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第100話 今の俺 (主人公トキヒロ視点)


「どういうこと?

 説明して、ヒロ」

 カオリの質問に藍音さんと香澄さんが頷いている。


 俺はあらためてもうすぐ起こる雪崩事故について説明した。


 再び、場を沈黙が支配する。


「それで、トキヒロ君はどうしたの。

 今なら過去を変更できるかも知れないわよ」

 藍音さんが真剣にこちらを見ながら問う。


 そうなのだ。

 藍音さんのテレポート能力や藍音さんと香澄さんのサイコキネシス、俺とカオリのスキルを駆使すれば、仮に雪崩が起こっていたとしても、過去の俺を救い出せるかも知れない。


 しかしそれは今の俺にとってどう作用するのだろう。

 最悪、今の俺はいないことになるかも知れない。

 消滅……、その言葉が脳裏に浮かび、冷たい汗が背中に張り付く。


 俺は正直に言うと、前世に未練がある。

 それはそうだ。

 高校2年生で死ぬことになれば自分自身やりたかったこともまだまだあるし、両親にかけた迷惑を思えば、俺が死なないに越したことはない。


「もし過去を変えたら、今の俺は消えるのだろうか」

 俺はうつむき加減に視線を落として誰とはなしに聞く。


「正直そうなるかも知れないし、そうならないかも知れない。

 過去が変わったことで貴方の転生自体がなかったことになるのか、それとも分岐した世界としてどちらも存続するのか。

 それはやってみなければわからない賭けよ」


 藍音さんが真っ直ぐにこっちを見ながらいう。


「決めるのは貴方よ。

 私も香澄ちゃんも協力するわ」


 力強い言葉に俺は自分の考えを口にする。


「正直、リスクを承知で俺は過去の俺を救いたい。

 あのとき両親にかけたであろう迷惑と悲しみは避けることができるものなら避けたい。

 その結果、今世の世界に帰られなくなったとしても、現状俺は魔王と差し違えて死んだことになっているはずだしな……」


「その事実すらなかったことになる可能性もあるのよ」

「ああ、わかっている」

 カオリの視線を受けながら、俺は周りを見回す。


「頼む、協力してくれ。

 俺は過去の俺を救いたい」


「了解よ」「わかった」「もちろんよヒロ」

 3人の返事を聞いて俺達はすぐに立ち上がった。

 テレビの上の時計が10時30分を示していた。






 ここは北海道中央部付近にある巨大スキー場の上空。

 このスキー場は二つの大きなゲレンデがあり、山頂も2つ、山麓も2カ所に向かってそれぞれおりるようになっている。

 スキー場の中腹に、二つのエリアをつなぐ連絡コースがあり、前世の俺達は折からの悪天候で、自分たちのベースとなるエリアに向かって、連絡コースの急斜面を斜滑降している途中で雪崩に巻き込まれることになる。

 スキー斑の最後尾を遅れがちに滑っていた当時の俺は、折からのホワイトアウトしかけた視界の中、後ろから何か気配がしたような気がして振り向こうとしたところで、斜め後方から迫ってきた雪の大波を見た。

 後は天地がひっくり返る感覚と閉ざされる意識。

 前世の俺の最後の記憶である。



 今もあたりは吹雪で視界が悪く、レビテーションで浮いている俺達が周りから見つかる心配はない。


 俺達は防寒着を着込むと藍音さんのテレポーテーションですぐさま現場付近に移動していた。


 雪崩の正確な時刻は覚えていないが、10時半の近辺だった。

 果たして既に過去の俺は雪の中なのだろうか。

 俺ともこれから雪崩の下敷きになるのか。


 とそのとき、連絡通路の下方から人の叫ぶ声がかすかに聞こえてきた。

「おい、一人足りないぞ。

 誰だ。誰がいない」

 少し焦ったような大人の男性の声だ。


「先生、霞寺がいません」

「何、そういえばさっき後ろで雪塊が落ちていたようだがまさか」

 先生と呼ばれたスキーのインストラクターが焦った声を上げる。


「どうやら既に雪の中のようね。

 藍音ちゃんクレヤボヤンスで探せる?」

 香澄さんの声に、すぐ藍音さんが反応する。


「既にやっているわ。

 見つけた。

 すぐサイコキネシスで引き上げるわ。あっちよ」


 俺達は藍音さんの指さす方向へ向かって全速で移動する。


 現場は雪が流れた後があり、そこに雪まみれのかつての俺が横たわっていた。

 すぐに自分で確認する。


「心肺停止、体温はまだ高い。

 すぐに蘇生措置に入ろう」

 俺の言葉に、カオリが空間収納の袋から謎のポーションを取り出し、香澄さんが胸骨圧迫を始めようとするが、雪が柔らかいため旨く出来ない。

「ちょっと雪を固めるわよ」

 香澄さんがそう言うと、当たりの雪が半径3メトールほどにわたって突然1メートル以上の深さに沈む。

「サイコキネキスで少し固めたわ」

 そう言うや否や、すぐに心臓マッサージを始める。


「それじゃあ私が雷撃で……」

 藍音さんが勇者くんの蘇生で見せた雷雲を発生させようとするが、流石に過去の自分をあの惨状に遭遇させたくはない。


「いや、俺がやります。

 それより藍音さんはスマホで検索して、AEDの電圧を調べてください」

 俺はすぐに藍音さんを止めると雷撃の魔方陣を左手に発生させる。


「了解したわ。

 ちょっとまってね……」

 そう言うと藍音さんはすぐに大手検索サイトで調べ始める。

「圏外ではないわね。

 ええっと……

 1500ボルトね……

 良くあのとき勇者君は生き返ったね」

「そうですね……」

 調べた結果に、当時やらかした藍音さんとカオリが若干引いているが、今は一刻を争う。


「了解した。

 だいたいこれくらいだろう」

 俺は藍音さんが発生させた雷撃の6分の1程度の雷となるように魔力を調整する。


「準備完了だ。

 香澄さん離れてくれ」

 俺の言葉に、黙々と胸骨圧迫を続けていた香澄さんが少し離れる。


「では、行くぞ。

 サンダーショット」


 俺のキーワードで発言した小さな雷撃が過去の俺の胸部へと吸い込まれる。

 一瞬びくっとなって、再び横たわる過去の俺に、香澄さんが心臓マッサージを再開する。


 これは、もう一撃必要か……


 そう思っていたとき、変化があった。

「ううっ……」


 倒れている俺からうめきが聞こえる。


 やがてその目がゆっくりと開いた。

「ここは……」

 その視線が俺と交わる。


 俺は消滅していない。どうやら藍音さんが予測した最悪の未来ではなく、独立した分岐世界となったのだろう。

「気がついたか?」


 俺が声をかけると、雪上に横たわったまま、過去の俺が口を開いた。


「何故俺が目の前にいる……  それに若い……

 そうか……、お前は過去の俺、若かりし頃のジェフリー・ミストなのか……」


 倒れていた過去の俺からの言葉に、俺は混乱した。

 いや俺だけではない、その場にいた他の三人も混乱していた。







次話は明朝更新予定です。

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