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――言ってやりたいことが山ほどあるんだ。この世の中には、腹立たしいことが無限にあるんだ。
だけど、言わずに済むならそれがよかった。ひとたび口にしてしまえば、誰にとっても汚点になるから。こいつらがきちんと正しい判断をしてくれて、中島香苗に票が集まるならそれが一番よかった。
だけど、もうだめだ……。
「正直に言ってみろよ」
この男が。
「中島香苗に投票し続ける本当の理由はなんだ? 知念」
四日市修平が、私の背中を押しやがるんだ。
「中島香苗が――」
私はぽそりと口を開いた。
それは、あまりにも静かなダムの決壊。我慢していた山ほどの言葉が、土石流のように押し寄せるのを感じていた。
「全候補者、百五十二名。たとえ誰がなんて言おうと、序列の最下位は中島香苗だよ。これは誰にも動かしようのない絶対的事実。そして――」
途方もないほどの怒りは、涙となって排出された。
「その“百五十一位”は、私たちのような人間なんだよ。四日市」
次から次へと、止めどなく。それこそ土石流のように涙が溢れる。だけど口元は不思議に笑う。張り詰めた糸はとっくに切れてしまった。
「どうしてみんな、中島さんだけには優しいの? どうして中島さんだけは人柱を免除されるの? どうして中島さんの周りには人が集まるの? どうして、“百五十一位の私たち”のことは誰も心配してくれないの?」
私が喋るのをやめると、教室内には私の嗚咽だけが響きわたる。誰も、なにも言葉を発しようとしない。
「……一体なにを言ってる、知念。俺たち選考委員は人柱候補から除外されているはずじゃ……」
小林辰三がそう言い終えるのを待たずして、私は言葉を遮った。
「そういうとこだよ、小林」
私はゆっくり黒板を指さした。そこには第三回投票結果が記されたままになっている。
大野 裕子 一票
「本条、小林。お前らのような人間には理解できないかもしれないけど、私たちだって生きてるんだよ。お前らからすればカスみたいな身の寄せ合いなのかもしれないけど、一応、大事な仲間なんだよ」
それは私にとってとても大切な、数少ない文学部の仲間だった。
「お前のクソくだらん偽善で私たちがイジメられっ子に“繰り下がる”だなんて、そんなの到底承知できねえんだよ……、小林!!」
激情が弾けた。私ごときの怒号に、頭ふたつは大きいはずの小林辰三がたじろくのが見て取れた。
憎い。自分の手の届く範囲だけ救ってやって、それで満足する偽善野郎が憎い。ハンディキャップを笠に着てすべてを許される障碍者が憎い。障碍者という“闇”だけがあまりにも濃く深く、その傍の日陰には目を向けないこの社会が憎い。
大粒の鼻水が机に落ちた。
意にも介せず、話を続けた。




