第26話 ラディーの森 (主人公視点)
ラディーの村から1キロほど北に行くと、畑から草原に変わった地形は唐突に終わりを告げて下草のびっしりと生えた森となる。
森の中にまで踏み込むと、ほとんど伐採されてこなかったらしい原生林は少し暗く、下草はなくなり、代わりに湿った落ち葉が敷き詰められている。
この辺りは常緑樹の森のようだ。
俺たちが森に入って1分もすると、早速何かの気配を感じた。
「ヒロ、あっちに10体ほどいるみたい」
気配察知で探っていたカオリが抜剣して森の奥を指し示す。
あまり動きはなく、物音もしないが、確かに何かの気配を感じる。
俺たちは倒木をよけながら注意して進むと、そこには無色透明のくず餅のような物体が転がっていた。
この世界のスライムらしい。
とろっとしたゼリー状の液体中に、黒い核が入っており、大きさは1メートルほどもある。
スライムたちはどうやら森のキノコを食べているらしく、透明の体の中を未消化のキノコが浮遊している。
とりあえず動きは遅いので、俺たちは色々な方法で一体ずつ倒し、効率のよい討伐法を探ることにした。
「ヒロ、もしよかったら、私と同じ魔法をぶつけていってもらえる」
突然、カオリが提案する。
「いいけど何でだ?」
どうせなら違う種類の魔法をぶつけて見た方が高効率だと思い聞いた。
「私たちの魔法が同じ種類のものか違うのか知りたいのよ。
それに、城での鑑定のとき、魔法をスキルで持っている同級生はその表示があったけど、私もヒロもステータス画面に特に表示が無かったわよね。
それにもかかわらず、イノシシのとき風魔法や火魔法は使えていたから…。
世界によって魔法が違うなら、私とヒロの魔法も違いがあるかも知れないわよ」
なるほど、確かにそうだ。
違いがあった場合、お互いの魔法が習得できれば戦いの幅が広がる。
それに俺には複写スキルがあるから、もし俺の魔法と違う魔法をカオリが使えれば、すぐに覚えることができるだろう。
複写の個数制限はあるが、入れ替え可能なのでストックは多いほどいい。
「分かった。
それじゃあ最初は風魔法からでいいか?」
「ええ、いいわ。
一番手前のを狙って。私はその左奥のを狙うわ。
それじゃあ行くわよ。
ウインドナイフ」
「じゃあ、俺も。
ウインドカッター」
俺たちの放った魔法でスライムが真っ二つになる。
どうやら風系統の魔法はほとんど同じようだ。
攻撃されたスライムは、核がない方は溶けて地面に吸い込まれたが、核がある方はサイズが小さくなっただけで、まだ平気そうだ。
「次は小さくなったスライムに火魔法を打ってみていいか?
あまり大きいのに火魔法を大きくして使うと森が火事になるかも知れないからな」
「分かったわ。
ファイヤーショット」
「ファイヤーボール」
今度は二人の魔法に少し差が出た。
俺のファイヤーボールはソフトボールくらいのオレンジの炎が飛んでいったのに対して、カオリが放ったファイヤーショットはパチンコ玉くらいの青白い炎が5連発で飛んでいった。
しかも、カオリの魔法の方がかなり速い。
当たったあとも差が出た。
俺のファイヤボールは、スライムに当たるとスライム全体を包み込んで焼いたが、カオリのファイヤーショットはスライムの体にめり込み、中から発火した。
貫通力と破壊力はファイヤーショット、燃焼力はファイヤーボールの方が大きいらしい。
「今のファイヤーショットが一番低威力の攻撃火魔法か?」
「ええ、そうよ。
ヒロのファイヤーボールもそうなの?」
「ああ、そうだ」
俺たちはお互い確認して次の魔法に移る。
この後、氷系魔法、雷系魔法、土系魔法、光系魔法と試したところでスライムは全滅した。
結果は、氷系魔法と光系魔法に差があり、雷系魔法と土系魔法はよく似ていた。
上位の高威力魔法は試していないのでその内情報交換しようと思う。
スライムには雷系、氷系、火系の3属性が特に効果的だった。
森の火事や音が大きいことから、火系と雷系は使わず、スライムには氷系魔法で行くことにする。
魔石を回収してから少し歩くと、今度は緑色ゴブリンが5体ほど現れた。
前の世界でもそうだが、この世界でもゴブリンは魔石以外の素材は取れない。
とりあえず風、雷、氷、炎、土の魔法をカオリと手分けしてぶつけてみるが、風魔法が一番見えづらいらしく、俺の放ったウインドカッターに全く反応できずに切り裂かれる。
雷撃も魔法の早さが早いため、ゴブリンは反応できずに絶命する。
土魔法の石弾は見える程度の早さだと回避行動を取ろうとし、急所に当たらないおそれがある。
炎、氷は当たれば全身に影響が出るが、凍り付くまでの時間や燃えて動けなくなるまでに時間がかかり、そのまま突撃してくる可能性がある。
ゴブリンには風魔法を使うか、接近戦で仕留めるかすることにした。
そのまま、しばらく森を徘徊し、ひたすらスライムをゴブリンを始末していくと、30分ばかりしたときに角ウサギが7匹ほど現れた。
体長は1メートルほどもあるかなりの大型で、額から1本の角が生えている。
先端の尖った真っ直ぐな角は長さが30センチほども有り、あれで突き刺されて大怪我をする冒険者も多いという。
今までのスライムやゴブリンと違い、角ウサギは皮も肉も角も素材として有用なので、毛皮や肉にダメージのある炎や雷の魔法は控えたいところだ。
俺は静かに抜剣し、風魔法を発動すると同時に接近戦を挑む。
カオリもこちらの意図を組んでくれたようで、俺の風魔法にあわせて角ウサギへ突撃した。
風魔法で中央の1匹が両断されて倒れる。
俺は右側の3匹に、カオリは左側の三匹に接近し、横なぎの一閃を放つと、更に1匹ずつが絶命した。
残る4匹は逃げることもなく、俺とカオリに2匹ずつ、真っ直ぐに角を突きつけ突撃してくる。
俺は近いウサギの角を剣で払い、ウサギの胴体に蹴りを入れてもう一匹の方へとはじき飛ばすと、折悪しく突撃してきた二匹目の角に、俺が蹴飛ばしたウサギの胴体が貫かれ絶命した。
仲間のウサギの命を奪った角が抜けなくなったもう一匹は、仲間の体重によって角が固定されほとんど動けなくなったので、ありがたくとどめを刺させてもらう。
俺が角ウサギの3匹目にとどめを刺すのとほぼ同時に、カオリも戦闘を終えた。
それから10分後、7匹のウサギの解体を手早く済ませた俺たちは、思わぬ問題にぶち当たる。
今まで集めたスライムやゴブリンの魔石に加えて、7匹分のウサギの肉と皮と角。明らかに持ちきれない。
「カオリ、どうする。全部は持てそうにないが…
村のギルドに大きめのリュックサックを買いにもどるか?」
少し考えていたカオリだが、何か思いついたらしい。
「ヒロ、あなたたしか収納のスキルを持っていたんじゃない?
あなたを城で鑑定したとき見たような気がするわ」
そういえばこの世界に召喚されたとき収納というスキルがついたような気がする。
「確かめてみるよ」
俺はそう言うと収納スキルをステータス画面で確認する。
『収納(亜空間連続体に任意の物体を収納できる。亜空間連続体は全ての時間軸につながっているため、何年後だろうが入れた直後の状態で取り出せる。収納数はレベルに依存する)』
何かすごそうなスキルだ。
俺は早速解体したウサギの皮に意識を集中し、収納スキルを発動しようとする。
ウサギの皮が一枚消えた。
しかしそこまでだ。二枚目が入らない。
ウサギの皮を取り出し、代わりに角を収納する。
やっぱり一本しか入らない。
試しに剣を収納してみると、収納も取り出しもできるが、一つしか入らない。
近くの小石で試しても一つしか入らない。
どうやらレベルが1なので一つしか入らないらしい。
しかし、剣でも角でも毛皮大きさや重さ関係なしで個数のみカウントするらしい。
「どうやら1つしか収納できないみたいだ。レベル依存って書いてあるから、レベルが上がったらたくさん収納できるようになるかも知れない。
やっぱりリュックサックを買いにもどるか?」
俺が尋ねると、カオリは首を横にふり腰のベルトにつけていた手のひらサイズの革袋をベルトからはずす。
「それには及ばないわ。
これだけ小さく解体すれば、この収納革袋の入り口を通るから、入ると思うわ」
「収納革袋?収納の魔法が付与された魔道具の類いか?」
「ええ、そうよ。
革袋の口さえ通れば、所有者の魔力量に応じて大量の荷物を収納できるの」
「驚いた。いつの間に手に入れたんだ?」
「前に召喚されたときに手を入れて、それからずっと持ち歩いていたのよ。
あなたのいた世界にはなかった?」
「いや、収納系のバッグは使っていたが、一番魔力量が多い魔術師が持っていたから、こちらに召喚されたときの俺は持っていなかった。
俺が転生した世界でもほぼ同じ効果だが、リュックサックの形だったから、相当大きいものも入れることができた」
「そう、残念だわ。そのリュックがあればもう少し大きいアイテムも収納できるのにね。
この袋だと口を通るサイズに細かくしないと入らないから…」
「この世界にも似たようなものがあるかも知れないから、次の街に着いたら探してみよう」
そんなことを話しているうちに、カオリは収納を終える。
これで素材の持ち帰りの心配は無くなった。
カオリの魔力量も相当大きそうなので、まず入りきれなくなる心配は無い。
収納魔法は今ひとつ使い勝手が悪かったが、これで素材や荷物の持ち運びは何とかなりそうだ。
俺たちは更に森の奥へと歩みを進めた。




