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反論を挟んでみるいとまもなく、四日市修平の饒舌は一層速度を増してゆく。いや、仮に、その猶予があったとて――。
「いいか? 知念。中島香苗に人柱としての求心力がないというのは、誰の目にも明らかなんだ。まずひとつに、やっぱりさ、障碍者をイジメるなんてのは誰にとってもハードルが高いわけよ。イジメっ子にだって良心の呵責はある。普通の人間にはなかなか難しかろうよ、そんなこと。現に、普段の中島香苗を考えてみなよ。イジメの触手は少しでも彼女に向かって伸びているか? むしろ彼女の周りには常に誰かしら人がいて、ワイワイ楽しくやってるじゃないか。そりゃあ、それは友だちと言うよりもペットを飼う感覚に近いものなのかもしれない。だけど、彼女の扱いはそれでいいんだよ、きっと。そして、彼女が人柱としての求心力を決して持ち得ぬふたつめの理由。それは」
ここで一度、四日市修平はわざとらしく間をとった。
「やっぱ、なんにも面白くねえんだよな。物が分からん相手をイジメたってさ」
それはまるで、陽気な小話でも披露したかのように――。四日市修平はそう言い終えると、まるで屈託のない笑顔を私に向けた。小林辰三のような、粗暴で粗悪な恐怖ともまた違う。私は、目の前のこの男にこそ、心の底が冷えてゆく恐怖心を抱いていた。
「いみじくも、知念が自分で言ったよな。中島香苗は変なあだ名をつけられたって悲しまないってさ。まさにその通りでさ、イジメってのは相手が辛い思いをするから楽しいんだよ。案山子相手に石ぶつけてみたって楽しいのは最初だけだわな。人柱が中島香苗じゃ、絶対にイジメる側はすぐに飽きる。――そして。求心力のない生徒が人柱になってしまうことの、一体なにがマズいっていうとさ。この制度は要するに、イジメる側にとっては枷でしかないんだよ。『はい、今日からあなたたちはあの人しかイジメちゃダメですよ』って言われてさ。その枷に黙って従うのか、あるいは暴走してしまうのか。それは人柱の求心力にかかってるんだと俺は思う。イジメる側が『よし、あいつならいいだろう』と納得するだけの、イジメの求心力」
考えてもみなかった角度からの、反論。四日市修平。あろうことかこの男は既に、今後この制度を取り仕切っていく者の立場から物事を考え始めていた。誰のことが嫌いか、誰が一番醜いか。そんな一次的な考え方ではなく、更に一つ上の次元――。“誰が一番、人柱として都合がいいか”を人柱選抜の主軸に置き始めていた。
だがそれは決して、この制度に感銘を受けたとか、イジメの被害者を減らしたいという大義を背負っている風ではなく、その口ぶりはまるでゲーム感覚のようでもある。
「だいたいさ」
四日市修平はなおも言葉を連ねた。
「知念は中島香苗のことを“誰も不幸にならないための唯一の切り札”って表現したけどさあ。『誰一人不幸にならない方がいい』と謳う和睦の精神と、『中島香苗は障碍者だからなにをしてもいい』と切り捨てる残酷さは両立しねえよなぁ、普通」
言われてみて私はハッとした。たしかに四日市修平の言う通りである。その言葉を受けて、他の選考委員からも漏れ出るような声が上がる。私は両耳が真っ赤に染まるのを感じていた。調子よく語っていたロジックの大きな穴、矛盾。
「なにかがおかしいよ、お前。なにかやましいことを隠してるんじゃねえのかぁ?」
その他六名の選考委員。本郷立会人、お面をつけた傍聴人連中。
彼らの視線が集う教室の中心で、私は吊るし上げられた。両耳は一層赤みを増していることだろう。唇は震え、目には涙が溜まっていたかもしれない。授業中に発言することすらままならない私にとって、この仕打ちは地獄の沙汰だった。
――だが。
腹の底の底から湧き上がってくるのは、羞恥心や敗北感だけではなかった。それは、怒りと表現することすら生温い真っ赤な激情。次から次へと押し寄せてきて、私の瞳に火を灯す。
この野郎。ぶっ殺してやる!




