海45
「なんなら願ごとを書いてみる?」
啞然とする三人にそう問いかけながら祝福の願書を差し出す。
一人一個ぐらい願いを書いてもいいだろう。急にふらえてもすぐに願い事は思いつかないだろう。
「私から書くね。えっ?軽い?」
半信半疑と言った感じでミキミが手をあげた。
自身の筆箱から一本のシャーペンを取り出して、差し出された祝福の願書を受け取るとその軽さに驚きの声をあげた。
「言い忘れていたけど、その本は羽のように軽いから怪我をしないように気をつけてくれ」
俺は三人に忠告をする。
こんな忠告なんて無意味だ。こんな軽い本で怪我なんてしないと思うし、俺の前では怪我なんてすぐに治ってしまう。
「じゃあ書くよ」
ミキミは自身の中で書く願いを迷っているようで数刻ほど悩んで、ようやく決まったのか。真っ白なページにペンを走らせる。そして書き終えると祈るように手を合わせて合掌した。願いが叶いますようにと願掛けのつもりだろう。願掛けをしなくても書いた瞬間に願いが叶うのに。
返してもらった祝福の願書の書いたと思われるページを見るとやはりミキミが書いた願いは読めない。日本語に見えるけど日本語ではない文字に見えてしまう。
「次はだれ?」
「次は私が書くね」
とタマコが俺の手からひったくるように祝福の願書を奪うとミキミから借りたシャーペンに願いを書いていく。
「え?」
願いを書き終えたタマコは祝福の願書を落として瞬時驚いた表情をした。俺を見ている気がする。
文章のように長々と願いを書いていた。何の願いを書いたのか知らないけど、大切な物だから落とさないでほしい。
「次はルカ。はい」
「はいって気軽にそんな物渡さないでよ。そもそもそんなもので願いが叶うの?それとも三人で私を騙そうとしているの?」
ルカは最後まで疑っていたが、思いきって書いた。
「ルカちゃんなんて書いたの?」
「そんなの恥ずかしくていえないよ。ミキミちゃんも言えないでしょ?」
ミキミとルカが抱き合うようなスキンシップでお互いの願いを聞き合う。
「私はね。いつまでも友達でいれますようにって書いたよ。ルカちゃんは?」
「わ、私も似たような感じで、私達四人仲良くいれますようにって書いたわ。タマコはなんて書いたの?」
ルカが問いかけてもタマコからの反応が無い。
何か動揺しているように見える。
ミキミとルカは予想通りなことを書いてくれた。ミキミは本当に望んでいることを書いて、ルカは急に願い事なんて思い浮かばないから当たり障りのないことに書いたのだろう。ボーと突っ立っているタマコはきっとヘルメスさん関係の願い事を書いたのだろう。
そして俺がヘルメスさんだということに驚いて放心状態になってしまったのだろう。タマコだけにはバレたくないと思っていたのに、ってタマコに祝福の願書を差し出した時点で分かっていたことだけど、後でタマコが俺の正体について誰にも喋らないように祝福の願書に書かなくてはいけなくなった。
タマコが書いた内容によるが、何の願いを書いたのか読めない以上、口止めの願いは無効になるかもしれない。
でもヘルメスさんスキーなタマコならヘルメスさんの正体を知った今なら俺に抱きついてもおかしくないのに衝撃的なことを知ってしまって固まっているように見える。もしや、書いた願いはヘルメスさんの正体ではないのではないだろうか?
「みんなこれで気が済んだ?」
祝福の願書を閉じた。正直三人がどんな願いを書いたのか興味ない。願いなんてすぐに思い浮かばない物で、本当に願いが叶うなんて半信半疑だったはずだ。さっきのルカのようにあたりさわりのない願いを書いて叶うかどうか確かめるはずだ。
ルカやミキミが今口にした願いは本当に書いた願いなのか他人の願いが読めない以上確かめるすべはない。それか他人の頭の中を読める能力者の手を借りるしかない。
一番早いのは他人の頭の中を読める能力を祝福の願書に書くのがいいのだが、他人の思考を読めるようになったら俺が人間不信になって病みそうだ。そんな恐ろしい願いは書いたりはしない。
「満足したでしょ?さあさあ、出てって」
互いの書いた願いの話題で盛り上がるミキミとルカや未だに固まっているタマコを部屋から追い出した。ミキミを追い出した時にペンを借りておいたが、ミキミ達が来たことで萎えた。四次元空間に祝福の願書をしまった。さっきみたいにベッドの上に置きっぱなしで誰かに読まれることも願いを書かれることもないだろう。
気分転換に外に出ることにした。
ミキミ達がどこいるのか視界で把握済み。それぞれの部屋にいるようだ。後は田中さんに見つからないように気をつければ。
「マヒルちゃん?また呼ばれたの?ちょっと待ってて」
静かに出ていこうとしたらあっけなく田中さんに見つかってしまった。
止められると思ったが、田中さんがキッチンの方へ走っていった。
「これ持って行って」
戻ってきた田中さんが持ってきたのはレジ袋に入った物だった。
「これは?」
「お弁当。お昼になったら食べてね。それとミキミちゃんが心配する前に帰って来てね」
そんなやり取りで得て送り出された。受け取った弁当は後で美味しくいただこう。弁当を四次元空間にしまった。
別に呼ばれたわけではないけど、このまま勘違いされたままでいよう。
俺はこの不思議空間の出入り口と思われる場所に向かう。
確かここら辺に出たはず。おお!あった。
ゲートと呼ばれる空間の靄を発見した俺は通り抜ける。
通り抜けた先の宿の玄関先から見える外の景色は未だに雨が降り続けている。あと数時間で24時間も経とうというのに雨は止む気配がない。
宿の傘立てから一本の傘を借りて誰もいない危険な街を探索しようと宿の外へ一歩、足を出した瞬間にぼしゃんと水辺に飛び込むような感覚と音が聞こえた。
宿の玄関先は石畳でできていて、水たまりが無かったはずだ。




