第二十三話 華恋の友達1
いつものように電車に二人で乗って下校していた。
電車に乗った華恋は頬をむすっと膨らましていた。
その様子は食べ物を頬張ったリスのようで、可愛らしかった。
浩明はあまり彼女を見ないようにしつつ、先程華恋から受け取った本を思い出していた。
華恋が今不機嫌なのは、何か浩明が彼女の神経を逆なでるようなことをしたからではなかった。
「戸高くん。あのキャラクターって生き返ったりしないの?」
「まあ、残念ながら」
華恋が怒っていたのは、先日新しく貸した本が原因だった。
(……毎日のようにお気に入りキャラクターについて語ってたから、いつかこうなるだろうとは思っていたけどな)
覚悟していなかったわけではない。それとなく、本当に気付かれない程度に死を匂わせていたが、結局華恋が気づく様子はなかった。
華恋がお気に入りになったキャラクターは、作品のファンの中でも人気が高かった。
人気投票では上位にいるキャラクターで、浩明もそのキャラが死んだときにはしばらく虚無感に襲われたほどだった。
この死は、それこそ作品のファンたちの間でも賛否両論の意見が飛び交うほどであり、華恋の怒りもわからないではなかった。
「まあ、けどあそこから生き残ることってほぼ不可能なんだよ。たぶん、作者さんも相当に悩んだと思う」
「でもね……悲しかったんだよ!」
華恋が本気で落ち込んでいたのを見て、浩明は苦笑する。
自分の勧めた本をそれだけ華恋が好きになってくれたことが純粋に嬉しかった。
ただ、少し言うのであれば、少々浩明が考える以上に落ち込んでしまっていることだけは、申し訳無さを覚えていた。
「それでも、物語の展開上、どうしようもない死っていうのはあるんだ」
「……どうしようもない?」
「ああ。本当は作者は殺したくないのに、けどもう殺すしかないってときができるらしいんだ。……俺はそこまでしっかりと作れたことはないけど」
「そうなんだ……」
華恋はそれでもまだ悔しさをにじませるような顔だった。
浩明はそれだけ華恋が熱心に読み込んでくれたことを嬉しく思っていた。
「……次の巻、気になるから帰りに借りに行ってもいい?」」
「ああ」
「それと、部屋がきちんときれいなままであるかも確認したいしね」
(それは、大丈夫だ。今のところ、まだ綺麗のままだ)
浩明は昨日たまたまゴミを捨てにいった自分を褒めていた。
電車が駅につき、人が乗り込んでくる。空席はすっかり埋まり、立っている人が増え始めた電車内をぼーっと眺めていたときだった。
「あれ、華恋ちゃん?」
不意に聞き覚えのある名前が呼ばれ、浩明も反射的にふりかえる。
そちらには、浩明たちとは別の制服を身に着けていた女性がいた。
制服をひとまず確認して、学校の知り合いではなかったことに一度胸をなでおろす。
それから、女性をじっくりと観察する。
ちょうど今、電車に乗り込んできたようだ。
髪は腰ほどにまで届くロングの髪、サイズの大きなメガネは地味めな印象を抱かせる。
メガネの奥から見える双眸は細められていた。控えめに片手をあげる仕草から、彼女の性格が表れているようだった。
えっ、と驚いたように華恋も目を丸くしていたが、その人を見てホッとしたように息を吐いていた。
「あれ、花ちゃん? 久しぶりだね」
華恋がその名前をいうと、女性――花が笑った。
「う、うん。久しぶり。も、もしかして、邪魔しちゃった?」
そんな花の少しだけからかうような笑みに、浩明は最悪の誤解をされたのだと察した。
華恋と浩明は目を合わせる。華恋の頬は赤くなっていたが、浩明もまた同じような色に染まっていた。
華恋が学校まで一緒に登校したことがないのを、彼氏彼女という誤解を受けたくないからと判断していた浩明は、慌てて首を振り。
「ただのクラスメートだ」
きっぱりと断った。その言葉に、華恋が少しだけ頬を膨らませた。
「……うん、ただの、クラスメートだよ」
華恋の友人に誤解させたくない。
浩明はただその一心であり、花はちらちらと華恋を見て納得したようにうなずいた。
「そうなんですね。ごめんなさい。……それと、はじめまして。神崎花っていいます。華恋ちゃんとは、中学からの友達なんです」
「そうなんだな。よろしく、俺は戸高浩明だ」
こくりと頷いて花に席を譲るように浩明は立ち上がる。
普段それほど気が利くほうではないが、それでもさすがに花だけ立たせるというのは悪い気がした。
浩明の動きに花がオロオロとした様子でみていたが、華恋がとんとんと隣を叩く。
「戸高くん、ごめんね、ありがとう」
「いやいい。神崎さん、どうぞ使ってくれ」
(まさか、俺が座ったあとが嫌だからってわけじゃないよな? だったら泣けるな)
花は二人の言葉を受け、ぺこりと頭をさげてから座った。
そんな花に、華恋が声をかけた。
「そういえば、花ちゃんも、電車通学だったね」
「うん。何度か一緒になったことあったよね?」
(そうなのか。たまたま電車の帰りが同じになったところか)
華恋は花と向き合いながらも、どこか視線は落ち着きなく揺れている。
ちらちらと華恋は花と浩明を交互に見ていたのだ。
その視線に気づいていた浩明だったが、その意味までは理解できなかった。
浩明は二人の会話を耳にしながら、じっくりと観察していた。
「それにしても、華恋ちゃん。彼氏じゃないのに男の人と一緒に帰ってるんだね」
(やっぱり誤解されるんだな)
「うん、たまたま一緒の方角に帰るから。……その、以前花ちゃんには話したでしょ? それで、ちょっと私怖くて……お願いしちゃってるんだ」
(……痴漢のことを話せるような仲の相手ってわけか)
「そうなんだ。よかったね」
「う、うん」
花の柔らかな視線に、華恋は露骨に困惑していた。
花は口元を緩め、華恋の耳元で何かをささやいた。
瞬間、華恋がぼんっと爆発でもするように頬を赤らめている。そんな風に焦っている華恋を見たのは初めてだった。
「やっぱり誤解してるじゃん!」
(……ああ、そういう類の言葉を言ったんだろうな)
「そんなことないよ? やっぱり共学っていいなーって思っただけだよ?」
(ってことは、神崎さんは女子校ってことか?)
「もう、そういうのじゃないって」
(そういうのじゃない、か。結構ぐさっとくるな)
「そうなんですか?」
花の視線が浩明に向いた。初めは地味目な奥手な子だと思っていた浩明だったが、こうも華恋を手玉に取っている姿を見て、警戒を強めた。
「ああ、そうだ」
浩明がそう答えると、華恋が少しだけ頬を膨らませた。
一体なんだと浩明はそちらをちらと見たが、華恋の視線も逃げるようにそれてしまったので、浩明はそれ以上に追及もできない。
花がそんな華恋を見て微笑んでいたときだった。不意に花の視線が浩明のカバンで止まった。
「あっ、マルマルくんですねそれ!」
花が目を輝かせながら、浩明のカバンを指さした。




