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8人のいじめたい子どもたち  作者: ゲロ豚
一話/開廷
4/13

1-3

 だが、しかし。たとえどれだけ不利な状況だろうとも。


「みんな」


 一握りの希望にすがって、私は指揮を執る。


「いいのか? こんな形で会議を終えてしまって」


 望み薄なのは理解している。しかしこのままでは終われない。


「稲田正太郎も一人の人間。君たちと同じ一人の人間だ。むろん、この制度では、人柱に選ばれた一人は必ず不幸になる。だからこそ、君たちには悩みぬく義務がある。そのたった一人の人柱を、こんな形で決めてしまってよいのだろうか?」


 この会議の原則は、あくまでも八人の選考委員が自ら物事を考え、議論をぶつけ合うこと。立会人の過干渉は禁じられているが、そんなことを言っている場合ではない。


「誰か一人は必ず不幸になる制度。であればこそ、選考委員となった君たちには、最後の瞬間まで熟考する義務があるのではないのだろうか。“ただ単に早く会議を終えたいから”。そんな理由で稲田正太郎の人生をぶち壊しにしておいて、この先も君たちの目覚めは快適か?」


 八人の感情を揺さぶるための重要なアイテムは“罪悪感”。稲田正太郎の名前を繰り返し挙げ、残酷な決断を少しでも先延ばしにさせる。――しかし。


「無駄ですよ」


 二組の学級代表、本条次郎ほんじょうじろうが合わせた掌の中で口を開いた。


「とにかく僕たちは、一刻も早くこの場から立ち去ってしまいたいんですよ。貴女がどんな詭弁で煙に巻こうとしても、それは変わらない。言うまでもなく、こんなけがれた談合になんて誰も参加したくはないんですよ。『僕たちはさっさと会議を抜けてしまいたいから、人柱は稲田正太郎になる』。この結果に不服があるならば、後ろの連中といくらでも書き換えてしまえばいい。僕たちはそれを止めやしませんよ。僕たち八人は、降りさせていただく。そちらの提示したルールにきちんと付き合うだけでも感謝してもらいたいね」


 一年二組、本条次郎。八人の選考委員の中で、恐らくはもっとも頭の切れる男。入学三ヶ月にかかわらず、その言葉には既に信頼感が宿っている。


「みんな」後ろを振り返り、七人に対して声をかける。「あの女がなにを言おうと惑わされては駄目だ。どんな目に遭わされるかわかったもんじゃないから、力技で会議を放棄してしまおうとは言わない。これが、僕たちなりの“放棄”だ。暴力をちらつかせて脅かすなら、こっちはきちんとルールに則ってやろうじゃないか。“意志”のない投票に罪はない。僕たちは、誰かをイジメたくて投票するわけじゃない。ただただ、この会議から抜け出したいだけだ。さっき、あの女はそのことがまるで罪であるかのように語ったが、そんなのは詭弁だ。悪いのは、僕たちにこんなことをさせる連中だ。僕たちに罪はない。いいか、僕たちに罪はないんだ。安心して票を揃えてくれ。この、腐った会議を終わらせるために」


 ――完璧だった。

 本条次郎の言葉には力があった。得も言われぬ説得力。力尽くで手を引っ張ってくれる頼もしさ。観客がいれば拍手喝采が起きていたかもしれない。この素晴らしき演説の後では、完全ヒールの私がなにかを言ってみたところですべては徒労であろう。


「随分と饒舌だな本条。さては稲田正太郎がお前の“本命”の標的だったか?」それでも私は最後まで足掻あがく。これほど見事にやられてしまってはもはやどうしようもない。だからと言って、指を咥えて見ているつもりもない。彼らは彼らの、“会議を終わらせる”という目的を達するために。私は私の、目的を達するために。「まるで皆を会議から救うような弁を振るっておいて、その実、自分の思い通りに稲田正太郎を人柱にするのが目的か。御立派だよ、完敗だ、頭の下がる策士ぶりだ」


 ドラえもんのお面から、舌打ちが聞こえてきたような気がした。これが無駄な足掻きであることなど、選考委員の表情を真正面から見据えているこの私が一番理解している。だからと言って――。


 三十分が経過した。

 自由討論を終了し、第二回投票へと移行する。選考委員は投票用紙に投票先を記入し、それを私が一枚ずつ回収して開票する。むろん、不正など見逃してくれる公正委員会ではない。私は名前を書き換えてしまいたい衝動を必死に堪えながら、しかし、なすすべなく淡々と己の業務を遂行した。


「開票を行う」


 無数の思惑が交差した。



 第二回投票結果


 中島 香苗 一票

 中川 卓志 一票

 本間 夕貴 一票

 竹川 健人 一票

 富田 里奈 一票


 稲田 正太郎 三票

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