第60話 協力者、やらかす(アイネ視点)
私は王都の目立たない通りへテレポートすると、賑やかな商業地区へと移動する。
時刻は8時前くらいの比較的早い時間だというのに、冒険者目当てのお店がたくさん開店していて、店も前で呼び込みをしている店員さんの声でとても賑やかだ。
「安いよ安いよ!
できたての野菜サンドがたったの100ゼニーだ!
冒険のお供に一つどうだい!」
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい。
切れ上がったこの剣が、イエロー毒ガエルの油をちょいとぬりゃあれ不思議、
見まごうばかりの切れ味だ」
「拙者親方ともうすはお立ち会いの内に、
ご存じの方もござりましょうが……」
終いには何を売っているのか分からない店まである始末だ。
何にしてもこれだけのお店が営業していれば、香澄ちゃんから借りたお金で、この世界での冒険者装備を調えることが出来そうだ。
何でも、香澄ちゃんが捕ったベヒモスという大きな魔物の肉が大変美味しかったため、お肉屋さんが高く買い取ってくれたらしい。
どんな形状の魔物か聞き忘れていたが、是非私も試食したいものだと思って王都の商店街をぶらついていると、どこからともなくお肉の焼けるいいにおいがしてくる。
ニクニク亭というお肉屋さんの前からだ。
どうやら、冒険者用に串焼き肉を売っているようだ。
「さあさあ、今日もベヒモスの串焼きは絶好調だ!
一本2000ゼニーの高級品だが、一口食べればその価値が分かる!
この王都じゃ打ちの系列店でしか扱っていない貴重な肉だよ!どうだい旦那方、お試しに一本」
どうやら、香澄ちゃんが言っていたベヒモスのお肉を調理して売っているらしい。
私は試しに一本買ってみる。
「お肉屋さん。1本下さい」
「はい毎度。
よかったらまた寄ってね」
行儀は悪いが、早速歩きながら串焼きを頬張ると、何とも言えない肉の香りと旨味、やわらかくジューシーな極上のお味だ。
これは松阪牛の霜降り肉に匹敵するんではなかろうか。
機会があれば私もベヒモスを捕って鱈腹食べてみたいと本気で思う。
串焼きを食べ終わったところで、ちょうど武器防具の店があったので、適当な剣と防具を見繕うことにする。
「おじさん。
丈夫な剣二本と動きを阻害しない防具一式を下さい。
お値段は安めで」
「切れ味はいいのかい。
それなら、剣はそこのタルの中にバーゲン品を置いてあるから、そこから選びな。
防具は皮の胸当てとバックラーが大量入荷で安いけど、防御力はあまりないぞ。
それでいいなら、剣二本とあわせて5000ゼニーでどうだ」
日本円で5000円程度で、剣二本と防具が手に入った。
剣は一本一本手にとって、クレヤボヤンスで内部構造まで確認し、刃が潰れてはいるがとても丈夫そうな謎の金属の剣を数本見つけたので、その中から一番しっくりくるものを二本選び購入することにする。
会計の時に、バーゲンの剣をおじさんに渡すと、驚かれた。
「お嬢さん、見かけによらずに力持ちだね。
その剣のシリーズは片手剣の作りなのに両手剣以上に重たいんで、買い手がつかずにバーゲン品になったんだ。
刃も潰れているし、本当にそれでいいのかい?」
「はい、大丈夫です。何とか振れますし」
私はそう言うと剣を片手で素振りしてみせる。
武器屋のおじさんはビックリしていたが、不良在庫がさばけたせいか愛想はよかった。
買うものを買って香澄ちゃんの部屋にテレポートする。
香澄ちゃんが帰ってくるまでに、クレヤボヤンス(微細視)とサイコキネシスを駆使して、買ってきた二本の剣の刃を成形し、切れ味をよみがえらせる。
それにしても何の金属で出来ているのだろうか。
どうやら複数の元素が混ざった合金のようだが、日本でよく見かけるようなステンレスやジュラルミンとは明らかに違う。
成形を終えた二本の剣の刃先を確認して見ると、刃こぼれ一つ無い直刃の名刀が完成したように感じられる。
西洋剣の形なので諸刃の剣であり、相手の剣を受けるときに刃が潰れないように気をつける必要があるだろう。
しばらくすると朝食を終えて香澄ちゃんが帰ってきた。
香澄ちゃんは少し涙目になっている。よほど急いだのか、空間転移スキルで部屋へ飛び込んできた。
「あら、香澄ちゃん、お早いお帰りね」
「冗談はいいから、聞いて。
最悪の予想が当たっちゃったのよ。
というわけで、プランBに切り替えて、今日のレベリング中に逃亡することにしたからよろしくね、藍音ちゃん」
「了解。
それじゃあ、適当なところで適度な強さの魔物をけしかけるから、その隙に逃げてね。
じゃあ私はけしかける魔物を探しに先に出るわ」
「お願いね」
簡単に打ち合わせをして、郊外の森にテレポートする。
もちろんクレヤボヤンスで、周囲に人がいないのは確認済みだ。
香澄ちゃんの話では、この森と草原の境界付近に湿地帯があり、水を求めて水牛などの動物や、魔獣・魔物がかなり集まっている可能性が高い。
そんなことを考えていると、森の奥の方から大きなカバさんが三頭ほど、水浴びをするためか湿地帯へ向かって移動しているのに遭遇した。
これくらい大きければ、騒動を起こして香澄ちゃんがトンズラする時間を稼ぐのには十分だろう。
私はカバさんに見つからないように距離を取ってあとをつける。
カバさんたちが湿地で水浴びを始めたのを確認してから、クレヤボヤンスで狩り場へ向かっているはずの香澄ちゃん達を探す。
意外と簡単に見つかった。
カバさんたちのいる湿地と王都との中間地点を香澄ちゃん一行が過ぎたあたりで、私はカバさんたちを香澄ちゃんのいる方向へ誘導することにする。
簡単に挑発することができるだろうか。
やはりカバと言えばおっとりしているイメージがある。
もしも私の挑発を無視して水浴びを続けるようなら、サイコキネシスで無理やりお持ち帰りすることもやぶさかではない。
あれくらいの大きさのカバさん三頭なら、私の超能力を軽く使うだけで、簡単に移動させることも出来るだろう……、などと考えていたが、全くの杞憂であった。
カバとはいえさすがは魔物。
気性がとても荒かった。
水浴び中のカバの正面に私が立つと、挑発する前に向こうから突撃してきたのだ。
目を真っ赤に血走らせ、地響きを立てて私に向かってくる三頭のカバは圧巻である。
以前の召喚時にトリケラトプスやギガノトサウルスと戯れたことが思い出される。
私に近づいた先頭の一頭は、大きな口を開け、私を一口で飲み込もうとする。
私はレビテーションを発動してふわりと浮かび上がり、わざとぎりぎりまで引きつけてすんでの所でひらりと躱す。
ガチッと大きな音を響かせて、空振りに終わったかみつきの攻撃の歯が打ち合わされる音がする。
歯が折れてなければいいがと思わず心配になる。
私が口の中にはいらなかったことに気づいたカバさんは、今度は頭に生えた凶悪な角を私の方に向けて、私を串刺しにすべく突進してくる。
残りの二頭も同じように突っ込んでくる。
しかし、遅い。
私にとってはでんでん虫が突撃してくるのと大差ないスピードだ。
居眠りでもしない限りよけ損なうことはない。
こんなにおっとりした攻撃しか出来ないなら、途中で間引かずに三頭とも香澄ちゃんのところに連れて行っても大丈夫だろう。
香澄ちゃんの話から、護衛の兵士に何があっても良心は痛まないと思うが、香澄ちゃんの教え子に怪我でもさせたら、香澄ちゃんから怒られる。
安全マージンは大切だ。
私は三頭のカバさんたちの突撃をひらりひらりとレビテーションで躱しながら、香澄ちゃんと合流すべくカバさんたちを誘導した。
久しぶりのアイネ視点でした。
ご愛読ありがとうございます。
昨日、本作とは関係ありませんが、短編を投下しました。
よろしかったら、そちらもご感想お聞かせ下さい。
今後もよろしくお願いします。




