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第57話 カスミ先生、レベリング三日目(カスミ視点)


 結局、日本の自室で朝まで惰眠をむさぼり、異世界の王城に帰ったのは昨日と同じ朝の7時過ぎだった。


 あの、山賊もどきのパリス中隊長は昨夜も襲来したのだろうかと思いながら王城の自室に空間転移すると、部屋が物色されたあとがある。

 クローゼットが開け放され、支給されていた着替えの服が散乱しているのだ。


 間違いない。奴が来たのだ。

 私がいないか部屋中物色し、隠れられそうなところを調べても私がいないことから、腹いせに散らかして行ったというところだろうか。


 全く腹立たしい。

 日本基準では、住居不法侵入、器物損壊で公務員なら懲戒免職だ。


 この国の国軍はいったいどうなっているのやら……

 あきれてしまう。


 この調子では、今日も朝食会場に行く途中で待ち伏せしたりしているかも知れない。


 私は訓練用の冒険者装備に着替え、用心しながら扉を少し開けて覗くと、一つ先の廊下の角にそれらしき人影が見える。

 やはりいた。奴だ。奴に違いない。


 私があそこを通りかかるタイミングで横から出てきて進路を遮るつもりだろう。


 しかしそれが分かっていれば、何も恐れることはない。

 彼我のステータス差ははっきりしている。


 私は廊下に他の人影がないことを確認すると、出来るだけ物音がしないように廊下へ出て、一気にくだんの分岐点を駆け抜ける。


 一陣の風となって瞬間移動したかのごとき素早さで奴が隠れている分岐の先へ一気に辿たどり着いて後ろを振り返ると、私が通過したことなど知るよしもないパリス中隊長が、壁際に身を寄せて向こう側からは見えないようにへばりついているのが確認できる。


 私が通過したことによる風がパリス中隊長の顔をたたき、思わず目をつぶったタイミングで、私はその場をあとにし朝食会場へ入った。






 朝食後に迎えに来たシュリンガーさんと生徒達との間で一悶着が起こる。

 レベリングに行く狩り場でもめたのだ。


 シュリンガーさんとしては、2日から3日かけて1レベル上がれば十分だと考えているのだが、生徒達はもっと急激なレベルアップをしたがっている。


「あなたたち、急激にレベルアップするにはそれなりに強い魔物と戦わなければならないって分かっているの?」

「当然だ。

 俺は先生と違って勇者だし、今はレベル10で全ステータスが10倍になるから、もはや怖いものはない」

 大塚正義は自分の強さに酔っているかのごとく熱く語る。


「そうよ。

 未だにレベルの上がらない先生はもっと安全なところでのんびりしていればいいのよ」

「その間に私たちはどんどん強くなるわ」

「そうよ、そうよ!」

 ビッチーズ三人組の安定したままっぷりである。


「自信を持つのは悪いことじゃないけど、過信はいけないわ。

 この世界にはとても強い魔物や動物もいるのよ。

 あなたたちでも敵わないような奴らがね」

 一応忠告した私の言葉に4人は耳を貸すことなく、フッと鼻で笑って朝食会場をあとにした。


「はあ……」

「あんたも大変だな……」

 私のため息に気づいたシュリンガーさんが気遣って声をかけてくれる。


「一応、あんなのでも私の生徒なんで、無事に親元に帰してあげないといけないんです……」

「まあ、どこにどんな魔物がいるかは、あいつらには分からないから、俺たちで適当な安全マージンを取った狩り場へ誘導するよ」

「ありがとうございます」

「それじゃあ、俺たちも行こうか」


 私は護衛の騎士達と王都の外へと進む。





「俺たちがあんた達のレベリングに付き合うのは今日までかも知れない」

 移動の道すがら、シュリンガーさんが気になることを言う。


「どういうことですか?」

 思わず聞きかえす。


「行方不明の召喚者達の捜索にかり出されていた国軍の兵達が、捜索を今日で打ち切るそうだ。

 それに伴って、明日からはあんた達の訓練に国軍の部隊が付き合うことになるだろう。

 俺たち近衛騎士は本来王城の防衛や王の進軍の随行が任務だからな」


 そういえば、シュリンガーさん達は近衛兵だった。

 ということはもしかしたらまたパリス中隊長のようなのが来るかも知れない。

 というか、パリス本人が来るような気がしてならない。


「何か問題があるのか?」

 私が眉間にしわを寄せて難しい顔をしているとシュリンガーさんが聞いてきた。


「実は……」

 私は夜は身の危険を感じて隠れていたことにして、その他は包み隠さずパリス中隊長につきまとわれていることを告げる。


「そいつは難儀しているな。

 あいつは上層部とつながっているから、我が物顔の行動に出ることが多いんだ。

 近衛騎士団とも良くトラブルになっている。

 といっても、この国は仕えるべき国王が問題を抱えているんだがな……」


「近衛騎士がそんなこと言っても大丈夫なんですか?」

「この国を豊かにするために国に仕えたいと思った。

 そのために過酷な訓練やレベルアップも耐えた。

 しかし、今の上層部は、どうひいき目に見ても国のためになっているように見えない。

 機会があれば王族に直接進言したいぐらいさ」

 私の疑問にシュリンガーさんは力強く答えた。


 それにしても問題は明日からの訓練だ。

 明日は日本では土曜日。

 藍音ちゃんが手伝いに来てくれる日だ。


 これは少し作戦を考えないといけないかも知れない。


 私は3日連続の夜の会議に藍音ちゃんを誘うことを決めた。


 結局この日のレベリングで、生徒達はレベルを上げることは出来なかった。

 帰りの道中、無言でぶすくれている4人が場の空気を悪くしているのだが、私は今日で最後になるかも知れないシュリンガーさんにあらためて礼をいう。


「シュリンガーさん、短い期間でしたがご指導ありがとうございました」

「仕事のうちだ。

 礼には及ばぬさ」


「いえ、あなたたちはこの国にもきちんと世界の未来を憂いている人たちがいることを私に分からせてくれました。

 本当にありがとうございます」


「いや、それを言えば平和に暮らしていたあんたたちを召喚などという方法で連れてきて、無理やり戦争にかり出そうとしている国の一員として、俺は大きい顔は出来ないさ。

 しかも、今やっている戦争には国利・国益はあっても真義がないと来た。

 むしろ謝らなければいけない立場の人間なのさ。

 そんな俺からアドバイスだ。

 無理をする必要はない。

 やばそうなら逃げな。

 あんたならそれが簡単にできるんだろ」

 シュリンガーさんはそう言うと私にウインクしてくる。


 どうやら隠している私の強さを感じ取っているようだ。

「ご忠告ありがとうございます。

 あと、そのことはご内聞に願えますか」

 最後の方は小声で言うと、当然だとでも言うようにシュリンガーさんは無言で頷くのだった。







ご愛読ありがとうございます。

やっと更新出来ました。

本業の忙しさと、偏頭痛による体調不良で捗りませんが、今後もよろしくお願いします。

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