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第107話 決戦! ~王都とエルハンストの間の平原にて~ (主人公トキヒロ視点)


 日本時間の木曜日、計算どおり大勢の民衆が大河の橋を渡り終える。

 午後には最後の一人が、平原に展開するエルハンスト軍の後方へ向かった。


「おう、君は香澄先生と一緒にいた少年じゃないか」

 民衆を誘導していた近衛兵に見知った顔があった。

 香澄さんと関わりが深かった近衛兵隊長のシュリンガーだ。


「ああ、確かシュリンガー隊長だったな。

 あんたが民衆側についてくれたのか」

「ああ、俺だけではなく、王都にいた王国軍の三分の一はこっちについてくれた。

 俺達も伯爵軍に合流して魔王軍と戦うつもりだ」


「民衆の誘導はいいのか」

「そちらには必要最低限の兵を同行させるさ。

 流石にこの大人数だ。

 盗賊も襲ってきたりはしないさ」

 確かに、シュリンガーの言う通りだ。

 これだけの人数に仕掛けてくる盗賊はいないだろう。


「よし、そうと決まれば、俺は魔王軍の足止めだな。

 どれくらい後方を追ってきているんだ」


「実は、戦争から引き返してきた王国軍のうち、王の意向に従う連中が王都に向かう途中でぶつかったようなんだ。

 斥候に出した兵の話では、魔王軍は10万を超えており、王国軍とぶつかったが、一日も持たずに戦争帰りの王国軍は潰走したそうだ。

 精鋭を送っていたという話だが、魔王軍は王国の精鋭よりも遙かに強大だと言うこと証明した形になる。

 我々も覚悟して当たらなければ、彼らの二の舞だ。

 この王国軍との衝突で当初の予想より一日程度、魔王軍の侵攻が遅れている」


「それは好都合だ」

 俺は思わず口にする。

 これで、橋を落とすことなく、カオリ達と合流できる。


 日本時間の金曜日には、エルハンスト伯爵の軍と王都から離反した近衛兵などの兵力の統合も進み、魔王軍に対する簡易の壕や櫓も出来る範囲で準備していたのだが、藍音さん達の合流によって、エルハンスト軍の準備はほとんど無駄だったことになってしまう。

 と言うのも、藍音さんと香澄さんのサイコキネシスによる簡易砦の製作が、こちらの予想を遙かに超える、とても簡易とは言えないような代物になってしまったからだ。


 彼女たちの作った岩の砦は、将に万里の長城を彷彿とさせる城塞だった。


 金曜日の夕方に合流した2人は、話を聞くが早いか、兵達が築いていた壕をあっという間に延伸し、どこまで続いているのかもわからないような幅10メートルの水堀が完成する。

 地下トンネルで川から引いたという水に溢れ、水生の魔物でもない限り容易に突破できない深さだ。

 更に堀の後ろには高さ10メートルを超える石造りの長城が控える。

 この長城は50メートルおきに丈夫な岩盤で出来た砦を持ち、そこから弓矢で攻撃できるようになっている。

 長城の内部と上部にも通路があり、防御壁の隙間からの矢による狙撃も可能としている。長城の幅は10メートル以上あり、大きな荷車が余裕で離合できる。

 その長さははっきり言ってどこまで続いているのかわからない規模だ。

 それをものの2時間で完成させた2人は、疲れた様子もなくレビテーションで帰ってきた。


「藍音ちゃん、何キロくらい作った?」

「たぶん30キロくらいだと思うけど、香澄ちゃんは?」

「私は35キロくらいいけたと思うよ」

「うっ、負けた……」

 どうやら彼女たちはこの場所を起点に、どちらが2時間で長い防壁を築けるかを競争していたようだ。

 仕様を揃えて同じ条件で作っていたようだが、どちらにしてもとんでもないバケモノである。


 エルハンスト伯爵は顔を引きつらせながら、2人に感謝の言葉をかけている。


 そうこうしていると、物見に出していた兵が馬を駆って戻ってきた。

「魔王軍は戦争帰りの国軍との戦闘で予想以上に足止めされている模様です。

 このままだと明日中の接敵はないかと思います」

 なんと、決戦は日本時間の日曜日に持ち越されたようだ。


 俺達は結局、土曜日も決戦準備に使えた。

 合流したカオリも一緒になって作戦をねる。


 結論から言うと、最高戦力である俺達がやれるところまでやって、討ち漏らしをエルハンストの領軍にお願いすることになった。



 そして決戦の日曜日、再び斥候に出ていた兵が帰ってくる。


「魔王軍がエラルロの大河を渡し始めました。今日の夕方にはこの辺りに到達すると思います」


 どうやら何とか日曜日中に接敵するようだ。

 これ以上遅くなって月曜日になるとまずかったが、これでカオリも参加できると俺はほくそ笑んだ。





 日曜日の朝8時、カオリが藍音さんの迎えで合流する。

「おはようヒロ。

 体調はどう?」

「ああ、問題ない。

 カオリはどうだ」

「日本時間で5時半起きよ。

 まだ眠いわね」

 どうやら寝不足以外は問題なさそうだ。


 そして、午後の3時。

 魔王軍の先陣舞台が地平線の彼方から現れた。


「後三十分で到達します」

 兵の声が砦に響く。

 いよいよ魔王軍との決戦だ。


「いいか、まずは砦をよりどころにして魔法と弓で迎え撃つ。

 接近戦は最終手段だ。心してかかれ」

 バルドス将軍の良く通る声が響き渡る。


 魔王軍は街道に突如と現れた石造りの長城を前に、怯むことなく侵攻してくる。

 迂回しようとしなかったことに感謝だ。


 先陣にはゴブリンやオークなどおなじみの魔物に加えて、二回りほど大きい特殊個体やオーガなど強力な個体も混じってる。

 後方には巨大な獣や爬虫類のような魔物も見える。

 アンデット系もいるようだ。


「さて、それでは俺達も派手にやらせてもらうか」

「ええ、ヒロ、どちらがたくさん狩れるか競争しない」

 カオリもやる気のようだ。

「別にかまわないが、いちいち数えたりはしないと思うぞ」

「だいたいの感でいいわよ」


 俺達は早速大規模範囲魔法を打ち込む。

 俺が炎撃、カオリが雷撃だ。


「私たちもやるわよ。

 まずはサイコキネシスで竜巻を作るわ

 香澄ちゃんも同じ規模の竜巻に出来るだけ魔物を巻き込んで」

「了解、何か作戦があるのね」

「ええ、もちろんよ。

 時計回りの竜巻でお願いね」


 藍音さんと香澄さんは直径50メートルになろうかという大竜巻を取れぞれ1つずつ作り出し、多くの魔物を吸い込んでいる。


「このまま落とすだけじゃ弱いわ。

 ぶつけて潰すわよ」

「わかった。

 端っこどうしを接触させる感じでいいのね」

「そういうこと」


 どうやら、藍音さんは二つの竜巻に巻き込まれた魔物どおしを高速でぶつけて潰してしまうつもりのようだ。

 作戦が始まると竜巻の色が赤やら青やら緑やらに染まる。

 魔物が潰れたことで魔物の血の色に染まったのだ。


 この殲滅魔法は魔物達の度肝を抜いたようで、侵攻の足が止まる。

 俺達も負けじと殲滅魔法を放ち続ける。

 エルハンストの領軍も魔法を中心に攻撃しているが、俺達4人の攻撃魔法が強力すぎてほとんどその存在感を示せていない。

 弓矢に関しては、その射程に入る前に魔法で一掃されている。


 しかし、敵の数は多い。

 倒しても倒しても、後から後から魔物が現れる。


「おかしいわね。

 これだけやっているのに減っているように見えないわ」

 俺の思っていたことをカオリが言葉にする。

「同感だ。

 何かおかしい」


「そうね、確かに手応えはあるのに魔物の数が減らない。

 それに心なしか、スケルトンやゾンビが増えてきているように感じるわね。

 これは、もしかして……」

 俺達の会話を聞いた藍音さんが何か思いついたようだ。


「香澄ちゃん、ちょっとの間、竜巻二つとも制御できる」

「余裕よ。1人で4つくらいなら楽勝でやれるわ」

「それじゃあ今私が制御している方もしばらく担当して」

「了解。何か思いついたのね」

「いえ、思いついたというか、クレヤボヤンスで魔王軍が減らない理由を調べたいのよ」「わかったわ。こっちはまかせて」


 そう言うと、藍音さんは目をつぶり、集中し始める。

 香澄さんは両手をそれぞれの竜巻に向けて一度に制御し始める。

 3分ほどすると藍音さんが結果を説明し始めた。

「わかったわ。

 召喚魔法を後方で使っている魔術師系の魔物がたくさんいるわね。

 召喚魔術でスケルトンやマミーなどの不死系の魔物や新たな召喚系の魔物を呼び出して、どんどん召喚しているわ。

 あそこを叩かないとダメね」


「それじゃあ特大のブラックホールで一掃しようか」

 藍音さんの言葉を受けて、香澄さんがとんでもない提案をする。


「いや、地表で大きなブラックホールなんか作ったら制御できなくなるわよ。

 ここは地道に根気比べするしかないと思うわ」

 藍音さんの言葉に香澄さんは残念そうだ。

 そんなに特大のブラックホールを試したかったのだろうか。


 そんなこんなで30分も魔法を使い続けると、俺達4人が処分した魔物は優に10万を越えていた。

 しかし、新たに召喚される魔物のせいで、敵の数の底はまだ見えない。


「ヒロ、流石にこれだけ連続で魔法を打ち続けると、魔力が心配になってきたわ」

 カオリが額から汗のしずくを一滴流しながら言う。

「確かに、俺の方も5割ほど使った状態だ。

 あの2人は問題なさそうだが、このままだとあと30分がこちらの限界だな」


 俺達の会話を聞いていた香澄さんは、自分のステータスを確認してから会話に参加してくる。

「私は全然問題ないみたいね。

 使った分より回復量の方が多いみたい。

 藍音ちゃんもそうだと思うわ」

「こっちも大丈夫よ。

 でもいい加減、飽きてきたわね。

 もっと大きな能力で一掃したいけど、ブラックホールは危ないし……

 そうだ。

 こうなったら位相操作で空間ごとぶった切ってみたらどうかしら」

 藍音さんがなんだか危険そうなことを口走る。

「あの……

 それって前に藍音ちゃんが制御が危ないかも知れないって言ってた奴じゃないの?」

 香澄さんが心配そうに呟く。

「うん、そうだけど、次元を越えてのテレポートにも慣れてきたし、今ならやれる自信があるのよ」

「ホント?」

 藍音さんの根拠のない自身に香澄さんが疑問をぶつける。

 俺も不安だ。

「大丈夫、大丈夫!

 まずは一発、試して見ましょう」

 言うが早いか、藍音さんは城壁を飛び出し魔物の最前線に降り立つと両手を前に突き出して能力を発動する。


「それじゃあまずは位相操作で空間を水平にずらしてぶつけるわよ!

 エイ!」


 かけ声一発。

 藍音さんの前の空間が虹色に裂けて、その裂け目が藍音さんの前方60度の角度でどんどん広がっていく。


 裂け目に当たった物体は、生命体非生命体関係なく、その裂け目にそって両断されていく。

 すさまじい光景だ。

 魔物の自然も真っ二つになっていく。

 裂け目は惑星の球面に沿って曲がることがないので、徐々に上空へとずれていき、やがて遠方に見えた山脈がその中腹に虹色の輝きを見せた。

 後はそのままこの世界の宇宙空間へと広がっていく。

 裂け目が通り過ぎたところは徐々に元の空間になっていくが、真っ二つになった物体は再びくっつくことはない。


「上手く言ったわ!

 これで地表の魔物は全滅よ」

 嬉々としている藍音さんには悪いが、再生力の強い奴はなくなった下半身をまた作り出そうとしている。

 しかし、召喚系の魔物は一掃できたようで、魔物の気配が増えることはなくなった。


「よし、新手が増えるのは防げた。

 後は現存の魔物を叩くだけだ」


 俺たちは風魔法や雷撃を中心にはねつきの魔物を掃討する。


「そっちも二三発打てばかなり減らせるわね」

 藍音さんはそう言うとレビテーションでふわりと舞い上がり、1メートル上昇するごとに位相操作で空間断裂の裂け目を作っていく。

 この操作で上空50メートルまで藍音さんが上がった段階で、魔王軍の航空戦力も壊滅的な状況となった。


「やったわ……」

 やりきった感を出す藍音さん。


 そしてそのとき、辺りを地鳴りが襲う。


 ゴゴゴゴゴ…………


 地面が揺れる。

 この世界に来て初めての地震だ。

 一体これは……


 俺達が事態を見極めようと精神を集中していると、香澄さんが異変の原因に気がついた。


「あ、あれ……」

 遙か前方を指指す香澄さんの言う方を見る。

 なんと、遙か遠くに見えていた王都との間にある山脈、その中腹から上が今将に崩落していた。


「あ、あたしやらかしたのかな……」

 藍音さんが呆然と呟く。

 間違いないだろう。

 位相操作で作り出した空間の断裂を50回ほどその山体に喰らった巨大山脈は、見事に輪切りにされて今将に崩壊しているのだ。


「ま、まずいわね。

 これって自然破壊よね。

 よし、サイコキネシスで何とかしましょう……」

 そう言って両手を山に向かって伸ばした藍音さんはいつも見たことがないほど額から汗を流していた。


「あれ……、この久しく感じていなかった懐かしい感覚は……

 まさか……

 魔力切れ?」

 そこまで呟くと藍音さんはぱたりと倒れた。


 なんと、あの無尽蔵とも思われた藍音さんの魔力も、空間断裂という新技を50回以上連発したことで枯渇寸前になっていたようだ。


 藍音さんは香澄さんが受け止めてくれたので、倒れたはずみで怪我をすることはなかった。


 領軍の兵達はあまりの出来事に言葉を失っていたが、魔物が壊滅したのを確認すると、どこからともなく勝ち鬨が上がる。


 辺りの喧騒の中、テレポーテーションという移動手段を失った俺達は、藍音さんを砦の中の一室に運び休息を取るのだった。







次回108話は2月24日(土)7時 更新予定です。

順調にいっていれば、今日は手稲山にいる予定……


先週土曜日に新作を投下しました。

とても下らない話ですがよかったらご意見をお聞かせください。

https://book1.adouzi.eu.org/n7853eo/

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