第54話 カスミ先生の水牛?の正体を知る(カスミ視点)
お昼のカバもどき串焼きを食べ終わると、何となく近くに移動してくる気配がする。
敵対的な雰囲気はエンパシーで感じないが、数が30ほどあるようだ。
湿地の方を移動している気配の元を探りながら近づくと、それは間違いなく地球でも見られる牛科の動物集団だった。
大きさは日本の肉用牛くらいで、おとなしそうな黒い目が印象的だ。
角は曲がってやや下を向いており、先ほどのカバもどきのように、ぐさりと刺さりそうな形状ではない。
もしかしてこれがシュリンガーさんの言っていた『水牛』なのではなかろうか?
それでは、先ほど私が美味しくいただいたカバもどきは何なのだろう。
何か、嫌な予感がする。
まあ、あれくらい美味しければ売れないことはないと思うが、ここは一つ、売り込むときの試食用串焼きを何本か作っておこう。
実際食べてもらえば、このカバもどきのおいしさが分かってもらえるはずだ。
私は袋から水牛と思って倒したカバもどきの肉を一部取りだし、先ほどと同様に串焼きを作る。
30本ほど作ると、湿地に生えていた大きな蕗のように見える葉っぱに包んで
袋に入れる。
帰りにシュリンガーさんに断って、肉屋に売り込みに行く予定なのだが、まだ日は高く時間がある。
それなら先に帰って肉だけでも売っておいたらどうだろう。
思い立ったが吉日とばかり、先に帰ることを伝えるため、合流場所近辺で生徒の護衛をしているはずのシュリンガーさんを探すことにする。
途中までレビテーションで低空飛行し、合流地点1キロほど手前から普通に徒歩でシュリンガーさん達を探すと、ちょうどお昼を食べているところに行きあった。
「ただ今帰りました、シュリンガーさん。
生徒達の様子はどうですか」
「おお、早かったな。
勇者ご一行は、なかなかレベルが上がらないことに焦って、まだ狩りの途中だ」
「そうですか。
それでご相談なんですが、思わぬ大物が取れたんで、一旦町に帰って肉を売りたいんですが、よろしいですか」
「ああ、かまわないが、門で何か聞かれるかも知れないから、俺から一筆書いておこう。
一人で行くと入都税を取られるから、これを貸そう。肉が売れたら返してくれ」
そう言うとシュリンガーさんは銀貨を5枚手渡してくれる。
5000ゼニー、日本円で5000円くらいの価値があるそうだ。
ちなみに入都税は一般人や冒険者が2000ゼニーだそうで、残りの3000ゼニーは予備費として何かの時に使えと言うことだ。
「ありがとうございます。
お礼にこれをどうぞ」
私は礼を述べると、肉屋に売り込むために作った串焼きを5本取り出し、護衛のメンバーに渡す。
「これはなんだ?」
「今日取った獲物をお昼ご飯用に焼いたもののあまりです。
肉屋に売り込むのに何の肉か分からなかったので、食べてもらって判断してもらおうと、多めに焼いておいたんです」
「そうか。そういうことならいただこう。
おい、お前達もいただけ」
シュリンガーさんは部下達にも串を配り、早速食べ始める。
一口、口にした瞬間シュリンガーさんの目が大きく見開かれる。
「うまい……
これはいったい何の肉だ?」
いや、それが分かれば味見用にこんなに余分な串焼きの肉を作ることはない。
「知らない動物だったので、分かりません」
正直に答えると、更に聞かれる。
「それなら見た目とか特徴はどんな奴だった?」
それなら答えられる。
私は正直にカバもどきの形状を伝える。
「見た目は大きなカバでした。
頭に2本鋭い角がありました。
大きさはとても大きかったですね」
「角があったのか?
その角は持って帰っているか?」
シュリンガーさんはカバもどきに何か心当たりがあるのだろうか。
少し深刻そうな顔をしている。
「はい、これです」
私は袋から角のうちの一本を取りだしてシュリンガーさんに見せる。
元の体躯が大きかったので、角も80センチほどもあり、それなりのサイズだ。
空間魔法付与の袋でなければ運べなかっただろう。
シュリンガーさんは角を手に持って確かめるように指ではじいたありしている。
「これは……」
シュリンガーさんが何かつぶやく。
「隊長、それって……」
一緒に聞いていた部下の一人がシュリンガーさんにささやく。
「ああ、たぶん間違いない……
香織さん、あんたが持ってきた肉はたぶんS級魔物のベヒモスだ。
この辺りの森の奥にすんでいると言われていたのだが、なんと言っても目撃情報がない。
おそらく、目撃したものがみんな死んでいるため情報がなかったんだろう。
それにしても良くレベル1でこんな怪物を倒せたな」
やばい。
どうやらやらかしたようだ。
このままでは私の真のステータスが明るみに出かねない。
シュリンガーさんはいい人みたいだが、国の騎士である以上、私の強さがばれた場合、上司に報告するだろう。
何とか誤魔化さなければならない。
一瞬考え込んだが、かつて藍音ちゃんから聞いたごまかし方を拝借することにする。
このごまかし方は、藍音ちゃんが未来世界最初の狩りで大物を仕留めてしまったときに使った由緒正しき言い分けだ。
「はい、森の入り口付近の大木に頭をぶつけて目を回していましたので簡単に倒せました。
ぶつかられた木の方は根元から何本か折れていましたけどね」
何とか嘘で取り繕うことが出来ただろうか……。
真っ直ぐにシュリンガーさんの目を見ると、ちょっと疑わしそうな表情だったが、敢えて突っ込んでくることはなかった。
もしかしたらこちらの事情を考慮して、放置してくれているのかも知れない。
あとで何本か森の入り口の木を倒して証拠をねつ造しておこう。
しばしの間のあとにシュリンガーさんが口を開く。
「そうか……
それは運が良かったな」
「はい」
私の明るい返事に、シュリンガーさんはそれ以上突っ込むことはしなかった。
「それにしても、こんな大物を倒したんだ。
もしかしたら、あんたの年齢でもレベルが上がってるかも知れないぞ」
「えっ、ホントですか?」
シュリンガーさんの言葉に少し嬉しくなり、早速ステータス確認をする。
が、しかし、結果はレベル1のままだった。
それを伝えると、シュリンガーさんは生暖かい目で私を見ながら、いつもの台詞で慰めてくれた。
「そうか……
それは残念だったな。しかし、まあ仕方がないさ……
年が年だからな」
それはここ数日の間に私が聞きたくない言葉第一位にランクインした言葉だった。
私は地味にダメージを受けてシュリンガーさん達と別れると、一人とぼとぼ王都の城壁を目指した。
ご愛読ありがとうございます。
本話で登場したベヒモスですが、カバやサイの魔物という説や、ゾウのようなイラストも確認出来ました。
この小説では、湿地に現れたので、カバ説を採用いたしました。
よろしくお願いします。




