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第73話 エルハンスト武術大会二回戦第四試合 (カスミ視点)

 本話は少し時間が遡って戻ります。

 この話は時間軸で言うと70話と71話の間になります。



 私たちは一試合目が終わるとすぐに着ぐるみを脱いで観客席に向かう。


 客席はかなり込んでいるが、でっぷりとした身なりのよい派手な服装の男の近くは余り人がいない。

 私たちはけばけばしい衣装の貴族然とした男とその取り巻き達が占めている一角の近くの空き席に陣取る。



 武闘台ではちょうど次のチームが対峙していた。


「おい、ゼクス。

 さっきはうちの兵があっさり負けたが、今度は大丈夫なのだろうな」

 太った貴族が執事らしい男性へと不機嫌そうに声をかける。


「お任せ下さい、スフォルトゲス家の名にかけて選りすぐった冒険者を、我が町代表として送り込んでいます」

 ゼクスと呼ばれた執事が答える。


「しかし昨今の戦争で冒険者の質が落ちていると言うではないか」

「その辺に抜かりはありません。我が町の兵士から腕の立つ者を補充しております」

「その腕の立つ兵どもが、先ほどは見るも無惨に惨敗したのだがな……。

 それに、兵どもに与えた最強の盾や剣も全く使えない粗悪品だったようじゃないか」

「剣と盾につきましては、後で武器屋の主を締め上げておきます。

 それに、冒険者チームの実力は先ほどの我が軍のチームに勝るとも劣りません。

 武器も全員分ではありませんがみずち素材のものを持たせることが出来ています。

 ご安心を」

「ふん。安心できんから言っておるのだ。

 特にこの試合は、あの忌々(いまいま)しいエルハンストの奴のチームが相手だからな。

 我が沽券こけんに書けて、万に一つも負けるわけにはいかん……」

「……」


 ゼクスと呼ばれた執事の男性は言葉を発することなく、丁寧な礼をして伯爵に答える。


「まあよい。いざというときはこんな大会、ワシの手でぶちこわしてやるわ」


 派手ないでたちの貴族はここまで話したところで、私と藍音ちゃんが近くに座っていたことに気がつき、一瞬厳しい視線を浴びせてきたが、すぐに舞台の方へと関心を向ける。



「何かあぶなそうな話をしていたわね……

 藍音ちゃんは聞こえた?」

 私はひそひそ声で藍音ちゃんに確認する。


「ええ、だいたい聞き取れたわ。

 とんでもない不穏な話のような気もするけど……、

 でも、そうね……。今は目の前の試合に集中しましょう……」


 藍音ちゃんの言葉で私たちは緊張感が増しつつある武闘台に注目する。


『それではただ今から、2回戦第4試合、

 スフォルト冒険者ギルド選抜チーム 対 エルハンスト伯爵チーム

 の試合を始めます』




『試合開始』



 開始のアナウンスが流れると同時に、スフォルト冒険者チームから火の魔法と水の魔法が放たれた。


 対するエルハンスト伯爵のチームは、先ほどスフォルトゲス伯爵のチームが持っていたのとよく似た盾を構えて魔法を迎え撃つ。




 盾に魔法が当たった瞬間、攻撃魔法は周囲に散乱しエルハンストのチームは全く無傷だ。


「ばっ、バカな!

 あの武器屋の親爺め!

 あれほど他の者には売るなと言っておいたのに、よりにもよってエルハンストの奴らに売るとは!!!」

 貴族然とした太った男が激高して声を荒らげる。


「伯爵様、ゲンガン武器店はエルハンストの町の武器屋ですから、エルハンストの領主から求められればいた仕方がないかと……」

「ゼクス!

 貴様はどっちの味方だ!!

 あの親爺には後でそれ相応の罰を与えるのだ。

 いいな!!!」

「はっ、仰せのままに」


 いさめに入った執事を怒鳴りつける伯爵は傍目はために見ていても人間としてのうつわが知れるいけすかなさだ。


 相応しているうちにも試合は動く。


 エルハンストのチームは盾を前面に出して密集隊形で前進する。


 対するスフォルトの冒険者達は同じような盾を持っている2人が一番後ろで構え、他の8人はバラバラに攻撃を仕掛ける。


 どうやら連携に難があるようだ。


 スフォルトの冒険者は先行した者から順にエルハンストのチームの餌食となっている。


 個人の技量はそこそこだったが、連携のなさをカバー出来るほどではなかったようだ。


 スフォルトの冒険者チームはあっという間に最後尾で待機していた2人だけになる。


 この2人はエルハンストの兵士達と同じような盾と剣を持っており、2人のコンビネーションもまずまずのようだ。

 互いの魔法は盾で無効化されて先ほどよりは戦いになっている。


 が、残念ながら2対10の数的不利を覆せるほどの実力は持っていなかったようである。


 やがて死角から放たれた一撃で、1人が剣を取り落とすと、後は一方的に試合が決まった。




「おのれーーー!

 ゼクス!

 選りすぐりの冒険者と兵ではなかったのか!」

 更に激高するデブ男。


「申し訳ありません。

 まさか敵チームも同じ武器を用意出来ているとは思いもしませんでした」

 執事は淡々と主に詫びるが、顔を真っ赤にして憤るデブ男は全く聞いていない。


「おのれ!!

 こうなったら最後の手段だ。

 大公殿、頼みましたぞ。

 この町の連中に思い知らせてやって下され」

 デブ男は、こちらからは影になって見えない反対側にいるらしい人物へと話しかける。


「だから、最初からこんな茶番は捨て置いて我らにまかせろと言っていたのだ。

 何にしてもまかせておけ。

 準備が整いしだい最高の演出でご期待に応えよう」

 デブの影から聞こえる低い不気味な声の主は、完全にデブによってこちらからは見えないが、何にしても言っていることがまともではない。


「ふはははは!

 奴らの慌てふためく様が楽しみだ。

 我がチームのいないこんな場所にはもうようがない。

 行くぞ!」


 デブ男はそう言うと、取り巻きと大公と呼ばれた者たちをつれて席を立つ。


「ねえ、藍音ちゃん。

 私たちとんでもないことを聞いちゃったんじゃないかしら」


 私は隠すつもりがあるのかないのかわからないほどの大声で、不穏な会話をするだけしていなくなった太った貴族の言葉を思い出し、藍音ちゃんに相談する。


「そうね。

 とても嫌な予感がするわ。

 それにエンパシーで感じたのは怒りだけではなくて、不気味な悪巧みのような感情も感じたわね」

 藍音ちゃんは考えながら答える。


「そうね。私もそう感じたわ。

 特に、大公と呼ばれた影にいた人物は嫌な感じだったわ」

 私の言葉ことばに藍音ちゃんもうなずく。


 そのとき会場にアナウンスが流れた。

『準決勝、第一試合。

 仮面冒険者チーム、王都騎士団チームは15分後におこなわれます。

 繰り返します。

 準決勝、第一試合。

 仮面冒険者チーム、王都騎士団チームは15分後におこなわれます』 


「ちょっと時間があるみたいね。

 香澄ちゃん、さっきの太った貴族達の様子を少し確認してきたいんだけどいい?」


 藍音ちゃんはさっきの会話を気にしているようだ。


 私も心配なのだが、次に出てくるチームの試合も気になる。


「次の試合は見ないの?」

「それまでには帰ってくるつもりよ。

 今、クレヤボヤンスであいつらの行き先を確認しているの。

 大公と言われた奴がすぐに集団から外れて別行動に入ったわ」


 藍音ちゃんの超能力『クレヤボヤンス』は遠視や透視が出来る優れた能力だが、離れたところの音は聞き取れない。


「わかった。私も気になるから一緒に行くね」

「助かるわ。まずは控え室に行きましょう。

 私はあいつの行動を遠視して追うから、悪いけどおんぶしてくれない」


 私は藍音ちゃんを負ぶうと、藍音ちゃんは目を閉じて集中し始める。

 ちょっと目立つけど、この際気にしている余裕はない。


 急いで移動したため、一分もせずに私たちは選手控え室に到着する。


「あいつ、速いわ。

 よほどステータスが高いのかしら」

 藍音ちゃんは大公と呼ばれた男を遠視しながら状況を教えてくれる。


「今どこにいるの?」

「もう、町から出ているわね。

 2分もせずに町を出るなんて……。

 それに、他の町人があの男にほとんど気がついていないみたいなのよ」

「そんなスキルでもあるのかしら」

「そうかも知れないわね」

「とりあえず森の茂みへ入ったみたい。

 香澄ちゃん追うわよ」

「了解、いつでも準備OKよ」

 私が言うのと、景色が一変するのが同時だった。

 藍音ちゃんのエリアテレポートによって、私は森の茂みの更に奥、木立の影に立っている。


「それでは早速呼びに行くか……」

 大公と呼ばれた男までの距離はわずかに5メートルほどだったので、つぶやきまでクリアに聞き取れた。


 男はそう言うが速いか、一瞬にして消える。

 消えた後には彼が着ていた衣服や装備がばらばらと落下する。


「あの能力は……」

「ええ、たぶん間違いないわ。

 あなたの空間転移と同じ能力のようね」


 そう、藍音ちゃんのテレポーテーションは、衣服や近くにいる人などを任意で一緒に瞬間移動させることが出来るが、私の持つ空間転移のスキルは本人のみにしかその効果が及ばない。

 つまり、装備や衣服は移動しないことになる。


 いま、男が使った能力は明らかに後者だ。

 証拠に男の装備一式がそれまで男の立っていたところに落ちている。


「誰かを呼びに行くと言っていたわね……。

 どう思う……、藍音ちゃん。」


 私の問いにしばらく考えてから言葉を選びながら藍音ちゃんが自分の考えを述べる。


「そうね。


 まず、何らかの増援兵を呼びに行ったと思って間違いないわね。


 それも、この街にとって都合の悪い何かね。


 空間移動で呼びに行ったと言うことは、私のようなテレポート能力は使えない、若しくはこの世界にないということかしら」



 私は藍音ちゃんの分析を聞きながら疑問に思ったことを訪ねる。

「どれくらいで増援をつれてやってくるかしら」


「おそらく、敵兵全部が空間転移ですぐに来ることはないと思うわ」

 藍音ちゃんが答える。


「そうね、全員全裸で来ても兵力的に頼りないからそれはないと思うわ」

 私も感想を言う。


「ええ、それに空間転移のスキルを持っている人が、それほど多いとも思えないしね」

 藍音ちゃんの言葉に私も頷いて肯定する。



 私たちは森の茂みでしばらく様子を見ながら考えていたが、予想通り男がすぐに戻ってくると言うことはなかった。


「そろそろ、15分くらい経つわね。

 次の試合の時間だわ」

 私の言葉に藍音ちゃんが頷く。


「ええ、とりあえず戻りましょう」

 そう言うが早いか、藍音ちゃんはエリアテレポートを発動し、私は元の控え室に戻っていた。




「とりあえず観客席に戻りましょう、藍音ちゃん」

 私たちは、急いでさっきまでいた観客席へ戻る。


 太った男達がいなくなったためぽっかりと空いていた観覧席の一角は、新たに訪れた人で埋まりつつある。

 私たちは何とか並んで空いている席を見つけて座ることが出来た。


『準決勝、第一試合。

 仮面冒険者チーム、王都騎士団チームは入場してください。

 繰り返します。

 準決勝、第一試合。

 仮面冒険者チーム、王都騎士団チームは入場してください』 


 会場に呼び出しがアナウンスされる。


「どうやら間に合ったわね」

「ええ、準決勝に勝てばあのどちらかのチームと当たることになるから、是非見ておきたかったのよ。間に合ってよかったわ」

 藍音ちゃんの言葉に、私は同意した。









 なかなか筆が進まず、読んで下さっている方には申し訳なく思っています。

 変換ミスなどにお気づきの方は感想欄でお知らせください。


 2話完結の新作「戦隊ヒーローのブルーは記憶喪失!?」を先週投稿しましたので、こちらもよろしくお願いします。

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