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「ったく、泣いたって仕方がねえだろうよ」
泣き喚く私に気を遣うように、少し柔らかい声色で喜村恵一が声を上げた。
「泣いて同情してもらえるような次元の話じゃねえだろ、この会議は」
とはいえ、喜村恵一らしくしっかり皮肉まじりなその口ぶり。クラスでもいつも耳障りだった。
こっちの事情も、知らないくせに――。喜村恵一への苛立ちを拠り所にして、私は少し落ち着きを取り戻した。
そもそもの話が、どうしてウチのクラスの男子代表は喜村恵一なのだろう。
本条次郎や四日市修平とまでは言わない。脳が筋肉でできている小林辰三だってまだマシだ。他クラスの代表たちには、お互い大っぴらに声を掛け合ったりはしないものの、一息つけるタイミングで小さく言葉を投げかけたり、アイコンタクトを交わしたりというコミュニケーションが見受けられる。鵜飼登美子や犬飼美子などは、さぞかし相方の存在が頼もしいことだろうと察して余りある。
しかし一組の男子代表は喜村恵一だ。
本郷立会人に睨まれて私に助けを求める“頼もしさ”は他の三人にはない彼だけのものだ。そりゃあ、誰が相方だったとしても、私の主張に同意は得られないのかもしれない。だけど、本条次郎なら。四日市修平なら。私が困り果てているときには、気の利いた助け舟を出してくれたのではないか。そんな責任転嫁の“たられば”論が、今となっては捨てきれない。
――私の中に、そんな思いがあったからか。次の瞬間、喜村恵一が発した言葉は青天の霹靂のように私の身体を貫いた。
「だけど。俺は、大野裕子には投票しねえよ」
教室に、また小さなざわめきが起こる。
「こんな会議、俺もなにが正解なのかはわからねえ。だけどさお前ら、こうやって泣き叫ぶほどの女の子が、今、まさにここにいるんだぜ。どうせ全員は救えないこのルール。だったら俺は、せめて自分の目の届く範囲で誰かを助けたい」
一見、さもありなんというその口上。
しかし私はその言葉を聞きながら、背筋が凍るような気持ち悪さを感じていた。
一体、どういうつもりなのだろう。
喜村恵一とはそんな人間ではないはずだ。それは決して、たった三ヶ月という短い付き合いからそう判断したわけではない。その目つきが。口が。その声色が。喜村恵一の演説が仮初めの綺麗事だと主張する。
目を背けたくても悪臭漂う、それほどの違和感。
「そして、中島だの大野だの言う前に、お前らには今一度、考え直して欲しいことがある。これまでの会議の中で、“尊重されるべき重大な事実”があったと俺は考えている」
果たして彼は、なにを騙るのか。
しかし喜村恵一がなにかを企んでいようがいまいが、もはや興味はない。嘘でも、虚でも。大野裕子から投票を逸らしてくれるのであれば、その他のことはどうでもよかった。
――頼む。
一縷の望みを瞳に込めて、私はこの日初めて、喜村恵一との間にアイコンタクトを交わした。
第三話へつづく




