第55話 カスミ先生、ベヒモスを売り込む(カスミ視点)
10分ほど歩くと気分もだんだん切り替わり、お肉がいくらで売れるのかワクワクし始める。
こんな経験は現代日本ではまず出来ない。
未来世界で藍音ちゃんと冒険者をしていた時に、その日取った薬草や動物を冒険者ギルドやお肉屋さんに売りに行って以来だ。
そういえばあのときも、捕った獲物を換金して、だんだんお金が増えてくるのが楽しくなり、暇さえあれば狩りをしたりしていた時期があったなと思う。
特に今回のお肉は、私の経験上最上級のお味だ。いくらで売れるか楽しみだ。
ちなみに、あくまでも大きいカバもどきという設定で売り込み、ベヒモスの肉というのは内緒である。
王都の入り口で入都税の2000ゼニーを支払い、早速お肉を買い取ってくれそうなところを探す。
といっても何も分からないので、目についた『ニクニク亭』という看板のお肉屋さんに聞いてみる。
「こんにちは、冒険者やっている香澄と言います。
お肉の買取をしていただけるところを探しているんですが、教えていただけませんか」
午後の早い時間で、まだあまり買い物客もいないこともあり、カウンターに座っていた中年の男性は物珍しそうに私を見ながら聞いてきた。
「ギルドに売らないと、討伐狩猟ポイントがつかないがいいのかい?
それでいいなら、うちでも多少は買い取れるよ。
こう見えても王都に3件直営店を持ち、卸しもやっている老舗の肉屋だ」
「はい、討伐ポイントよりお金が欲しいのでかまいません」
「そうか。
それで何の肉を持ってきたんだ。
その袋の中かい?」
店主はそう言って私の担いでいる袋を指指す。
「はい。とても大きなカバのような動物のお肉です。
さっき試食したんですがとても美味でした」
「カバもどき?
そんなのがどこにいたんだい?」
「湿地と森林の境界あたりです」
私の答えに肉屋の店主は少し頬を引きつらせる。
「もしかして、そいつは二本の鋭い角が生えたカバじゃなかったか?」
「よくご存じで……」
何かいきなり作戦が破綻しそうな香りがしてくる。
「ちょっと待ってな」
そう言い残して店主は店の奥に一旦消え、一冊の分厚い本を持ってきた。
本のタイトルは『美味しいジビエ素材』である。
店主は後ろの方のページを開くと私にイラストを見せる。
「そいつは、こんな奴じゃなかったか?」
《ベヒモス》
成体は10メートルから20メートルにも達する伝説の魔獣。
強力な踏みつぶし攻撃はその大きさ故に回避が難しく、強靱な皮を持つため、剣も魔法も効きにくい。
肉は非常に美味だと言う説と、臭みがあり今ひとつ美味しくないという説がある。
討伐数そのものが非常に少ないため、その真偽のほどは分からない。
Sクラスの魔獣であり、非常に好戦的な性格らしく、遭遇したらまず助からない。
移動速度は極端に速くないので、見かけたら逃げることが鉄則である。
そこには説明文とともにまごう事なきベヒモスが描かれていた。
万事休すだ。これはもうしゃべるしかないだろう。
「はい、そのイラストによく似ていました……」
「なっ……、やはりそうか……。
ベヒモスと言えば、伝説の強力な魔物じゃないか。
あんたが倒したのか」
肉屋は驚愕の声を上げる。
「森の外れで木にぶつかって伸びていたベヒモスを見つけてとどめを刺しただけですので、正確には私が倒したとは言い切れないかも知れませんが、とりあえずラッキーでした」
とりあえずシュリンガーさんに説明したときの言い分けをしておく。
「そうか……
そいつは運がよかったな。
しかし、ベヒモスの肉はうちも扱ったことがないんだ。
どれくらいの値段で買い取っていいのか見当がつかないんだが……」
店主はかなり困っているようだ。
そこで私は用意した試食用の串焼きを1本、収納袋から取り出す。
「どうぞ食べてみてください。
さっき焼いたばかりなので、まだ暖かいと思います。
調味料がなかったんで焼いただけですが、それなりに美味しいですよ」
そう言いながら私はESPで少しお肉を加熱して、焼きたての温度に近づけた状態にして串焼きを渡す。
「うむ、どれどれ……
こ、これは……
旨い。
とんでもない旨さだ。
これで味がきちんとついていたらどれくらい旨いんだろう。
よし、買った。
どれくらいあるんだ、ちょっと見せてくれ」
店主にいたく気に入られ、私は保存庫へと案内される。
裏からまわったところにあるお肉の保存庫は、冷凍魔法完備の熟成室だった。
私は袋からどんどんベヒモスの肉を取り出す。
「その袋は、見た目はそうでもないが容量に加えて重量軽減もついているなら相当高級品なんだろうな」
「あはは……。
そうですね……」
確かに容量はたいしたものなのだが、重量軽減の魔法はかかっていない。
単に、私の怪力とサイコキネシスで運んできただけだ。
私は笑って誤魔化す。
「さすがにベヒモスを持ち込む冒険者だけのことはある。
俺はニクニク亭のニックていうんだ。
今後もいい肉が手には入ったら是非うちに卸してくれ」
「はい、よろしくお願いします。
ところで買取価格はどれくらいになりますか?」
私が聞くと肉屋のニックさんは少し考え込んで答える。
「それなんだが、正直俺にも相場が分からない。
とりあえず最高級の牛肉くらいの買取価格で買い取らせてくれ。
もしもそれ以上の価格で売れたら、あとから追加払いさせてもらう。
どうだ?」
「分かりました。それでお願いします」
私が了承すると、早速ニックさんは計算をはじめる。
私が袋から取り出した肉の重さを量る。
それにしてもかなりの重さがあるはずだが、いったいいくらになるのかドキドキしてきた。
ちょっと、お肉の量と金額を予想してみよう。
一番大きいカバは体長4.2メートルくらいで体重3.2トンくらいだそうなので、これを参考に計算して見る。
今回のベヒモスは体長15メートルは超えているので、大きいカバの4倍の体長と仮定すると、体重は4の3乗=64倍となる。つまり3.2×64≒205トンだ。
このうち少なくとも50トンは肉が取れるとして、50000キログラムの高級牛肉と等価としてみる。
最高級牛肉は小売り価格100グラム2000円くらいだから、卸価格ではその半額の100グラム1000円とする。
つまり、1キログラム1万円だ。
ということは50000キログラムで50000×1万円=5億円となる。
大金持ちである。
年末ジャンボの賞金には負けるが、もう一生働かなくてもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、ニックさんから声がかかる。
「おい、冒険者のお嬢ちゃん、香織さんだったか。
こいつは肉の量が多いから、正直今店にある手持ちじゃ払いきれない。
簡単に試算しただけで8億ゼニーほどになる。
悪いが分割払いにさせてくれないか」
なんと、予想を6割も上回った。
何とか日本円にして持ち帰れないものかと思いつつ、私は分割払いを了承した。
ニックさんから、店の運転に差し支えない金額と言うことで、とりあえず100万ゼニー分の金貨を受け取り、シュリンガーさんと合流すべく再び草原へと向かった。
ご愛読ありがとうございます。
今後もよろしくお願いします。




