第106話 王都は大混乱 (主人公トキヒロ視点)
翌日、日本時間の日曜日の朝、俺達はまず、ゲンガーさんの店に素材の螭を持ち込む。
あまり数があっても処理しきれないと言うことで、しばらくはこれ以上の持ち込みはいらないと言うことだった。
カオリは一旦日本の自宅に帰っていたので、午前9時くらいに藍音さんが迎えに行って合流する。
4人揃った俺達は、藍音さんのテレポートで昨日討伐した螭の巣へと再度飛来する。
驚いた事に、そこに昨日倒した螭はいなくなっており、新たに昨日の半分くらいの数の螭がどこからともなく集まってきていた。
一体こいつらは何匹いるのだろう。
俺達は30分ほどかけてその場の螭を全て2枚におろしたが、すでに30を越えた俺とカオリのレベルは、わずかに1しか上がらなかった。
どうやら、この部屋の螭ではもうあまり経験値にならないらしい。
それ達は結局、昨日最後に倒した螭の出てこようとしていた大穴に潜り、更に深部を目指す。
どんどん螭を倒しながら進んで行くと、午後3時をまわった頃に新たな巨大空洞に辿り着いた。
そこには、昨日の空洞に匹敵する数の螭がいたが、この洞窟の螭は全てが一回り巨大だった。それにあわせて、レベルも高くなっているようだ。
「また、昨日の繰り返しね」
カオリの言葉に俺も頷く。
特に代わったこともないまま、全ての螭を討伐すると、この空洞の奥にもまた更に奥へと続く道が続いていた。
レベルは39まで上がっている。
どうやら、これを延々と繰り返してレベルを上げろと言うことのようだ。
俺達は、この日の探索をここまでにして、続きはまた4人が揃う来週の土曜日と言うことにする。
日本時間の平日は、カオリは学校、藍音さん達は仕事のため、俺だけがこっちに残った。
1人で洞窟に潜ってもいいが、正直みんなでまとめて螭の巣を潰すときほどのレベルアップは見込めない。
ちょっと考えた結果、俺はエルハンストの街で情報を集め、伯爵を手伝えることがあれば何か手を貸すことにした。
その結果、螭の解体をゲンガーさんの店で手伝いながら、情報収集をして王国軍の動きを探る。
そして、5日が立った頃、伯爵の元に一つの転機となる情報が寄せられた。
ゲンガーさんの店の解体作業を手伝っていた俺は昼食の休憩中に伯爵に呼び出される。
すぐに伯爵邸に向かうと、いつもの会議室に通された。
そこには深刻な表情のカーク・エルハンスト伯爵に加えて、前にも見かけた執事長の初老の男性、厳つい大男と中肉中背の眉間にしわを寄せた中年男性がいた。
「おお来たか、トキヒロ君。
私を救出してくれた後の会議で面識があったと思うが、執事長のジョルノー、文官長のスローン、領軍の最高位将軍バルドスだ。
あのときは色々バタバタしていて正式に紹介していなかったな」
伯爵の言葉に頷くと、3人が順に自己紹介してくる。
「改めまして、執事長のジョルノーです」
「エルハンスト領の財務行政を任されております。文官長のスローンです」
「領軍の指揮を任されている。統括将軍のバルドスだ」
「トキヒロ・カスミジといます」
エルハンスト伯爵に紹介された3人が自己紹介したのに続いて、俺も名乗りを上げる。
この場には、エルハンスト軍の最高権力者が全員集まっていると言うことだ。
これは、いよいよ国軍が内乱罪でも適用して攻めてきたかと思っているとエルハンスト伯爵が俺に聞いてくる。
「今日はカオリ君とアイネ君、カスミ君は不在かね?」
「ああ、藍音さんと香澄さんは今日の夜にはこちらに来れると思う。カオリも明日には合流できる。」
「そうか……
それでは他のメンバーには改めて説明して協力を求めるとして、まずはトキヒロ君に協力の意志があるか確認したい」
「もちろん内容によるが、あの悪辣な王国軍がいわれのない罪で戦を仕掛けてきたというなら出来る範囲で協力をしたい」
俺の返答に、エルハンスト伯爵とバルドス将軍は少し困ったような表情になる。
「いや、トキヒロ君、事態はもっと深刻なのだよ。
王国軍が攻めてきたというならまだ対処の仕方も単純だ」
伯爵の言葉から俺の予想が裏切られたことを知る。
しかし、そうでないなら、一体何が起こったのか。
俺が沈黙していると伯爵は説明を始めた。
「魔王軍が我が国の東側から攻めてきた。
真っ直ぐに王都に向かっている。
その数、1万とも2万とも言われているが、実際のところはもっと多いだろう。
報告してきた兵士も全軍を見たわけではないが、国境が破られた時点ですぐに報告のためにもどって来たようだ」
エルハンスト伯爵の言葉に息をのむ。
武術大会の決勝で乱入してきた四天王の1人でも、俺達以外は刃が立たなかっただろう。
それが今度は、魔王自ら軍を率いてきたというのだ。
当然、前回現れなかった四天王の残り3人も一緒だろうし、それ以上の実力者もいるかも知れない。
「それで、王国軍はどうしたんだ」
俺の問いに忌々しげな表情を浮かべて伯爵が続ける。
「奴らは、国境の紛争地帯から軍を引かせて対応するための時間を稼ぐために、民衆を犠牲にする道を選んだ」
エルハンスト伯爵の言葉は俺の予想の斜め上を行く。
「どういうことだ……」
「奴らは王城の門を硬く閉ざして全軍で立てこもった。
民衆は中に入れていない。
当然、魔王軍が来襲すれば、民衆が犠牲になるが、その時間で国境の兵力を呼び寄せようというつもりのようだ」
「なっ……」
俺は言葉を失う。
「奴ら、そこまで腐っているのか。
伯爵、出撃をお命じください」
バルドス将軍が息巻くがそれを伯爵は片手で制す。
「この話にはまだ続きがあるんだ。
実は、良識ある兵は、国王のこの決定に異を唱えて民衆の側についいた。
近衛兵の一部を中心に、ほとんどの民を率いて王都を脱出しているところだという。
その数、実に50万人。
そのほとんどが一般の民衆だ。
彼らは魔王軍が攻めてきている方角と反対の方へ、つまり我が伯爵領へと向かって避難を開始した。
これがどういうことかわかるかね」
「まず、その人数からすると、王都は王城に籠城している軍関係者と王侯貴族を除いてほぼ空になったと言うことですかな」
スローン文官長がいうと伯爵は頷いている。
「その人数だと女子供や年寄りも含まれるだろうから、徒歩の移動ならエルハンストまで2週間はかかるな」
バルドス将軍が続ける。
「ああ、この報告がここへ届くまでの時間を入れると、今から3日前に移動開始したとして、あと10日後に我が町へ50万の人々が避難してくることになる。
下手をすると、途中のエルンの街や小さな村の人口も加わるかも知れない」
伯爵の言葉に全員が息をのむ。
「我がエルハンストは人口20万、それだけの人数を支えきれますかな」
それまで黙っていたジョルノー執事長が口を開く。
「いや、それ以前に、この街に到達する前に、魔王軍に襲われる危険もあるのだ。
王都が空になった以上、魔王軍は王城を攻めるだろうが、それが終わればそのまま民衆を追うことになるだろう。
やがては我が町にも攻め込んでくることになる」
「伯爵、迎撃に出ましょう」
伯爵の言葉にバルドス将軍が声を荒らげる。
「ああ、私もそれがベストだと思うよ。
避難民の被害を減らすためにも、この街への影響を減らすためにも、我が軍は打って出て、エルハンストと王都の間にある北部大平原で魔王軍を迎え撃とうと思う。
そこまで出れば、王都から避難してくる人々は魔王軍に追いつかれる前に我が軍の後方へ逃がすことが出来る。
どうだろう、トキヒロ君。協力願えるかね」
話が俺に振られた。
俺はすぐに頷く。
「もちろんだ。魔王軍が民衆を襲うというなら、全力をもってこれを払う。
こう見えても召喚前の世界では勇者パーティーに所属していた。
虐げられる人達のために剣を抜くのに躊躇しない」
俺の言葉に、伯爵から笑みがこぼれる。
「決戦はおそらく今から7日後ほどになるだろう。
出来れば君の仲間にも協力を願いたい」
伯爵の言葉に頷きながら俺は答える。
「もちろん他のメンバーも協力は惜しまないだろう。
今日あったら早速伝えておく」
俺は力強く答えた。
その後、現時点で出来る内容を打ち合わせてから伯爵邸を辞し、ゲンガーさんの店にもどると、ちょうど藍音さん達が俺を迎えに来ていた。
俺は早速事情を話す。
「もちろん協力するわよ。
そんなことなら、仕事を有給で休ませてもらうわ」
藍音さんが力強く宣言する。
「私も協力するわ。
仕事が休めるか確認が必要だけど、ことがことだけに、こっち優先で行きたいわね」
香澄さんは学校の先生だから、仕事に融通が利きにくいようだが、無理をしてでも来てくれそうだ。
翌日、カオリが合流すると、カオリも学校を休んででもこっちに来ると言い出した。
しかしこれには香澄さんが先生として難色を示す。
「関谷さん。生徒が学校休むのには親の同意が必要よ。
説明できるの?」
「うっ」
カオリが言葉に詰まる。
「土日なら良かったのに……」
カオリの言葉を聞いて俺はひらめく。
「それなら俺が足止めして、魔王軍との決戦が土曜日になるように調整しよう」
「そんなことが出来るの?」
カオリが半信半疑で俺に聞く。
「ああ、たぶん大丈夫だ。
元々予定では7日後、日本の金曜日と言うことだったから、一日程度の足止めをすればいいわけだ」
俺の言葉にみんなが頷き、俺達はこの日レベル上げの前に、決戦の場となるであろうエルハンスト北の平原を下見した。
決戦場所は王都とエルハンストを結ぶ道の途中にあり、距離にして4:1の割合でエルハンストに近い場所だ。
少し向こうには王都との間にそびえる山脈があり、街道はこれを大きく迂回した平坦な道で、大回りしている。
魔王軍も好きこのんで通りにくい山の中を直進してくることはないだろう。
俺は、平原から北へ移動し、足止めに適する場所を探した。
ちょうど上手いことに、大きな川を渡らないといけない場所がある。
いざとなったら川にかかる橋を落としてしまえば、一日程度の足止めは出来そうだ。
俺達は一週間後の決戦に向けて作戦を考えながら、残りの時間は螭狩りに勤しんだ。
本話が掲載された頃、順調なら新千歳空港に降りていると思います。
今回は気ままな一人旅です。
札幌の美味しいもの情報をお持ちの方、いらっしゃいましたら情報下さい。
次回 107話は2月23日(金)17時に予約更新予定です。
先週土曜日に新作を投下しました。
とても下らない話ですがよかったらご意見をお聞かせください。
https://book1.adouzi.eu.org/n7853eo/




