人間の思いやり、ゴリラの願い
――3時間後。
時刻【11時00分】
結婚式受付開始時間。
入口から、ゴリラが犬太へと繋げたバナ友たちが列を成していた。
先陣を切るのは胸元にバナナのブローチを付けた眼鏡が似合うスーツ姿の男性。
ゴリラの上司である工程管理課、課長。
いや、今年の辞令が下り、早期退職の波を越えて部長に昇進した雉島千鳥57歳だ。
実のところ、自分に役目がないことに寂しさを感じており、その気持ちをご祝儀に込めてきたのだ。
金額は、10万円。
雉島部長の小遣い2ヶ月分である。
緊張した面持ちで順番を待つ雉島部長の後ろには、守衛を筆頭に会社関係者と他の工程管理課メンバーに。
私鉄の職員である駅員、マルデ・プラザの面々が。
【バナナで憩いのひととき】の2人と常連客たちが並んでおり、それぞれにバナナやゴリラ、犬太や誠の話に花を咲かせている。
そんな賑やかな列の左側には、ニヒルな笑みを浮べるバナナ先輩と、巨大なバナナ型のバルーンに2人の似顔絵が置かれたウェルカムボードがあった。
そしてその向かい側。
式の参列者を確認する“ための”受付。
どんどん増えていく参列者を的確捌いていく女性たちがいた。
1人は薄黄色の控えめなドレス、ポニーテールで背が高く明るい雰囲気を纏った女性。
もう1人は薄桃色のドレス、小柄でボブヘアが似合う物静かな雰囲気の女性だ。
「こちらには、お名前のみをお願いします」
「あ、こちらは……このみつばちさんのシールに新郎新婦さんへ向けた一言メッセージを書いて頂く場所です。えーっとて……書けましたら、ウェルカムボード前にあるバナナ型のバルーンに貼り付けて下さい」
「はい、すももちゃん、シールどうぞ」
「ありがとうございます……マリンさん」
ゴリラを介して、2人一緒に居ることが多くなった亀浦マリン32歳と山川すもも30歳だ。
彼女たちが、新婦側の受付を担当している。
その右隣にいるのは、ゴリラのように大きくぴちぴちスーツ姿の白髪が似合う色黒な男性と、スリットの入った情熱的な赤色をしたドレスで決めたかっこいい女性だ。
足元には紅色のポメラニアンもいる。
「なんだったけ? えーっと」
「いや、だからさっきも言ったけどね。こっちが名簿でこのバナナの形をしたのがメッセージなのよ?」
「いや、でもどっちも名前書くなら一緒じゃないのか?」
「一緒じゃないの! バナナはシールになってるじゃないの!」
「お、おう……そうだな……」
「そうです」
「そういや、俺たちも企業として祝電とか贈らないといけないのか?」
「はぁ……そういうのは、ここで聞くことじゃないでしょう〜? それにもう締め切ってるわよ?」
「……そ、そうなのか?」
「そうよ」
ここでは、まるで長い間連れ添ったようなやり取りが繰り広げられていた。
その2人は、乙姫・コンビニエンス・カメ株式会社、社長兼人気YouTuber兼トレーナー早乙女臣105歳と、ゴリラの住まう地域の町内会長であり、ゴリラの勤める大手電機メーカー桃上の社長、山川桃子110歳だ。
彼らが新郎側の担当である。
今まで連絡を取らなかったというのに、こちらもゴリラのおかげでいい雰囲気? となったようだ。
《本日は犬嶋家、猪狩家の結婚式に参加頂きありがとうございます。会場に入られましたら、受付にて渡された席次表を確認して下さい。そちらに皆様の席が記載されております。新郎新婦より、それぞれに合わせた引出物が用意されていますので、くれぐれも間違いのないようにお願い致します。また、結婚式に参加される方は扉の前に控えている係員の指示に従って下さい》
式場に低くも聞き取りやすい声が響く。
声の主は式の進行、アナウンスを務めるのは、ツーブロックヘアに整髪料で固められた髪に四角い黒縁眼鏡が特徴で。
ゴリラが贔屓にしている眼鏡ショップTOWNDAYSの元やり手店員、花葉光月45歳だ。
光月もまたゴリラとの出会いをきっかけに、人間として一皮むけ店長となった。
こんなふうにバナ友たちが、それぞれの役目をこなしていった――。
☆☆☆
――30分後。
時刻【11時30分】
色とりどりのステンドグラスが輝き。
白で統一された厳かな雰囲気が漂う、結婚式場に設けられた教会の中。
本来、牧師がいる位置にはゴリラがおり「ウホウホ」と独り言を呟きながら、入念に段取りを確認している。
今の多種多様な世の中には、一概に結婚式と言えども人前式、教会式、神前式と色々なものがある。
だが、この式はそのどれも当てはまらない。
第4の挙式。
ゴリラ前式。とでも言うだろうか。
いや、バナ友挙式でもいいだろう。
とにかく、新たな式がここに確立されたわけである。
そして、その時は来た。
暖かい拍手が鳴り響き、白く大きな扉が開いた。
ゴリラは視線を向ける。
そこには緊張した表情、ピンと伸びた背筋で立つ犬太がいた。
ゆっくり、ゴリラの元へと歩いてくる。
ゴリラはその姿に思わず小さく「ウホゥ」と声をあげる。
彼のつぶらな瞳には、どこか無鉄砲で少し頼りなかった犬太が薄っすらと浮かぶ。
だが、瞬きをした瞬間。
切り替わる。
自分の真似をしては笑顔になる小さな人間ではなく。
大きく頼もしくも見える大きな人間。
自然とゴリラの目頭が熱くなった。
だが、そこは大人ゴリラ。
口を紡ぎ、必死に耐える。
そんな中、追い打ちを仕掛けるタイミングで扉が開く。
キラキラと綺羅めく白いベールと純白のドレス姿の誠がいた。
今までのことが、ゴリラの頭の中に浮かぶ。
決して長い付き合いではない。
それでも、人間大好きなゴリラにとっては胸に来るものがあったのだ。
「ウホゥ……ウホゥ……」
もう式どころではない。
ドラミングを越してしまい、そのつぶらな瞳からは、滝のように涙が溢れていた。
ゴリラが号泣してしまったことで、バージンロードを歩く2人にも異変が起きた。
「立派になりましたね……グスッ」
「ズズッ……ありがとうございます……熊主任のおかげです」
「そこは両親のおかげでしょうに……全く、グスッ」
まだ犬太の前にすら、来ていないというのに鼻水を啜るほどのもらい泣きしていたのだ。
周囲からは、優しい笑い声が響く。
そこから、1頭と3人は涙を流しながらもベールダウン、結婚誓約、指輪の交換と順当に? 済ませていった。
☆☆☆
――30分後。
時刻【12時00分】
目の前にゴリラ、バナ友たちが見守る中、お互いに涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった犬太と誠が並ぶ。
2人の瞳には、自分たちの姿写り、気恥ずかしそうにしながらも幸せに満ち溢れている。
《それでは、誓いのキスを》
アナウンスに押されて、2人はお互いの幸せを願うように瞳を閉じた。
そして、そっと唇を重ねる。
「ウ……ウホゥ……」
ゴリラは昂ぶる気持ちを落ち着かせる為に、内ポケットに忍ばせていたバナナキャンディを口に放り込む。
瞼を閉じて口に広がるバナナキャンディの味に全神経を集中させた。
だが、もう収まりがきかない。
一度泣いたから、大丈夫だと思っていたのに。
もはや、決壊したダムと同じようになっていた。
抑えようとすればするほどに、内から感情が溢れて出てくる。
「ウホッ、ウホッ、ウホー!」
ゴリラの雄叫びが響き渡り、ステンドグラスも共振してガタガタと音を立てる。
今まであれば、そんな彼を止めなければと華麗なる連携を見せていた。
しかし、ここにいる人間たちは全員バナ友であり、ゴリラのありのままを受け入れる心を持った人物。
ゴリラがゴリラらしく過ごせるようにと願っていたのだ。
なので、全員がゴリラを見守った。
すると、どうだろう。
あっという間に、ゴリラは落ち着きを取り戻し、いつも通りになった。
ゴリラは自分で気付いていなかったが、知らぬ間に人間のようになりたいと憧れていたのである。
だから、自分がゴリラであることにコンプレックスを感じ、いつしか抑圧するようになり、自然に収まるはずのドラミングもなかなか収まらなくなっていたのだ。
それを知った人間たちの思いやりが、彼を包んでいた。
「ウ、ウホゥ……」
ゴリラは自然に落ち着きを取り戻したことが、信じられない様子だ。
目を見開き、首を左右に動かす。
だが、同時に2人の大切な日を台無しにしてしまったのではないかとも思った。
「ウホ……」
ゴリラは見るからに肩を落とす。
犬太はそんなゴリラの手を力強く握った。
「主任! 2人で協力して幸せな家庭を築いていきます! こんなにも喜んでくれて、ほんっ……とーに! 嬉しいっす! これからも宜しくお願いします」
その手の上から、誠も握る。
「私からも、改めて宜しくお願い致します」
2人が不甲斐ない自分を許し、手を重ねて頭を下げてきた。
「ウホ、ウホゥー」
再び胸を打たれてしまい、涙を流す。
それを見て微笑む新郎新婦とバナ友たち。
終始暖かな雰囲気に包まれ、式は進んでいった。
☆☆☆
時刻【13時00分】
甘い甘いバナナとはちみつ、ほのかにコーヒーの香りが漂う披露宴会場。
様々な色に彩られたいくつもの丸テーブル。
その上には、工夫をこらした料理が並んでいた。
ここにいる誰もが人生の門出を迎えた2人を心から祝っている。
これはかつてサーカス団にいた、子ゴリラが日本に住みつきバナナ片手に世界を笑顔にしていく物語。
彼の武器は、その霊長類最強と言われる生物由来の圧倒的な膂力ではなく、人間の素晴らしさを誰よりも理解し、誰よりも愛するただの思いやり。
当のゴリラは何も知らないし、何もわかってはいない。
だが、彼は目の前の人間が笑顔でいることを心から願う。
この先も一房のバナナに願いを込めて。
ウホウホ
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
まずは最後まで読んで頂きありがとうございました!
これにて、ゴリラ物語の一区切りとさせて頂きます
皆さんは、ゴリラ主任の優しさとバナナの甘い香りに誘われたバナ友と言っても過言ではないでしょう(どういうことだ(笑))
読んでいる時は、流行りとは全く違うなんというかなんだこれは? 状態だったと思います(笑)
ですが、そんな皆さまのおかげで大幅な加筆修正を経て完結まで走り抜けられました☆
本当に本当にありがとうございました☆
この物語が皆さまの人生を明るくしてくれることを心から願っております☆
そしてどうか、スーパーでバナナを購入する際や、何処かでゴリラを見た時に、思い出して頂けると作者冥利に尽きます☆




