引越し
4月9日(土)
天気【曇り 最高気温18℃ 最低気温10℃】
時刻【14時30分】
ゴリラの住まう社宅から徒歩5分の場所にできた、7階建て新築マンション1階2LDKの一室。
玄関にて。
ここにスーツ姿のゴリラと雉島千鳥課長がいた。
なぜ1頭と1人が、そんな場所へ訪れていたかというと、ゴリラの勤める会社が定期的に行なっている、耐震調査の結果がよくなかった為である。
ちなみに、この人選は行きたいと言った山川すもも、犬嶋犬太、熊主任、雉島課長でじゃんけんをして決めたものだ。
そこで見事勝ち抜いた課長が、ゴリラと一緒に住宅の内見をすることになった。
「にしても、早めに下見するとは、何ともゴリラ君らしいな。確か、3ヶ月ほど猶予はあっただろう?」
「ウホ⋯⋯ウホウホ!」
雉島課長の言葉にゴリラは顔を横に振る。
雉島課長の言うように、転居までの猶予期間は3ヶ月。
これが普通の従業員、いや、人間であれば、期間内に引っ越しを済ませればいいと思うだろう。
しかし、彼は心優しきゴリラ。
あとになればなるほど、転居手続きなどを担当している総務部が大変になる。
であれば、早く動くことにこしたことはない。
そんな思いから、新居となるマンションの下見に来ていたのである⋯⋯いや、実のところもう1つ理由があった。
「そうか、確かに耐震調査の結果がよくないのは怖いな」
そう、耐震調査の結果が良くなかったこれも引っ越しを急ぐ大きな要因となっていた。
人間でも不安であろう。
だが、彼はゴリラ。
地震や火事などには、めっぽう弱い。
「ウホウホ」
「早く手続きを終わらせれば、総務部も楽に違いないか。ふふっ、その通りだな。いやはや、そこまで考えているとは――さすが、ゴリラ君だな」
「ウホ!」
雉島課長に褒められたことで、頬をほんのり赤くする。
「ふふっ、では、見ていくか」
「ウホー!」
なぜかゴリラよりも、はしゃいでいる様子の雉島課長を先頭に新居の下見を開始した。
☆☆☆
「ゴリラ君! ここはかなり良い間取りじゃないのか?!」
雉島課長は、新築新築の匂いに、ピカピカに輝くフローリングに興奮冷めやらぬ様子だ。
ゴリラの肩をパンパンと叩き、まるで自分の新居を見に来たような反応をしている。
確かにリビング・ダイニング・キッチンを合わせた広さも16畳とかなり広く、6畳洋室が2部屋とトイレとお風呂がつきのなかなか好条件の物件で。
キッチンは使い勝手のいいアイランドキッチン、そしてなんと食洗機付きである。
自炊したことのある人間であれば、食洗機のありがたみや憧れを持っていて当然。
それがゴリラに通じるのは別として。
「ここでいいんじゃないのか?」
隣に立つゴリラを見つめる。
しかし――。
「ウホ……ウホウホ」
「うむ……この部屋はトイレが小さいか……」
そう、トイレが人間仕様となっており、座ることすら叶わなかったのである。
「ウホウホ」
「そうか、では次の部屋に行くとするか」
「ウホゥ……」
「ははっ、なに気にしなくて大丈夫だ! 私も一緒に見たくて来たのだからな」
「ウホウホ?」
「ああ、確か……7階の角部屋は少し広いと言っていたな」
「ウホウホ」
「うむ、ではその部屋に向かうとするか」
「ウホ……ウホウホ?」
「ふふっ、ありがとう。2階くらいなら、階段でも大丈夫だが……さすがに7階となるとな……」
「ウホ!」
「では、お言葉に甘えてエレベーターでいくとするか」
「ウホウホ!」
そして、彼らはマンションの中央に設けられたエレベーターへ乗り7階へと向かった。
☆☆☆
――5分後。
時刻【14時35分】
ゴリラと雉島課長は、7階の角部屋に辿り着いた。
「おお! いいじゃないか! 天井もかなり高いんじゃないのか?」
「ウホウホ!」
彼らが訪れた部屋は角部屋の最上階ということもあり、2LDKで間取りなどほとんど同じだが、初めに見た部屋より天井が高い。
「……うむ。だが、肝心のトイレがどうなっているかだな」
「……ウホ」
雉島課長の言葉を受けて、ゴリラはゆっくりと頷き、1頭と1人は玄関の左手にあるトイレの前へ移動した。
☆☆☆
トイレ前。
ゴリラが先頭で、その後ろに課長が控えている。
「…………」
目を閉じて祈るように両手を重ねているゴリラ。
それもそのはずで、この部屋がダメということになると、いつもお世話になっている町内会長の山川桃子やその飼い犬である小さきバナ友ポメラニアンのさんたろうとも、離れてしまうことになるからだ。
もちろん、それだけではない。
最寄り駅の駅員や地元スーパーのマルデ・プラザのバナ友たち、それにジムで親しくなった亀浦マリンとも、会う機会が減ってしまうから。
慣れ親しんだ地域から離れることよりも、彼らとの交流が減ってしまうことが、何より嫌だったのだ。
だから、ゴリラはトイレの前で祈りを捧げていた。
どうか、天井の高さも、幅も大丈夫でありますようにと。
「……ウ、ウホ」
そして、目を見開きドアノブに手を掛けて扉を開けた。
「ウ、ウホ!」
声を上げるゴリラの前には、ゆったりとした洋式トイレがあった。
目測ではあるが、間違いなく座っても大丈夫な広さをしており、便座が自動で上がっていく最新型のトイレ。
「ど、どうなのかね?! いけそうなのか?」
その後ろで、トイレを覗こうとしている雉島課長。
そんな課長にゴリラは振り返り、満面の笑みで返した。
「ウホ!」
「そ、そうか! 良かったなぁ……私も安心したよ」
「ウホウホ!」
「いや、私は何もしておらんよ」
「ウホ、ウホウホ」
「ふふっ、バナ友だからな……まぁ、でもこれで自分の部下に怒られなくて済む……」
「ウホ?」
「いや……なに、もしもの話だ。決まらなかったら、きっと彼らが怒るだろうと思っただけだ。私も逆だったら、一言は言ってしまいそうだしな」
「ウホウホ!」
「ふふっ、そうだな。皆バナ友だから仲良くせんとな」
「ウホウホー!」
――こうして、ゴリラは無事住むところを決め
た。
☆☆☆
この数日後。
新しいマンションから、ご機嫌そうゴリラの鼻歌と小さなドラミング音が聞こえましたとさ。
ウホウホ




