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第47話 カスミ先生、訓練する (カスミ視点)


 シュリンガーと名乗った強面の騎士は、部下と思われる4人の騎士に生徒たちの訓練を任せると私の方にゆっくりと歩いてくる。


 昨日の素行が悪い兵士の件もあるので警戒していると、予想に反してシュリンガーはフランクな態度で話しかけてきた。

「突然異世界に連れてこられて、行方不明の生徒たちのことも心配だろうが今少しこらえて欲しい。

 あんたは年が年だから前線に出て戦いを強要されることはないと思うが、この国の上層部はかなり腐っているから理不尽な要求をする奴もいるだろう。

 しかし、まともな兵士もいることは知っておいてもらいたい。

 俺にできることは少ないが、できる限りの力にはなろう。

 困ったときは近衛騎士隊を訪ねて、俺を探してくれ」


 ありがたい申し出だが、一点だけ納得できない表現がある。

 私は今年で大学を出て3年、25歳のピッチピチだと自負している。

 それは生徒に比べれば8歳ほど余分に年を食っているし、未来世界に召喚されていた時間も加えると精神年齢は130歳を超えていると言われるかも知れないが、少なくとも、今の若い肉体は、スキル往年の力の影響もあり、将に全盛期の躍動する体を維持しているのだ。

 ここはやはり訂正を求めるべきだろう。


「シュリンガーさん、申し出ありがとうございます。

 しかし、一点だけ納得できません。

 私は今年で25歳です。年も年だからと言われるほど老けているとは思っていないのですが……」


 私の返答に、シュリンガーははっと何かに気がついたような表情をして説明してくれる。

「すまなかった。あんたがこの世界の仕組みを理解していないことを忘れていたよ。

 この世界ではあんた達がいた世界と異なり、レベルという物が存在しているんだ。

 レベルが上がると全てのステータスが上昇する。

 基本ステータスにレベルを掛けた数値になるんだ。

 そしてこのレベルは17歳から20歳までに敵を倒すことで大きく伸び、25歳以降はほとんど上がらないことが知られているんだ。

 俺たちは16歳から20歳まで魔物狩りなどをやってレベルを上げ、それから到達できたレベルによって就ける仕事などにも差が出てくると言うわけさ。

 ちなみにレベル20までは比較的早く上がるんだが、そこからは上がりにくくなる。

 自分より強い相手が少なくなるから、レベルが上がりにくくなると考えられているんだ」


 なるほど、それで25歳の私はレベルが上がらないと言うことで戦力外通告を受けているのかと納得する。

 その上で、この世界の人がどれくらいの強さなのか気になり聞いてみる。

「それでは、あなたはどれくらい強いんですか?」


 私の言葉にシュリンガー近衛騎士はニカッと笑い、自信ありげな様子で教えてくれた。

「俺たち近衛騎士というのは、レベル30に達することができた者だけに許される職業だ。

 ちなみに俺はレベル32だから基本ステータスが32倍される。

 基本ステータスもレベルアップで上がっているから、全くレベル揚げしていない人間と比べると大きな差になるのさ。

 ちなみに俺のステータスはこんな感じだ」


 そう言うと懐から取り出した紙に自分のステータスを書いてくれた。


 名前 シュリンガー・オーグスト

 適性 剣士

 Level 32

 体力 351×32Level

 力  315×32Level

 速度 186×32Level

 魔力  91×32Level


 なるほど、体力や力はかけ算の結果1万を超えている。

 しかし、現状の私と比べるとかなり小さいように感じる。

 私はあらためて自分のステータスを呼び出して確認する。


 名前 霧野キリノ 香澄カスミ 

 適性 空手家

 Level 1

 体力 856023×1Level

 力  883015×1Level

 速度 967101×1Level

 魔力 9999999^99999010×1Level



 シュリンガーさんから説明を聞いたことで、ステータスにLevel倍の表示が追加されたようだが、やはり基本のステータスの大きさが桁違いに高い。

 これなら、シュリンガーさんのステータスで一番高い体力を比較しても、私は70倍以上の体力値を持っていることになる。


 しかし、今のシュリンガーさんくらい強い人がたくさんいるなら、異世界から召喚する意味はないのではなかろうか。

 私はシュリンガーさんのステータスが書かれた紙を見ながら、疑問に思ったことをすぐに聞いてみる。

「確かに、すごく強いですね。

 しかしあなたのように強い方がいるのに、わざわざ勇者を異世界から召喚するのは何故なのですか?」


 私の言葉にもっともだと言う表情で頷きながら、シュリンガーさんは答えてくれた。

「それは召喚者の中に特別強い者が現れるからさ。

 特に勇者の称号を持つ者は、基本ステータスの上がり方が著しく大きい場合もあり、我々では到達できない境地にたどり着く者も多い。

 そういう意味では、あのマサヨシという少年には期待している」

「それは、異世界人であれば誰でも強いステータスになるというわけではないと言うこと?」

 続けて聞いた私にシュリンガーさんは笑顔で答えてくれた。


「まあそうだが、それは召喚するときの条件である程度制御できるのさ。

 強い人間や強くなる可能性が高い人間を召喚できるように召喚陣は調整されている。

 今回は複数の人間が召喚されたが、間違いなくその中に強い者が存在し、称号が勇者はあの少年一人だけだったから、その強い人間というのは決まりだと考えているわけさ」

「はぁ……」

 私はドキッとしながら最後の話を聞き、思わず生返事をしてしまう。


 これって、もしかして私がいたから召喚ゲートが私の教室に開いたんじゃないだろうか。

 更に、状況から関谷香織さんも何らかの強さを持っているっぽいし、大きな力が二つ集まってたから、クラスごと召喚されたと考えればつじつまは合う。


 もし一人の大きな力に反応するのなら、私ではなく藍音ちゃんの方にゲートが開いた可能性もあったということなのだろう。


 そしてあの召喚の瞬間に、私のサイコキネシスで分裂した召喚の魔方陣が異世界の剣士君に張り付いたのも、彼がかなりの強さを持っていたからその強さに召喚陣の方が引きつけられたということか……


 そんなことを考えているとシュリンガーさんから声がかかる。

「まあ、そういうわけだから、カスミさんだったか? 

 あんたは悪いけど危なくないところで見学していればいい」


 ありがたい申し出だが、一人の格闘家として異世界の剣術や武術にも興味がある私は、その申し出をお断りする。

「お気遣いありがとうございます。

 けど、これからこっちでしばらくは生活しなければならないのであれば、最前線とは言わないまでも、護身術程度には戦えるようになって自分の身は自分で守りたいと思いますので、お邪魔でしょうが少しでもご指導お願いできないでしょうか」

 極力丁寧にお願いして見る。


「そうか……

 そうまで言うなら簡単に手ほどきしてあげよう。何が得意だ」

 シュリンガーさんの問いに少し考えて返答する。

「日本では空手という徒手空拳で戦う武術を学んでいましたので、こちらでは是非剣術を学びたいと思います」


 実は剣や槍も前回未来世界に召喚されたときに我流ではあるがある程度は扱える。

 私は冒険者として活動したりした時期もあったのだ。


 しかし、そのときは自分の身体能力の高さ故に、正式な剣術として学ぶことはなかった。

 この機会に騎士の剣術も学んでみたい。


 私の申し出に、シュリンガーさんは練習用の刃が潰れた剣を二振り持ってきて、その内一本を渡してきた。

「練習用だが金属の塊だからそれなりに重いぞ。

 気をつけろ」

 そう言って渡された剣だが、元のステータスがスキル『往年の力』のせいで完全にぶっ壊れたような数値になっているため、全く重さを感じない。

 そのまま軽々と持っていては怪しまれるので、昨日の練習同様、剣の周りの空間の歪みを制御して、剣自体の重さをちょうど良い程度まで重くしてみる。

 私は重くなった剣で素振りしてみたが、少し振り回される程度の重さまで重くなったようだ。


 私の素振りを見てシュリンガーさんは優しいまなざしになる。

「いくら格闘技で鍛えていたとはいえ無理はするなよ」

「はい」

 ここは素直に返事をし、いざ練習開始となる。


「よし、それじゃあ俺のまねをして剣を振ってみろ」

 そう言うとシュリンガーさんは、上段からの振り下ろし、中段のなぎ払い、下段からの振り上げ、中段からの突きなど基本の動作を流れるように見せてくれる。


 私はシュリンガーさんをお手本に、全く同じように剣を振ろうとするが、少し重くしすぎた剣は、一旦スピードがつくと簡単には止まってくれず、やはり少し剣に振り回される。


「力は足りていないが、型の覚えは早いみたいだな。

 とりあえずぎりぎり合格だ。

 少しばかり今の型を繰り返し、完全に触れるようになってみろ」

 そう言うとシュリンガーさんは生徒達の指導のため私から離れる。


 ここで私は、剣の重さを少しだけ軽くして実際の剣の重さの70倍程度にしてみる。

 これはシュリンガーさんと私のステータス差がちょうどそのくらいだから、同じ比率の重さにすれば同じ動きができるのではないかと考えたためだ。


 結果は、予想以上にしっくりと手になじんだ剣を、自由自在に扱うことができた。

 しかも、ある程度重さも感じるので、振っていて鍛錬になると思う。


 調子に乗って私は教えられた剣筋に、以前御召喚時に我流でやっていた動きを織り交ぜ、回転切りやため切りなどの型も取り入れた素振りを行う。


 しばらくしていると突然声がかかった。

「すごいな……

 ちょっと振っただけで自由に使えている……

 しかも教えていない型まで素振りできているじゃないか!

 もしかしてどこかで剣を習っていたのか?」

 そこには感心したような表情のシュリンガーさんが立っていた。


「いえ、格闘技の空手の動きを取り入れて振ってみただけです。

 どうでしたか?」

「なかなかのものと思うぞ」

 とっさに言いつくろったが、どうやら信じてくれたようだ。


「それじゃあちょっと打ち込んでみろ」

 シュリンガーさんは次の段階の指導に入るつもりのようだ。

 遠慮なく逝かせてもらうことにしよう。


「お願いします」

 私は一礼したあと剣を上段に構え、一歩前に出ながらシュリンガーさんの正眼に構える剣めがけて打ち下ろす。

 シュリンガーさんも一歩前に出て剣を剣で受け止める姿勢となるが、ここで予想しなかったことが起こる。


 私の剣の勢いが増さり、シュリンガーさんは構えた剣ごと二メートルほど後ろへ飛ばされたのだ。


 そうだった。

 私の剣の見かけの重さは空間制御によって加重したためシュリンガーさんの剣の70倍の重さになっている。

 そこに持って70倍のステータスを持つ私が放った一撃は、当然のことながら相手をはじき飛ばす威力を持ったのである。

 考えてみれば当たり前のことだった。


 いやむしろ、よくぞ2メートルしか飛ばされなかったと言えるだろう。

 シュリンガーさんの力量はたいした物のようだ。

 しかし、私の剣の重さはシュリンガーさんにとっても予想外だったようで、剣を構えた姿勢のまま固まった状態で目を見開いている。

地面にはシュリンガーさんの足の跡が、轍のように線を引き、くっきりと残っているのだ。


「驚いた。なんて重い剣筋だ。

 これは俺の想像以上だ。

 もう一度打ち込んでくれ」


 フリーズ状態から回復したシュリンガーさんは、私にもう一本打ち込むように催促してきた。


「分かりました」

 私は何かシュリンガーさんに考えがある者と信じて、先ほどと全く同じ剣筋で上段から打ち下ろしの一撃を放つ。


 すると今度は先ほどと違い、真っ向から剣を受け止めることなく、剣の側面を上手に使って私の一振りをきれいに受け流してきた。

 私の剣はそのままの勢いで地面に刺さる。


 なるほどこれは参考になる動きだ。覚えておくことにしよう。

 そんなことを考えていると、シュリンガーさんから次の指示が出る。

「そこから振り上げか横なぎに続けろ」


 私は下段にある剣をそのまま斜め横に振り抜く。

 シュリンガーさんは体を開くと、私の剣の振り始めの方向へ最小限の動きで躱す。

 その動きを利用して私の後ろへ回り込むように動く。


 私はそのまま剣の動きに逆らうことなく回転切りの体勢に入り、一周してシュリンガーさんの動きの更に先に回り込むように剣を振る。

 瞬間、シュリンガーさんは一瞬見せた私の背中の方向へ移動し、振り抜いた私の懐で腕を押さえて回転の勢いを止めに来た。


 私は剣での攻撃を諦め、そのまま肘打ちでシュリンガーさんの手をはじく。

 そのまま左手を剣から離し、裏拳で顎先を狙って一閃するが、上体をうまく使って躱され、そのまま距離を取られた。


 やはりこの人はかなりできる。

 全力で振っていないとはいえ、私のかなりの早さの攻撃を洗練された動きで躱し、同時に攻撃も仕掛けてくる。

「ここまで!」

 距離を取ったところでシュリンガーさんからストップがかかった。


 短い会合ではあったが参考になった。


「たいした物だ。

 空手という武術をやっていたというのが生きているのだろう。

 これなら伸びは期待できなくても魔物狩りに連れて行くのは問題ない。

 カスミさんも午後は生徒と一緒に来るといい」


 私はシュリンガーさんに認められてこの世界ではじめて狩りに出かけることになった。







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