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第32話 エルハンストの宿屋にて (主人公視点)


 現在俺たちは、2食付き1万ゼニーの宿の食堂にいる。

 冒険者もよく利用する宿と言うことで店内はそこそこの混雑を見せていた。


 俺とカオリは今後の方針を確認しながら選べるメインディッシュの肉料理に舌鼓を打っていた。

「ラム肉に似た感じね」

「ああ、焼き肉のたれのようなソースもよく合っている」

 フィールドシープの焼き肉と説明された品は、日本人であった頃に食べたラム肉のジンギスカンとよく似た風味で食欲をそそる。

 カオリも似たような感想を抱いたようだ。


 俺は今後の移動先について確認する。

「ところで今後の方針だが、このまま国境の町へ移動して情報を収集しても、今まで聞いたような話しか聞けないような気がするんだが、どう思う?」


「そうね。金鉱山の利権を巡って戦争が起こり、当初は相手側のイースランド王国が押していたけど、国際協定違反の勇者召喚を3度も行いラトランド王国が盛り返したという話し合ったかしら」


「ああ。

 ついでに言うと俺たちはその4回目に巻きこまれたわけだ」

「これだけ聞くと、ラトランド王国が一方的に悪いみたいだけど、相手国側の言い分は向こうに行かないと分からないわよね」

「しかし、戦争中の相手国に行くのは難しいかも知れないな。

 それに、カオリの友達がラトランドに人質状態な訳だから、カオリとしてもやりにくくないか?」


「異世界帰りの私はちょっと自分で壁つくちゃったいたいで、特別仲がよかった人はいないけど、やっぱり普通に話していたクラスメイトから犠牲が出るのはあまり楽しくないわね。

 それに、一緒に巻きこまれた担任の香澄先生にはいろいろよくしてもらったから、絶対助けたいわ。

 ある程度情報を集めたら、前回の世界から送還に使った方法ができないか、必要なものを集めて試してみたいわね」


「その送還法は俺でも使えるのか?」

「たぶん大丈夫だと思う。

 ところでヒロは、日本に帰りたいの?

 それとも転生した世界に帰りたいの?」

「正直に言うと、雪崩で死んだ日本の親や兄弟のその後も気になる。

 けど、転生後の世界の両親や勇者パーティーの仲間も気になる。

 なんと言っても魔王と差し違えるように俺は消えたことになっているだろうから、とても心配をかけていると思う。

 できれば、日本を少し見てから、転生後の世界に帰りたいところだな」

「そうなると、日本でも送還術を使わないといけなくなるから、かなり厳しいと思うわ。

 私が古代遺跡から発見した送還魔法には魔石が大量に必要なのよ。

 この世界には、前の世界と同じかどうか分からないけど、魔物を倒すと魔石が取れるから、これを利用できるんじゃないかと思うの。

 けど、日本じゃ魔石は手に入らないわ」

「そうか……

 そうなると、日本に寄らずに転生後の世界に帰還することになるな……」


 俺たちがそこまで話したとき、店員から声がかかる。

「あのー、お客様。

 店内が混み合ってきたので、もしよろしかったら相席をお願いできないでしょうか」


 見ると親子ずれが店員の後ろに立っている。

 40歳近い中肉中背の男性と、10歳くらいの女の子だ。


「ええ、かまいませんよ。どうぞ」

 俺はそう言うと、席を隣に移動して、親子が隣り合って座れるようにする。

 俺とカオリは4人がけの丸テーブルの対面に座っていたのだが、この移動で少しカオリとの距離が近づいた。

 店員は食べかけていた俺の皿を手際よく移動させ、簡単にテーブルを拭いて親子のためにセッティングする。


「すいません。ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 男性と娘がぺこりと頭を下げて席に着く。


「いえ、混んでいるときはお互い様ですし、食事は大勢の方が美味しいと言いますから。

 それに俺は、旅の途中らしいお二人からおもしろい話が聞けるかも知れないと、少し期待しています。」


「ははっ、ご期待に添えるといいのですが。

 私は行商と交易を生業としている商人です。

 娘と一緒にイースランド方面へ帰る途中なのですが、戦争が激しくなってきたので、大きく南を迂回して、ガトラン共和国を通って帰ろうかと考えているところです」


「そうですか。こちらへおこしのときは真っ直ぐ通れたのですか?」

 俺の質問に商人は頭をかきながら答えてくれた。


「いえ、ここまで激しくはありませんでしたが戦争中でしたので、北のノームズ聖教国を通って行商しながらこちらへは来ました。

 帰りには戦争も落ち着いていると踏んでいたのですが、戦闘行為は激しくこそなれ、収まる気配はありません。

 完全に読み違えました。はははっ」


「お二人は元々イースランドの人なのですか?」

 カオリの質問に商人は一瞬間を空けて答えた。


「元々はノームズ聖教国の出身ですが、本店はイースランドに構えています。

 各地の商品を仕入れるために、店の方は信用できる者に任せ、こうして娘と諸国を旅しているわけです。

 それにしても、戦争はいけません。

 上の人は庶民のことなど考えてはくれないのでしょうね」


 どうやら、男の話しぶりからすると、国民同士が憎み合っていると言うより、為政者同士が利権を巡って争っていると言うことなのだろうか。

 俺は重ねて聞いてみる

「俺たちは遠くから冒険者をしながら旅してきたのですが、このラトランドはかなりひどい人間が支配しているように感じています。

 イースランドはどうなのですか」


「私も、詳しくはありませんが、今回の紛争の元になった金の鉱山は、元々イースランドの発見したもので、国境の山脈のイースランド側から掘っていたと言うことです。

 そこに、ラトランド側の斜面から坑道を作り、金鉱石をラトランドが取り始めたため諍いが始まったと言います。

 お互い言い分はあったようですが、イースランドはラトランド側からの採掘を止めさせようと武力衝突が発生し、今では逆に、国境の山全体をラトランドが奪おうとしていると言うことです」


 なるほど、何となく状況が分かった。

 国境に資源があったために先に発見したイースランドが開発をはじめ、ラトランドが反対側から採掘し、金鉱石に権利の奪い合いが起き、相手を撤退させるために武力衝突が起き、旗色が悪かったラトランドが禁じ手の勇者召喚で盛り返したということか。

 これ、完全に国の為政者同士の問題であって、異世界人である俺たちは無関係だよな……


 俺がそんなことを考えて黙り込んでいると、カオリも同じように無口になっていた。

 カオリがぽつりと言う。

「これ、私たちが関わっちゃいけない問題のような気がする……」


 俺は独り言とも取れるカオリの言葉に自分の考えを返す。

「ああ、全く同意見だ。ここは、カオリの方法を試すために動くべきじゃないかな」

「そうね。そうなると魔方陣を書くための魔法インクの素材と魔石が必要になるわね」


 魔法インクという言葉に商人が反応する。

「あの、詳しいことは分かりませんが、今お二人の言葉に魔法インクという単語が出ていましたが、この世界で一般的に使われているものならちょうど手持ちの在庫がございますよ。

 よろしかったらお譲りしましょうか?」


 俺たちは顔を見合わせ、あまりの偶然にクスリと笑った。

「お願いします。お値段はいかほどでしょうか?」

 通常は一瓶10万ゼニーほどですが、私どもは3万ゼニーで販売しています。これは卸売価格です。

 もしうちより安いところがあれば、お知らせください。

 差額は返金いたします」


 どうやら価格には絶対の自信を持っているようだ。


 俺とカオリは、ゲンガーさんの店で稼いだ1000万ゼニーから3万ゼニー分の貨幣を取り出し、魔法インクを購入した。




 カオリは、購入した魔法インクで自分の左手の甲に魔方陣を書くと魔力を流しはじめる。

「カオリ、その魔方陣はなんだ?」

「これはお試し用の解析の魔方陣よ

 目的を達するにはかなりの魔力を注がないといけないから、この解析の魔方陣でインクが大量の魔力に耐えられるか検証しているの」


 カオリの説明とともに魔方陣はまばゆい緑の光を放ち、消滅した。


「どうだった?」

 俺の質問に、カオリは残念そうに答える。

「解析の魔法はきちんと発動したわ。

 けど、目的の送還に必要な魔力を流し込んだらインクが耐えきれずに分解した見たいね。

 弱い魔法なら問題なく発動するけど、送還は無理ね…」


 俺たちの様子を見て少し驚いていた商人は、再起動し声をかけてくる。

「驚きました。

 このインクが耐えきれないような魔力をお持ちの方が居るとは……

 将に勇者並みの魔力量ということでしょうか。

 お嬢さんの魔力に耐えられるとしたら魔星草の花から取ったマジックインクくらいかも知れませんね……」


 俺たちは商人の言葉に食いついた。

「その魔星草のインクは手に入りませんか!?」


「残念ながら大変珍しいものでめったに出回りません。

 だいたい、普通の魔法インクで事足りてしまいますので、ご自分で魔星草を採取して花びらから抽出するしかありませんね」


「それなら、その魔星草はどこにありますか?」

「たぶん、南のガドラン共和国の草原に自生していると思いますが詳しくは分かりませんね」


 俺たちの次の目的地が決まった。

 魔星草の自生するガドラン共和国だ。






プロットがなかなか固まりません……

読んでくれている方には申し訳なく感じています。

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