ハロウィン
10月31日(木)
時刻【18時00分】
天気【曇り 最低気温20℃ 最高気温25℃】
今宵はハロウィン。
日本では、自分のしたい仮装をしてテーマパークであったり、自治体が主催するハロウィンイベントに行く文化となっていた。
そして、ゴリラである彼もまた同じように影響を受けていた。
「ウホウホ」
ゴリラは玄関に立て掛けられた鏡で身なりを確認する。
そこに写る姿は、凛々しく艷やかな黒色の体毛に覆われた顔をではなく、サングラスをかけたニヒルな笑顔が特徴なあのゆるキャラが写っていた。
そう、ゴリラはなんと大好きなバナナ先輩に扮していたのだ。
ちなみにバナナ先輩というのは、サングラスをかけたニヒルな笑顔が特徴で、剥けたバナナの皮が服で果実部分に顔が描かれているゆるキャラだ。
何か……いや、どこかハロウィンというものを履き違えているかもしれないが。
そこは彼にとって些細なことでしかなかった。
ゆるキャラであれど、好きな物を身に纏う。
これがゴリラのハロウィンスタイルなのだ。
しかし、ゴリラは鏡を見つめため息をつく。
「ウホ……」
ゴリラは困っていたのである。
バナナ先輩の着ぐるみ姿でテーマパークにいけるのかどうかを。
ちょうど1週間前にアイランドスタイルジャパン略称ISJに仕事終わりに行こうと、犬太に誘われた。
『主任! 予定がなければ一緒に行きませんか? バナナが好物のキャラクターもいますよ!』
犬太が言うには、バナナ好きなキャラクターのアトラクションもあるとのこと。
だから、ゴリラは二つ返事をし、特大サイズのバナナ先輩の着ぐるみをまさかの自分で作ってしまった。
製作期間はしっかり1週間。
真面目なゴリラは、この為だけにミシンを買い、バナナ先輩にあった色味の生地を探し回り【初めてミシンを使う方に】という書籍まで購入し。
今朝全て終えて、出社した際に犬太をはじめとした工程管理課のメンバーに披露したのである。
だが、よくよく考えれば、そのアトラクションのキャラクターに扮するべきじゃなかったのかと考えるようになり、今に至る。
とはいえ、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
犬太達が待っているのだから。
ちなみに、今回の参加メンバーはゴリラ1頭に犬嶋犬太、猪狩誠、山川すももの3人。
雉島課長と熊主任は予定があるらしく、参加は出来ない。
「ウホ!」
鏡に写る姿に不安を覚えながらも気合いを入れ、これもまたこの日の為に購入した物だが、バナナの形をしたショルダーバッグを肩にさげ家を出た。
☆☆☆
――50分後。
時刻【18時50分】
ゴリラはバナナ先輩の格好で電車を乗り継ぎ、待ち合わせ場所であるISJがある駅へと到着していた。
「……ウホウホ」
ゴリラは不安になりながらも、周囲を確認する。
ここまで来るまでにも、周囲からどう見えているのか少し気になっていた。
普段であれば、気にもとめない。
だが、テーマパークで仮装は都会のジャングルを生き抜いてきたゴリラにとっても初めてのことだったのである。
不安になるのは仕方なかった。
そんな彼の視界に犬太、誠、すももの姿が入った。
「……ウホ?」
3人は改札口から見て左側にある、コンビニの前でスーツ姿ではなく、だが特に仮装しているわけでもない動きやすいスニーカーに合わせたカジュアルな服装でゴリラを待っていたのだ。
しかし、ゴリラ表情は喜びよりも戸惑いといった感じである。
つぶらな瞳を見開き、3人の服装をまじまじと見つめていた。
「ウッ、ウホウホ……」
もちろん、自分のように全身仮装してくるとは考えていなかった。
だが、まさか全く仮装してこないとは。
ゴリラは複雑な気持ちになってしまい、小さくため息をつく。
「ウホゥ……」
その佇まいは、萎びたバナナ……いや、萎びたバナナ先輩といったところだ。
すると、コンビニから、ゴリラの姿を見つけた犬太が満面の笑みを浮かべながら駆けてきた。
「主任ー!」
そして傍に来るなり、ゴリラの服装を目を輝かせ興味深そうに見つめた。
「おお! 完成したんですね! めっちゃ羨ましいっす!」
「ウホウホ?」
「ああ、僕ですか? 僕も用意してますよ――」
犬太は、背負っていたリュックから犬耳がついたカチューシャを取り出し頭に付ける。
「これ、誠さんが用意してくれたんっすよ! どうですか? 似合いますか?」
これは、誠が犬太に似合うからといって見繕った物。
ゴリラは仮装してくれることももちろんだが、間接的に誠と上手くいっていることができ嬉しくて微笑む。
「ウホウホ!」
「えへへ! ありがとうございます!」
1頭と1人が会話に華を咲かせていると、今度は誠とすももも駆けつけてきた。
その様子は少し不機嫌そうだ。
「お二人とも……早く行きましょう。この日はただでさえ混むんですから……」
すももは予め今日は混む日だということを把握していたのである。
ハロウィンの時期でも、この日は営業時間が翌朝の5時までとなる人気の日ということを。
「そうですよ! 犬太はまあいつものこととして……ゴリラ主任! 早くパーク内に入らないと何も乗れなくなってしまいますよ!」
「誠さん、いつものことって……ちょっと傷つくっす」
「いや……それは言葉のあやで……それが悪いっていうわけではなくて――そういうところもいいっていうか――」
注意したかと思えば、ツンデレキャラのように誠は頬を赤らめる。
単純で純粋なゴリラの性格を継承してしまっている犬太も犬太で、誠の反応に感動していた。
「誠さん……」
2人だけの世界を繰り広げていようとも、ゴリラはその姿を心か嬉しく思えた。
だが、ふとした“間”に滑り込む影があった。
「むう! 2人の世界に入らないで下さい。早く行きますよ!」
そう、すももである。
慈愛に溢れているゴリラはともかく、普通の人であれば恋人同士のいちゃつく姿など、見るにたえない。
ごくごく普通のことだ。
しかし、実はそれだけではなかった。
すももの中に、ほんの少しだけ羨ましいという感情があったのである。
とはいえ、まだ本人はこの気持ちが誰に向いていて、何故不快に思ったのか全くわかってはいない。
誰に矢印が向いているのか、誰がどう見てもわかるほど、態度や仕草に出ているというのに。
「ゴリラさん……先に行っちゃいましょう……」
すももは2人を前にして幸せそうな顔をしているゴリラの手を引く。
「ウホ!」
笑みを浮かべ引かれた手を握り、歩みを進める。
ゴリラはゴリラで、そこまでテーマパークを楽しみにしていたのかという考えに至っていた。
「主任ー! すももさーん! ちょ、ちょっと待って下さいよ!」
「私としたことが! 犬太、呼んでも無駄です。早く向かいましょう!」
「はい!」
2人の世界状態となっていた犬太と誠も、先に行く1頭と1人の姿を見て駆け足で向かった。




