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第102話 カーク・エルハンストを救出せよ (主人公トキヒロ視点)


 過去の俺を救出した土曜日の午後、俺達は再び異世界のベヒモス沼拠点にテレポートする。

 気を失う前にジェフリーの記憶を持った過去の俺が残した言葉、『エルハンスト伯爵の危機』について対応するためだ。

 服装は異世界風のものに全員もどしている。


「まずは情報確認が必要ね」

 藍音さんの言葉に一同頷く。

「取りあえずエルハンストの町に移動しましょう。

 伯爵邸の控え室はいつでも使っていいということだったから、そこにテレポートするわよ」

 藍音さんがそう言うと、瞬間で視覚に入ってくる部屋の様子が変わる。

 ここはエルハンスト伯爵の私的な会議室につながる控えの間だ。


「取りあえずクレヤボヤンスで確認するわね」

 藍音さんが目を閉じて集中する。


 俺も気配を探るが、伯爵邸は心なしか人が少なく動きもない。

 普段から伯爵領行政の中心であることを考えると、寂しすぎるような印象だ。


「おかしいわね……

 伯爵はいないわ……」

「また、お忍びで町に出かけているんじゃないか?」

 藍音さんの言葉に俺はゲンガーさんの店で伯爵に会ったことを思い出して口に出す。


「そうね。

 前にヒロとゲンガーさんの武器店で伯爵にばったり会ったことがあったわね」

 カオリが俺の言葉に続く。


「それなら、そこに行ってみましょう。

 だいたいの場所を教えて」


 藍音さんに伯爵邸からの方向と距離を伝えると、藍音さんは再びテレポートを発動し、ゲンガーさんの店の裏手に当たる人気のない路地へ俺達は瞬間移動した。

 すぐにゲンガーさんを訪ねる。


 店に入るとゲンガーさんがすぐに声をかけてきた。

「おう、トキヒロとカオリじゃねえか。

 お前達今までどこに行っていたんだ」


「ちょっと嫌な奴に追いかけられて遠くまで行っていた。

 ゲンガーさん、大会後に何かあったのか?」

 俺の答えにゲンガーさんは深刻そうな表情で答える。


「そうか……

 街にいなかったのか……

 実はな、カークの奴が王都の連中につかまった。

 何でも大会の優勝者を引き渡さなかった責任を問われたらしい。

 お前達がいなくなってすぐに王都へ連行されたから、今頃は王都について幽閉されている可能性すらある。

 元々、カークの奴は王城の連中と馬が合わなかったから、難癖つけてひどい目に会わされなければいいが……」


 俺達は呆然となる。

 別に俺達は犯罪者ではない。

 俺達をかくまったぐらいで伯爵という貴族を拉致監禁するなど許されるはずがない。

 俺が素直に疑問をぶつけると、ゲンガーさんは私見だがとことわって話を続けた。

「元々、カークそのものを排除していようとしていたのかも知れねえ……

 口実を見つけてこの期にカークを断罪しようとな……」


 俺達はお互いの顔を見回す。

「どうする」

 俺の問いにカオリが答える。

「出来れば助けたいわ」


「そうね。私たちが原因でつかまったなんて、とても嫌な気分よ」

「同感ね」

 香澄さんと藍音さんも同意する。

 ならばやることは一つだ。


 俺達はすぐにゲンガーさんに暇を告げると、王都へ向けてテレポートした。

 正規の入都手続きを踏む手間を省くため、城壁の内側のあまり目立たない路地へとテレポートアウトする。

 藍音さんが選んだ出現点はスラム街と商店街の裏通りが交差するあまり治安がいい場所ではなかった。


 俺達は取りあえず商店街の方へ移動してエルハンスト伯爵の消息を尋ねることにする。


 歩き始めてすぐの三叉路にかかったとき、ちょうど建物の死角から警備のための兵士が4人巡回しているのに行きあう。

 別に後ろめたいことをしているわけではないが、王都を離れた経緯が経緯なので、俺達はみんな下を向いて視線を合わせないようにしていた。


 将に4人の兵とすれ違おうとした瞬間、隊長らしき兵に突然声をかけられる。

「あんたは、香澄先生じゃないか」

 あまり大きい声ではないが、その声色には驚きが含まれている。


「あっ、シュリンガーさん」

 よく見ると、警備の4人はエルハンスト武術大会で俺達と剣を交えた近衛兵のシュリンガーだった。

「やっぱり、ベヒモスから生き延びていたんだな……

 良かった」

 シュリンガーは香澄さんに話しかける。


「はい、何とか無事でした」

 香澄さんの答えに頷く彼の様子は友好的で、俺達を拘束する様子も、俺とカオリが自分たちの対戦相手である仮面冒険者であることに気づくふうも見られない。


「訓練などの節は、親切にしていただきありがとうございました。

 諸事情で姿を消していましたが、ちょっと王都で探し人があり舞い戻りました」

 香澄さんも警戒している様子はない。


 藍音さんと香澄さんにはエンパシーという感情を読み解く能力があるので、彼らから敵意を感じていないようだ。


「そうか、それで誰を探しているんだ」


 シュリンガーの問いに一瞬答えるかどうか悩んだ様子で間が空くが、香澄さんは答えることにしたようだ。

「あの、出来れば私たちのことは内緒にしていただけませんか。

 ちょっと込み入った事情がありまして、協力していただきたいのですが、王国側であるシュリンガーさんに聞くのは少し憚られるというか……」

 香澄さんは言葉尻を濁す。


 シュリンガーはちょっと考えていたようだが、その香澄さんの様子から察したようだ。

「もしかして香澄先生達はエルハンスト伯の庇護を受けていたのか」


 どうやら正解にかなり近い推論を立てたようだ。

「流石に鋭いですね、シュリンガーさん。

 当たらずといえども遠からずです。

 私たちはエルハンスト伯爵を心配しています」


 香澄さんの答えに頷きながら、シュリンガーは言葉を選んで話し始める。

「伯爵の拘束は正直、パリスの奴とマーリニアの奴の暴走だと思っていた。

 しかし、どうやら国王も一枚かんでいるようなんだ。

 常日頃から真っ当なことを言い、人民に人気があるシュリンガー伯を好ましく思っていなかった国王が、マーリニアに密命を与えていたという噂が、王城の中でささやかれている。

 つまり、何か難癖つけられそうなこと柄があれば、それにかこつけてエルハンスト伯爵を失脚させろと言うような内容の密命だ。

 俺の立場で言えたことではないが、今の王都の政治は納得できるものではない。

 エルハンスト伯をどうにかしようものなら、内乱は確定だ。

 いや、既にこの状況ではエルハンストの領軍をまとめる者さえいれば内乱は確実に起こるだろう。

 正義は我になしと言うことは、王都に住むほとんどの人間がわかっている。

 このままではこの国の先行きは危ういと感じている機微に敏感な連中は引っ越しの準備を始めているくらいだ。

 治安の悪化も徐々に深刻化しているしな……、

 俺達近衛兵も時間を見て自主的に町中の巡回を始めているのが現状だ」


「そんなに王都の現状は悪いんですか」

 藍音さんの言葉に頷きながらシュリンガーは続ける。

「ああ、悪い。

 気がついていないのは国王に近い王軍と魔術師団の連中くらいじゃないか。

 俺も、いつでも辞められるように、昨日からは辞表を懐に忍ばせているくらいだ」


「そうであれば……、本当に協力していただけるかも……」

 藍音さんは小声で言った。


「ああ、取りあえず悪いようにはしないつもりだ。言ってくれ」

「わかりました。私たちはエルハンスト伯爵のいる場所を探しています」

 香澄さんが藍音さんに代わって答える。


「そうか。わかった。

 君たちの目的の場所は王城の地下牢だ。

 それを聞いてどうするのかは聞かないことにしよう。

 しかし、あそこは警備が厳重で魔法が発動できないように妨害の魔方陣もたくさん仕込まれていると聞いている。

 やるなら気をつけることだ。

 いや、これは俺の独り言だがな……」

「ありがとうございます。ご忠告感謝します、シュリンガーさん」

「なに、礼には及ばんよ」

 そう言うとシュリンガーは振り向くことなく部下の兵を連れて町の巡回にもどった。


「藍音ちゃん、エルハンスト伯爵の顔は覚えている。

 早速クレヤボヤンスで遠視して」

「まかせて、香澄ちゃん。もうやっているわ。

 王城の地下、王城の地下と……」

 シュリンガー達が行ってしまうと、藍音さんは早速探索を開始してくれたようだ。


「それにしても地下にかなりの数の廊があるわね。

 しかも、けっこうな数が使用中と言うことは、王城に幽閉されるような貴族やお偉いさんが、たくさん国王の不興を買っているということかしら」

「それだけ王家が腐敗しているということでしょうね」

「あっ、見つけたわ。

 あまり大きな怪我はしていないようだけど、随分汚れているわね。

 それに食料が十分ではないのかしら……

 先週あったときよりかなりやつれているわ」


 どうやら藍音さんは伯爵を発見できたようだ。

「どうする、みんな。

 このまま連れ出す?」

「そうだな。

 特に王国軍に配慮する必要はないと思うがどうだ?」

 俺は藍音さんの問いかけに対して自分の意見を言いながら、香澄さんとカオリを見る。

「いいと思うわ」「私もよ」


 了解が取れたので、俺は藍音さんに向かって話す。

「それではテレポートで伯爵を連れ出してくれ。

 しかし、シュリンガーの行っていた妨害の魔方陣は大丈夫なのか?」

「こうしてクレヤボヤンスで覗けている時点で、ESPを妨害するような魔方陣ではないと思うけど……」

「それもそうだ。取りあえず出来なかったらそのとき心配しよう。

 やってくれ」

「了解、みんなで行って、みんなで出てくるわよ」

 藍音さんがそういった瞬間、俺達は薄暗い地下牢の中に立っていたが、次の瞬間には一気にエルハンスト伯爵邸の私的会議室の控え室へ立っていた。


「藍音ちゃん、連続テレポートも上手になったわね」

「今では4連続までならほぼ出現ポイントの誤差もないわよ。

 ただし次元の境界を越えてのテレポートは連続だと集中力が持たないけどね」

「こんな荒技を使用して魔力は大丈夫なのか」

 俺の心配をよそに、藍音さんは何でもないというように手をひらひらさせている。

 流石にあの魔力量はこれくらいの集団テレポートではどうと言うこともないと言うことだ。


「ここは……

 それに君たちは……」

 突然の自体に言葉を失っていたエルハンスト伯爵がようやく事態を認識したようで、俺達に声をかけてきた。











次回は土曜の夕方に更新予定です。

変換ミスなどに気がつかれた方はお知らせいただけると助かります。

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