みんなからのホワイトデー
「おはようございます! 主任ー! 起きていますかー?」
カメラを必死に覗き込むのは、ゆるふわパーマと糸目が特徴的な犬嶋犬太だ。
「こら、騒がしいですよ! 犬太」
その横で注意しているのは、さらっとした容姿と端正な顔立ちに、センター分けのサラサラな髪質が特徴の佐久間熊主任。
「朝早くにすみません。ゴリラ主任」
熊はインターホンに向かって頭を下げる。
「す、すみません……ついテンション上がってしまって」
犬太は肩を落とす。
「ふふっ、まぁ……なんだ。元気なのはいいことだ! そう怒らんでやってくれ、熊くん」
その後ろから声を掛けるのは、小柄で少し頬がコケた頭に老眼鏡を乗せているのが、印象的な雉島千鳥課長。
真面目さ故に、ピリついている熊主任に肩をぽんぽんと叩く。
「は、はぁ……課長がそう仰るのでしたら」
「うむ、犬嶋くんもあんまりはしゃぎ過ぎんようにな」
「……は、はいっす! そうですよね……次からは気をつけます!」
「あの、皆さん。ここは住宅地ですし、もう少し静かにされた方がいいと思いますよ?」
賑やかなやり取りを続ける3人の後ろから、少し呆れたトーンで声を掛けるのは、ダークブラウンの髪色にふんわりとしたボブヘアが特徴の小柄な女性社員、山川すももだ。
彼女は住宅街で騒ぐ3人と一緒に居たくないのか、少し離れて立っている。
ちなみに、犬太にぞっこんな猪狩誠がいないのは出張の為である。
「いや、でもここって僕らの会社の土地ですよね?」
犬太の何も考えていないというよりは、包み隠さない本音にすももはため息をつくと、その上司である雉島課長と熊主任に鋭い視線を向けた。
「そういうことではないんですけど……ね」
彼女は、その遺伝からかゴリラ相手にも物怖じしないだけあって、立場が上となる雉島課長、熊主任の2人を前にしても全く緊張していない。
寧ろ立場が上であるはずの2人が顔を見合わせて渋い顔をしていた。
「あはは……若いからな、うん」
「雉島課長……若いで片付けるには無茶があるかと……山川さん……すみません」
しかし、問題の発言をした犬太は、何がいけなかったのか全くわかっておらず、申し訳無さそうな顔をしている上司2人にその理由を聞いている始末だ。
「えっ!? 僕、なんかおかしなこと言いましたっけ?」
そんな犬太を前にして、すももは一度深く息を吐いてから、淡々と良くないことを述べた。
「えーっと。ゴリラさんの部下でしたら、もう少し色々とお考えになった方がいいかと。いくら会社が買ったとしても、近隣住民の皆さんに迷惑を掛けてしまっては会社の評判は落ちますからね」
普通の人であれば、凹むか不貞腐れるところなのだが、犬太はあのゴリラの部下。
素直さであれば、もうゴリラと遜色ない。
「あ、なるほどっす! 確かにそうっすよね……もう少し考えて物を言うべきでした! すみません!」
犬太はよく頭を下げる。
その一部始終を見ていた雉島課長と熊主任は苦笑いを浮かべていた。
「あはは……山川くんには敵わんな……」
「ですね……私としたことがすみません」
「いや、それを言うなら私にも責任があるだろう」
2人が自分たちの責任について話していると、犬太が大きな声をあげた。
「待って下さいっす! それなら僕が一番だめだと思います」
まるでやまびこのように響く声。
すももは、そんなやり取りを続ける3人に冷たい視線を向けた。
「――あの? もしかしてふざけています?」
「ははは……すまん」
「いえ、ふざけてはいないのですが……そのすみません」
「あ! デカい声を出してしまったっす……すみません……」
彼女は自身を前にして頭を下げる彼らに、僅かに微笑むと話を切り替えて、家に訪ねてきた理由をインターホン越しにゴリラへと説明した。
「――ということです」
《ウホウホ》
「はい、渡すだけですので開けてもらうだけで大丈夫です」
《ウホー!》
すももたちが来た理由は、どうしてもゴリラへ渡したい物があるからだった。
☆☆☆
――話し終えたゴリラが扉を開けた時。
そこには誰もおらず、通路に大きな黄色い箱が置かれていた。
「ウホウホ?」
ゴリラはきょろきょろと周囲を確認する。
だが、やはり周囲に人影は見当たらない。
不思議に思いながらも彼は目の前に置いてある箱を手に取ると、そこには職場全員からのメッセージが書かれた寄せ書きが挟まれていた。
「ウ、ウホ……」
ゴリラはまじまじと寄せ書きを見つめる。
そこには紙いっぱいに部署関係なく、ゴリラが関わってきた人たちからの感謝の言葉と労いの言葉が書かれていた。
「ウホウホー! ウホウホー!」
皆からのメッセージが嬉し過ぎて、反射的にドラミングをしてしまう。
そのつぶらな瞳は少し潤んでいる。
すると、エレベーターが1階へと到着する音と同時に犬太の声が響いた。
「主任ー! それ僕たちからのホワイトデーのプレゼントっすー!」
1階から大きな声を上げるのは、先ほどまで6階にいた犬嶋犬太だ。
プレゼントを渡せたのが、よほど嬉しいようで満面の笑みを浮かべて、ゴリラに向けて手を振る。
その横で注意するのは熊主任、注意してもなかなか大声をやめない犬太に困り果てていた。
「こ、こら、犬太! 声が大きいぞ」
「あ、すみません!」
だが、素直な犬太は注意された瞬間に頭を下げる。
そんな2人の後ろに居ている雉島課長は、自分たちから少し離れて立ち不満げな表情を浮かべるすももに声を掛けた。
「あはは、まぁサプライズ成功したわけだし、いいんじゃないか? 今くらいは――」
「……そうですね。これを注意するならゴリラ主任にも注意しないといけなくなるので、今回はお咎めなしということで」
その言葉を聞いて安堵する一同。
「では、いくとするか」
「はい、もう出社しないと不味いですしね」
「本当っすね! もうこんな時間ですよ!」
犬太がポケットに入れていたスマホを確認する。
スマホの画面は【7時00分】を表示していた。
「私は、先に行きます」
工程管理課に所属する3人を置いてすももは、すたすたと歩いていく。
だが、何もないところで躓いた。
「わっ――」
彼女はその動きを止めて、ゆっくりと振り返る。
そして「見ましたね……」というと、顔を真っ赤にしながら逃げるように会社へと向かっていった。
「あれは、僕らが悪かったんっすかね……?」
「いや、あれは悪くない」
「うむ……悪くないな……コホン! まぁ、その仕事が待っているからな――」
「そうですね……いきましょう」
「えっ、あ、ちょちょっと! ではー! 主任ー! 午後にー!」
「ウホー!」
こうして、彼らもすももに少し遅れて会社へと向かっていった――。
☆☆☆
――20分後。
時刻【7時20分】
6階の一番角に位置するゴリラの住まい。
バナナラックに掛けられたバナナから甘いの香り、そしていれたてコーヒーの香ばしい匂いも漂うリビングにて。
突然の訪問により、中断していた作業を終えたゴリラは、みんなからもらった黄色い大きな箱を開けようとしていた。
「ウホウホ! ウホ――ッ」
ウキウキ、ワクワク高鳴る鼓動。
嬉しさと期待のあまりドラミングをしそうになるが。
「――ウホッ」
グッと堪えてプレゼントを開ける。
「ウ、ウホッ!?」
ゴリラが箱を開けると――。
その中には、新しい大きなバナナの抱き枕が入っていた。
大きさは160cmとゴリラが抱きついて寝るにはぴったりのサイズだ。
「ウホウホ! ウホウホー!」
ゴリラはあまりにも嬉しくて子供のようにその場ではしゃぐ。
それもそのはずで、ダイエットを開始した際に愛用していたバナナの抱き枕を噛ってしまいボロボロとなっており、捨てることはなくても少し悲しい気持ちになっていたのだ。
そんな中、新しいバナナの抱き枕が大好きなバナ友の皆からプレゼントされたのである。
喜びはひとしおだ。
「……ウホゥ」
ゴリラは、その抱き枕をぎゅっと力強く抱き締めると、幸せそうなあたたかい笑顔を浮かべた。
☆☆☆
――そして、この後。
色んな場所で可愛いラッピングをしたバナナを配り回るゴリラの姿が目撃されましたとさ。
ウホウホ




