2-2
「小林くんだけじゃない」私の視界は小林辰三からピントを外し、その他六名の選考委員を一人一人見渡していった。「ここでは“感情論”は抜きにして、合理的な判断をお願いしたい。イジメられたってなにされたって、なんにも感じやしないアホウ。中島香苗は、この人柱制度における唯一無二の“切り札”だよ。選ばれてしまった一人は必ず不幸になるはずのこの制度で、唯一許された、誰も不幸にならずに済む力業」
私のこの言葉を受けてか、小林辰三の憤怒の炎は再び大きく燃え上がった。
「ふざけんじゃねえ!! この野郎、黙らねえと本当にぶっとばすぞ。ごちゃごちゃ屁理屈ばかりぬかすな。だいたいな、中島は、お前が思ってるほどなにも理解できてねえわけじゃねえぞ。なにか嬉しいことがあれば笑うし、嫌なことがあれば悲しむんだよ。俺らと同じ、一人の人間なんだよ。てめえの物差しで勝手に測られたら中島もたまったもんじゃねえんだよ」
丁寧に釘を刺したというのに、相も変わらず感情論の羅列で嫌気が差してくる。気に入らない意見は恫喝することでしか封殺できない哀れな男。そもそもの話が、選考委員には各学級代表がそのまま就くというこの仕組みがなによりよくない。きちんと適性を見て選ばないから、こんな男まで紛れ込むことになる。
「それってさ。どこそこに頭をぶつけたとか、嫌いな食べ物を口にしたとか、そういう次元の“嫌なこと”でしょう?」
私はわざとらしく釣り上げてみせた口角を、右手で隠す素振りをしながら話を続けた。
「たとえば。朝、教室に一歩足を踏み入れたときに漂う歓迎されない空気。およそ親しみから生まれたものではないであろうあだ名を人づてに聞いたとき。授業中、二人一組のマッチングに時間を要してしまうこと。――そんなときも、中島香苗は悲しいと感じるのかな? 感情論はやめろ、小林。たしかにあなたの言うように、中島香苗もすべてを理解できないわけではないのかもしれない。だけど、決して忘れるな。もしも中島香苗を人柱の大役から逃がしてやったとき、代わりに人柱に選ばれる“普通の人間”は、中島香苗の百万倍は繊細な心の機微を持っているということを。あなたのくだらない正義感と感情論で普通の人間に人柱をさせることが、本当に正しいことなのかな?」
自分でも驚くほどに、次から次へと言葉が泉のように湧いてくる。言ってやりたいことが山ほどあるんだ。この世の中には、腹立たしいことが無限にあるんだ。激情が抑えきれない。腹の底から止めどなく押し寄せてくる。普段であれば、小林辰三のような人間に対してこれほど強い態度で接することは、私たちのような小市民にはあり得ぬことだ。片や、学級どころか学年の中心人物ですらある人望厚き野球部のホープ。片や、自他共に認める文学部の日陰者。“イジメられっ子の選抜会議”という非日常空間であればこそ叶った、小市民の下克上。さすがにぐうの音も出なくなってしまったのだろう、小林辰三のさきほどまでの威勢のよさはそこかしこへ霧散していったようだ。
「だけどさ」すっかり閉口してしまった小林辰三にとっては、まさに助け舟のタイミングであろう。一年四組学級代表、四日市修平が声を上げた。「たしかに言っていることは一理あるよ、知念。障害のある人をイジメるなんて、それはもちろん好ましかろうはずもない。だけど、そうでない人に比べれば精神的苦痛も少ないのでは、と。それはたしかにそうかもね。だけどさ、それはダメだよ知念。くだらない正義感や感情論で言うわけじゃない。中島香苗じゃあ、あまりにも“求心力”がなさすぎる」
求心力?
四日市修平の発言の意図がまるで理解できずに、私は間の抜けた声でその単語を反復してみるほかなかった。
「そう。小林の単細胞具合を批判する前に、知念も少しは考えてみなよ。誰だってさ、障碍者をわざわざ選り好んでイジメようだなんて、思わねえから。本郷立会人の話を聞いてみての、俺の感想。人柱に選ばれる生徒には、“こいつのことをイジメたい”と思わせるような求心力が必要なんだよ。じゃなきゃ、このシステムは成立しない」




