第108話 さらば異世界! (主人公トキヒロ視点)
結局、魔王は藍音さんが放った最初の空間断裂で真っ二つになって絶命していた。
後方にいた巨大な龍種も、その巨体がたたって輪切り状態で全滅だ。
オリハルコンゴーレムなど、通常では切断するのが不可能に近い硬い魔物も綺麗にばらされている。
スピード特化の魔物も、あれだけ広範囲の攻撃だと避けきることが出来なかったようだ。
俺達はエルハンスト伯爵から翌日に行う勝利の宴に招かれたが、香澄さんが仕事を理由に丁寧にお断りし、参加は俺だけとなった。
戦いにけりをつけた藍音さんは翌日の朝目を覚ましたが、あの膨大な魔力が完全回復はしておらず、空間断裂の燃費の悪さが窺えた。
さらに悪いことに、エリアテレポートで次元を跨いで日本に帰るための魔力量にも少し足りていなかったようで、カオリ共々、月曜日朝から遅刻の危機に直面する。
カオリの親には昨晩自分だけ空間転移で自室に戻った香澄さんが自分の部屋に泊めると連絡していたのだが、月曜日に学校に遅刻したのでは言い分けできなくなってしまう。
取りあえず、ぎりぎりまで魔力の回復を待っていた藍音さん達だが、日本時間の朝7時半の時点で香澄さんが動いた。
「ごめん、藍音ちゃん。
今日私、朝の登校指導が当たっているから先に行くね。
それじゃあ、関谷さんも遅刻しないでね」
「あ、ちょっと待って……」
藍音さんの制止を半分も聞かず、香澄さんは空間転移で自分だけ戻ってしまう。
涙目の藍音さんだったが、それから20分後に何とか必要魔力量が回復し、カオリと一緒に日本へテレポートしていった。
後に、螭の洞窟を冒険中、藍音さんはこのことをネタに随分2人からいじられていたようだ。
この戦いの後、エルハンスト伯爵は、実質王国から独立することとなる。
と言うか、王城に立てこもっていた王軍は魔王軍の攻撃で受けた被害も大きく、エルハンスト伯爵を攻める力を失っていた。
更に、王都から逃げ出した人達もほとんどが戻ることはなく、エルハンストの街に移住した。
元々の人口の三倍近い人々が押し寄せたことで住居の問題が生じるかと思われたが、これは藍音さんと香澄さんがサイコキネシスであっという間に住宅や道路を作ってしまい、エルハンストの街の規模が4倍にまで拡張したことによって解決してしまった。
食糧事情も、周辺の開墾が順調で、すぐに需給バランスが取れるようになった。
恐るべきは2人のESPである。
ここに、王都とエルハンストの街は、完全にその規模が逆転し、今やエルハンストの街こそが真の首都という様相なのである。
カーク・エルハンスト伯爵は隣国との戦争も停戦協定によって納め、実質国の最高権力者となっている。
俺も、日本時間の平日はこの街の発展に微力ながら尽力し、土日はいつものメンバーでレベルアップのための螭狩りに精を出した。
そして、ついに今日、俺はレベル99に達し、今から最後となるであろう螭の巣を殲滅する。
階層制のダンジョンであれば100階層は越えたであろう深部に、今までで最大規模の空洞が現れる。
その空間の底にうごめく大量の螭は、顔だけで直径8メートルほどもあり、これも過去最大だ。
間違いなく高レベル螭の巣である。
「トキヒロ君、香織さん準備はいい?」
藍音さんの言葉に頷く。
「それじゃあ、いつもどおりサックといくわよ」
俺達はこの階層の螭をことごとく二枚におろした。
俺はついにレベル100に到達した。
螭達がいた大空洞は更に奥へと続く大穴があったのだが、そこは今までの洞窟とは異なり、真っ黒いもやがかかっているような穴だった。
「この穴、何かに似ているわね……」
香澄さんが呟く。
「これ、移送操作で別次元を探るときのゲートに似ていない?」
「そう、それよ!」
藍音さんの言葉に香澄さんが大きな声を出した。
「と言うことは、この先は別次元なの?」
カオリの言葉に一同あらためて黒い洞窟を見る。
「あれ、何か壁に彫り込みがあるよ」
一番左側にいたカオリが洞窟の左の壁に文字を見つけた。
「知らない文字なのに何故か意味が分かるような気がするわ」
藍音さんの言葉に他のメンバーも頷く。
『これより黄泉につき、この世の者はこの先、入るべからず』
壁に書かれている知らないはずの文字はそのように読み取れた。言葉に出すと皆が同じように感じているらしい。
「どうやら使っている言語に関係なく、警告文が読めるような処置が施されているみたいね」と藍音さんが言う。
なるほど、そう考えれば見たことのない文字に皆が同じ解釈を瞬間でしたことにも説明が付くかも知れない。
しかし、この文字を彫った存在はいかなる超常的な存在なのか……
「まるで、神様の警告ね」
カオリのつぶやきにみんな同意してそれ以上の追求をあきらめたとき、突然黒い穴からもはや見慣れた笑い仮面ののような顔が現れた。
洞窟の直径が3メートルほどなのに、そこから現れた顔は10メートルを超えている巨大さだ。
瞬間、藍音さんが抜刀して螭の顔面を真っ二つにする。
「ここから螭が現れていたのね……」
藍音さんの言葉に、俺は螭を鑑定したときの情報を思い出していた。
---------------------
名前 螭
適性 妖怪(この世の理から外れた存在。)
---------------------
「この世の理から外れた存在か……」
「ここがその、この世とあの世の境界で、あちら側から現れたのが螭と言うことなのね」
俺とカオリの言葉に藍音さんと香澄さんも頷いた。
さすがにこの先にいくのはためらわれた俺たちは、レベルも目的の三桁に届いたことだし、ここで引き上げることにした。
ここは、ベヒモス沼の拠点。
この拠点にも随分長いこと世話になった。
今日の討伐を終え、俺は今から自分の本来いるべき世界に帰る。
「トキヒロ君、空間転移でいつでもこの拠点に戻ってきていいんだからね」
香澄さんが俺に声をかける。
「ああ、気が向けば使わせてもらうさ」
俺は、今となっては第二の自室とも言うべき石造りの部屋の壁を撫でながらいう。
「ヒロ、装備とかは置いていくの」
カオリが心配してくれているのは、俺が本来の世界の魔王を倒した聖剣のことだ。
「いや、それについては策がある。
実はアイテムボックスに収納したものは空間転移後でも取り出せることがわかったんだ。
だから、必要な装備なんかはこの大袋に入れてアイテムボックスに入れておけば、向こうに帰ってからも取り出せるって分けさ」
「そう……
良かったわ。
思い入れのある装備でしょうから……」
そういうカオリはどこか寂しそうだ。
かく言う俺もカオリとの決別はとても寂しい。
この感情がなんなのか考える暇はなかったが、少なくとも俺は幾ばくかの好意をカオリに抱いている。
「カオリ、世話になった。
またいつか、時が巡って運命が交われば、そのときはよろしく頼む」
「ええ、ヒロ。
こちらこそ、お願いするわね。
さよならは言わないわよ、ヒロ」
「ああ、俺もだ。
藍音さん、香澄さん。
あなたたちにも世話になった。ありがとう」
「いえ、礼には及ばないわ」「私たちも楽しかったしね」
2人は満面の笑顔で俺の帰還を見送っている。
カオリは少しうつむいており、その表情ははっきりとしない。
「それじゃあ、みんな、また会おう!」
「ええ、ヒロ。
またね……」
その言葉を最後に俺は自分の故郷の部屋を連想して空間転移を発動した。
一瞬の後、俺は転生後の世界の自室に全裸で立っていた。
この部屋は魔王討伐に出て以来、そのままだ。
俺が魔王と差し違えたと思われてから早、半年の時が経っているはずだ。
両親は俺が生きていると知ったらどう反応するだろう。
俺の死の報告があったとき、2人を如何に悲しませたかを思うと、胸が痛い。
俺はアイテムボックスから大袋を取り出し、魔王討伐時の装備を着込むと、自室から両親がいるはずの居間へと出た。
しかしそこには誰もいない。
耳を澄ますと、なんだか外が騒がしい。
どこだ。
俺は索敵魔法を展開する。味方を現す青い光点が村の広場に集まっている。
どうやら、村中そこに集まっているようだ。
俺は扉を開けるとそこに走った。
「そんな……
ジェフが魔王と差し違えて死んだなんて」
「すいません、ご両親。
ジェフリーは光となって消えたため遺品もありません。
申し訳ない」
「ううっ」
俺が広場に着くと、そこには旅をともにしたアーチャーが、将に俺の戦死を報告しているところだった。
魔王城からこの村まで、到達するのに半年という日がかかったと言うことだ。
何という偶然であろう。
俺は間違いを訂正すべく走る。
「おい、サーシャ。
俺は生きているぞ」
大声でアーチャーに向かって叫んだ俺に皆の視線が集まる。
「ジェフ……」
「ジェフリー……」
両親はこちらを見て、悲しみに暮れていた表情を一転させて喜びの顔に変えた。
「ジェフ!
一体どうやって
いや良かったジェフ!」
アーチャーであるサーシャもこちらを見て表情を輝かせる。
「ああ、話せば長い。
良かったら俺の家に寄らないか。
茶くらいは出すぞ」
俺はサーシャに声をかけ、両親とともに懐かしの我が家へと向かうのだった。
次回 最終話は2月25日(日)7時までに更新予定です。
明日には地元に帰ります。
感想の返信は夜以降になると思います。
先週土曜日に新作を投下しました。
とても下らない話ですがよかったらご意見をお聞かせください。
https://book1.adouzi.eu.org/n7853eo/




