第59話 カスミ先生、悪い予感が当たる(カスミ視点)
翌朝、日本の自室から王城の部屋へ空間転移すると、前日同様部屋が物色されている。
昨日の経験から、そのうち何か取られるのではなかろうかと思い、ここまでの収入のうちほとんどはちょっとやそっとでは見つからないように、ベッドを動かして、ベッドの足の直下にある床石をサイコキネシスで引っこ抜き、更に中を中空に加工してその中に保存しておいたのだが、ダミーとして5000ゼニー分の銀貨を革袋に入れ、クローゼットのわかりやすいところに入れておいたものが無くなっている。
やはり、この部屋を荒らした人間は、人のものをためらいなく盗むくらいには性格が悪いと言うことだ。
そろそろ冒険着を着て朝食会場に向かおうかと思っていると藍音ちゃんがテレポートアウトしてきた。
「はーぁい、香澄ちゃん、昨日振り!」
久しぶりの狩りが出来るとあって、今日の藍音ちゃんは少しテンションが高い。
「はーぁい、藍音ちゃん、昨日振り!
これから朝食なんだけど、出発にはもう少しかかると思うの。
朝ご飯は食べた?」
私が聞くと藍音ちゃんは背負ってきた登山用のリュックを指指している。
「朝食も昼食もこの中よ。
コンビニの総菜パンとおにぎりだけど、香澄ちゃんの分も買って置いたからお昼は一緒に食べよう。
それより、ちょっと問題があるのよ。
冒険者用の装備が日本ではなかなかいいのが見つからなくて、困っているの。
特に剣が無いのよ。
古武術とESPで何とでもなるけど、やっぱり剣はいいのが欲しいのよね。
何とかならない?」
なるほど、日本には銃刀法があるので、殺傷力のある刀剣を買うのは確かにめんどくさい。
お値段も高く、いっかいのOLがおいそれとは購入出来ない。
「分かった。私の全財産を預けるから、これで買って置いて。
ついでに私の分の剣もお願いね。
王国から支給された剣だと何か心配なのよね」
私はベッドをずらすとサイコキネシスで隠し金庫にしている床石を持ち上げ、ニックさんにベヒモス肉を売りつけた金額の残額を全て藍音ちゃんに預ける。
「140万ゼニー以上あるわ。全部使ってもいいわよ。
どうせ今日の夕方には、今日のベヒモス肉の売り上げからかなりの額がもらえるはずだから」
「前に言っていた、お肉の売上金ね。
それじゃあ遠慮無く使わせてもらうわね」
「ええ、武器防具の店は冒険者のために早朝から開店しているらしいから、すぐ買い物に行っても対応してくれると思うわ。
買い物したら、あと1時間くらいで出発すると思うから、クレヤボヤンスで確認しながらついてきてね」
「了解」
そう言うと藍音ちゃんはしばらく目をつぶって集中し、テレポーテーションで消える。
おそらく、目当ての店をクレヤボヤンスで確認してからテレポートしたのだろう。
私は、藍音ちゃんが消えるとすぐに朝食会場に向かった。
廊下では、今日は待ち伏せする人影は見当たらない。
それでも悪い予感がする。
警戒しながら進んだが、結局何事もなく食事会場に着く。
朝食を終えてレベル上げに行く準備を終えると、私にとって聞きたくないだみ声が聞こえてきた。
「勇者諸君。
今日からはまた俺たちがお前らを鍛えてやるから覚悟しろ。
俺は軟弱近衛騎士どもとはひと味違うからな」
振り向いた先で目が合ってしまったのは、ベンジャミン・パリス中隊長その人だった。
それにしても相変わらずいやらしい視線で見られていると思っていると、パリス中隊長から声をかけられる。
「夜中は上手く逃げられたが、魔物狩り中はそうはいかんぞ。
手取足取りかわいがってやるから期待しておけ」
冗談ではない。
誰がおめおめ手取足取りかわいがられるものか。
これはもはや覚悟を決めるしか無い。
このままフィールドに向かう途中でバッくれるか、魔物狩り中によからぬ輩も一緒に狩ってしまうかだ。
前者は城から離れるため、正義ごっこの勇者様とビッチーズの監視……、というか説得が出来なくなってしまう。
後者は、たとえブラックホールに吸い込ませて証拠隠滅したとしても、一応は軍の中隊長を務める人間が突然いなくなれば、間違いなく騒ぎになり、嫌疑は一緒に行動していた私にかかるだろう。
その結果、犯罪者もしくは逃亡者となる可能性が高い。
これはもう、前者一択だ。
アンポンタンの4人組をどうやって連れ帰るかは、後日藍音ちゃんと相談し、この際行方不明の関谷香織さんと異世界の剣士君を先に探そう。
私はそう決心すると、トイレに駆け込み、一旦空間転移で自室へと戻る。
そこには剣などの装備を購入した藍音ちゃんが、買ったばかりの剣を抜いてあらためて品定めしていた。
「あら、香澄ちゃん、お早いお帰りね」
「冗談はいいから、聞いて。
最悪の予想が当たっちゃったのよ。
というわけで、プランBに切り替えて、今日のレベリング中に逃亡することにしたからよろしくね、藍音ちゃん」
「了解。
それじゃあ、適当なところで適度な強さの魔物をけしかけるから、その隙に逃げてね。
じゃあ私はけしかける魔物を探しに先に出るわ」
「お願いね」
私は最終確認するとトイレに再び空間転移し、そこに残してきた衣類と装備を身に纏う。
パリス中隊長は移動中もやたらと私に触ろうとしてきた。
私は自分の周りに細心の注意を払い、パリス中隊長はじめ、仲間の兵士の射程に入らないようにポジショニングしながら移動する。
一時間も歩くと、昨日まで狩り場にしていた草原に辿り着いた。
あとは藍音ちゃんによるプランBの発動を待つばかりだ。
ご愛読ありがとうございます。
時間軸がそろうまでの間、しばらく香澄やその他の登場人物視点が続きますがご容赦ください。
今後もよろしくお願いします。
行き詰まり感解消のために短編小説を投下します。
純粋に安井の息抜きのためのファンタジーで連載作とは関係ありませんが、よかったら読んで下さい。
短編の作風は「無限の願い」に近いような遠いような気がします。




