃない」
「今回私は戦わないから問題ないわ」
香澄さんと藍音さんの会話から察するに、2人とも手加減は苦手なようだ。
そんな話で盛り上がっていると、勇者ご一行のお色直しが終わったようで、4人は俺とカオリによってあちこちがへこんだり変形した装備を身につけている。
「俺達4人の名誉と自由を駆けて、関谷香織と香澄先生に決闘を申し込む」
ぼろぼろの出で立ちで偉そうに勇者の少年が宣言する。
「はあ、仕方ないわね。
取りあえず部屋の中じゃ無理だから外に出るわよ」
香澄さんはめんどくさそうに立ち上がると、ベヒモス達の暮らす沼のほとりへとみんなを誘う。
ベヒモス沼は夕闇が濃くなり、夜の帳にもうすぐ覆い尽くされるという暗さだった。
「足下が悪いから転んで怪我しないように気をつけてね」
「誰に向かっていっているんだ。
レベルが14になった俺たちには、この程度の悪条件は問題ない。
万年レベル1の先生とは違う」
「「「そうよそうよ!」」」
香澄さんは湿地で足場が悪いことを丁寧に教えてやったのだが、奴らは悪びれずに見下した発言を続ける。
「それじゃあ、私が審判をします。
両者致命傷になるような攻撃は控えること。
それじゃあ始め!」
藍音さんの合図で、勇者一行は早速武器を構える。
正義少年は迷わず真剣を抜き放つ。
「はははっ、怪我をして後悔するがいい」
そのまま右斜め上に剣を構えると、よたよたしながら突進してくる。
完全にぬかるんだ足場にバランスを崩す。
レベルの封印は上手く機能してくれているようだ。
「私も行くわよーー。
魔法の支援よろしくねーーー」
派手派手のケバケバしい女が剣を引き摺りながら後に続く。
こちらも弱体化して剣を引き摺る羽目になっているのに気がつかないのだろうか。
「仕方ないわね、かかってきなさい」
香澄さんは億劫そうに剣を鞘から引き抜くと正眼に構える。
「先生、私は龍造寺さんを引き受けますね」
カオリは抜刀の構えで香澄さんに話しかける。
「了解、私が大塚君ね」
そのとき、後ろから魔法を発動しようと詠唱していた2人から声が上がる。
「あれ、火の玉が出ない?」
「おかしいわ。支援魔法が発動しない」
レベルによる補正を封印されて、必要魔力がない状態だと気がついていないのだろう。
魔法職のビッチ少女2人が焦っている。
「覚悟!」
そうこうしていると勇者の少年が香澄さんに斬りかかった。
もちろん、真剣の刃を向けてである。
殺る気満々の一撃だ。
瞬間、香澄さんはぬかるんだ足場をものともせず、すり足で瞬間移動かと見まごう速度で移動し、交差する刹那剣を振り抜く。
キン! ペキッ!!!
金属のかん高い音が響き、勇者の少年の持つ剣がポキリと根元から折れた。
香澄さんは静かに納刀する。
シュ! カン!
そうこうしているうちに空を切る音と同時に金属がぶつかる音がする。
カオリが居合い斬りで剣士の少女の持つ大剣を切断した。
切断された大剣は、ズシャリとぬかるんだ泥に埋まる。
それにしてもあの直剣で良くあんな居合いができたものだ。
剣をおられた2人は一瞬内がおこったのか分からないようだ。
「はい、そこまで。
勝者、香澄ちゃんと香織さん」
審判をしていた藍音さんが宣言する。
「そんなバカな。
俺の聖剣が折れるなんて……」
「インチキよ!
私たちが縛られてる間に剣に細工したわね」
負けた2人が騒ぎたてるが、当然俺達は細工なんかしない。
「私たちは兵舎から受け取った装備をそのままあなたたちに返したのよ。
あなたたちの剣が折れたのは、純粋に香澄ちゃんと香織さんの剣の技術がすごいということよ」
冷静に説明する藍音さんに、勇者の少年が切れた。
「ええい、嘘だ嘘だ。
俺達が正々堂々と試合して負けるはずはないんだ。
さてはお前達、勇者に敵対する魔族だな。
卑怯な手で俺達を罠にはめたんだ。
許さないぞ」
そう言うと勇者君は審判をしていた藍音さんに突進してつかみかかろうとした。
「きゃっ、何するのよ!」
突撃してきた勇者君を藍音さんは片手で突き飛ばす。
ひゅーーーーーーーっ
勇者君は宙を飛んだ。
もちろん、勇者君に飛行の魔法は使えない。
純粋に藍音さんが放った掌底突きの威力によって、物理学の法則に従っただけである。
宙を飛ぶ勇者君の顔は白目をむいて口からは泡をふいているようだ。
これはほぼ間違いなく気絶している。
わずかに残る夕焼けを背景に、大きな放物線を描いて勇者君が向かった先はベヒモス沼の中央付近だった。
バクッ!!!
「「「!!!!」」」
突然の事態に全員絶句した。
勇者君が沼に着水しようとした瞬間……
沼から体長20メートルを超えるような大きなカバが現れ、勇者君を丸呑みした。
結局、手加減し損なってやらかしたのは藍音さんだった……。
香澄達がクラス召喚された時期を、5月くらいから1月くらいに変更しました。
関連して、7話を一部変更しました。




