ポテトアップルパイ
――ゴリラが電車で揺られること10分。
時刻【8時57分】
彼は目的のスーパーがある駅へと着いた。
自分が電車に乗った時点で、待ち合わせ時間には間に合わないことはわかっていたので、グループLINE【バーベキューでバーっとはしゃぎたい】に一報を入れていた。
ちなみにこのセンス溢れる(?)グループ名を命名したのは、主催者である雉島課長である――。
課長は参加人数が増えたことで浮かれてしまい、勢いのままこのようなグループ名を付けてしまったわけだが――招待された時、画面の向こう側で苦笑いを浮かべる工程管理課メンバーwith山川すもものたちの気持ちに気付かないままであった。
そんなグループLINEへ送ったメッセージに既読がついたことを確認したゴリラは、ホームから階段を下り、駅構内にあるサツマイモスイーツ専門店を横目に正面の中央改札口へと足を進めた。
「ウホウホ」
すると、焼き芋のほっこりする甘い匂いと名物のポテトアップルパイの甘酸っぱいのにバターを感じさせる濃厚な香りが漂う。
思わず、ヒクヒクと反応してしまう黒い鼻。
「ウホウホ」
いくら彼の主食がバナナなどのフルーツといっても、美味しい物は美味しいのだ。
ましてや、彼は都会に住まうサラリーマン系ゴリラ。
ポテトアップルパイの1つや2つ食べていないわけがなかった。
焼き芋のほっこりする甘みにホクホクした食感。
火を通したりんごの甘くほのかに感じる酸味。
そして、バターをたっぷり使用したサクサクのタルト生地に、全てを纏め上げる濃厚なカスタードクリーム。
焼き芋+焼きリンゴ+タルト生地×カスタードクリーム=ウホ美味しい。こんな方程式が、その頭の中で組まれていく。
そのせいで、頬が緩む。端正な顔立ちのゴリラが、今にもよだれを垂らしそうな表情を浮かべていた。
足取りまで重くなっている。
「ウホウホ……」
これが”後ろ髪を引かれる”といったところだろう。
ただ、彼はゴリラなので”全身の毛が引かれる”というのが正しいのかも知れない。
しかし、この先で部下たちが待っている上、賞味期限35分のバナナジュースにもありつける可能性だって十分にあるのだ。
なので、ゴリラは頭に浮かんでしまった食欲という雑念を振り払う為、首を左右に勢いよく振った。
「ウホ! ウホ!」
速すぎて残像が見えるほどに。
こうして彼は、高速で頭を振ることで、雑念を振り払うことができた。
ゴリラは軽快な足取りで、視線の先にある中央改札口へと向かった。
「ウホゥ、ウホゥ!」
大きく黒いその手には、バナナが描かれたケースに入ったスマホが握られており、慣れた手つきで改札機にかざし通り抜けていく。
「ウホウホ!」
もちろん、彼は都会に住まうインテリゴリラ。
決済はスマホでスマートに済ます。
「ピッ♪」という音と共にゲートが開く。
それだけで浮かれてしまうのが、都会派インテリゴリラの可愛いところだ。
これが普通の改札なら、人間の倍ほどの体重の誇る彼が通り抜けることは難しい。
しかし、この駅は各所でバリアフリー化が進んでおり、ゴリラでも通れる改札がいくつも存在するのだ。
「ウホウホ」
だから、そこを選び進んでいく。
改札を通り抜けたゴリラは、正面の柱に掛けられている周辺の地図で待ち合わせ場所となっている地元スーパーの位置を確認しようとした。
「ウホウホ?」
黒く太い指でなぞりながら、目で追う。
通い慣れていない土地では、いくらインテリゴリラでも場所の把握は難しい。
困ったゴリラは、その手に持っていたスマホでスーパーの場所を検索する為、フリック入力で素早く文字を打ち込んでいく。
「ウホ、ウホ!」
そして、虫眼鏡マークをタッチした。
「ウホウホ!」
ゴリラは読み込み画面をまじまじと見つめる。
すると、検索結果の一番上にそのスーパーが入っている商業施設の名前【トルクネ】が表示された。
このトルクネという商業施設は、地下1階から、5階まである地元に根付いた場所。
各フロアごとに、食材や飲食、ファッションと雑貨、健康と美容、趣味と集いと分けられている複合商業施設だ。
B-SITEと並ぶ、この地域の名物的施設といっても遜色ない。
そして、ここに入っている地元スーパーがゴリラと部下たちが待ち合わせしている場所だ。
待ち合わせしていた店の場所がわかったことで安心したゴリラは「ウホゥ……」と声を漏らしながらも、ルート案内と表示された部分をタッチした。
案内が表示されたスマホの画面には、青い矢印で目的地までの経路が、画面下部には到着予定時間が表示される。
【到着予定時間 徒歩5分】
今の時刻は【9時00分】
どうやっても5分は遅れてしまうので、ゴリラは申し訳ないと思いつつも、もう一度グループLINEに連絡を入れた。
【バーベキューでバーっとはしゃぎたい】グループLINEにて。
ゴリラ
「ウホウホ……ウホ」
犬
「わかりました! 僕らは先に入ってるんで、お気をつけてっす」
猪
「お気をつけて! 食材調達班の役目、完璧にこなしてみせますので」
犬
「そ、そうことですので、問題なしっす」
猪
「はい! 私に任せて頂ければ全く問題ありません!」
熊
「猪狩さん、犬太と仲良くやって下さいね」
猪
「お任せ下さい! 熊主任!」
犬
「よろしくっす」
雉
「皆、準備ありがとう。私はさっき熊君とすももちゃんと合流したところだ。ああ、そういえばバーベキューの会場は各自わかっているかね?」
桃
「それは私が前日グループLINEにホームページのリンク等を送ったので、問題ないかと思います……それに皆さん、子供ではありませんし」
雉
「あ、いやほら、一応の確認だよ」
桃
「確認ですか……わかりました」
ゴリラ
「ウホ……ウホウホ?」
雉
「ああ、そうだ。○○市の○市という駅近くにある自然の里という施設だ」
ゴリラ
「ウホ!」
雉
「時間は覚えているかね?」
ゴリラ
「ウホウホ」
雉
「ああ、そうだね。10時だ。犬太と猪狩さんは大丈夫かね?」
犬
「はい! 大丈夫っす」
猪
「はい、問題ありません」
桃
「ふと思ったのですが……私たち3人は隣にいるのにLINEをする必要があるのでしょうか?」
熊
「あはは……確かに、それはそうですね……」
雉
「う、うむ……確かに……」
ゴリラ
「ウホウホ!」
雉
「あ、そうだな! 食材調達班の皆よろしく頼む!」
ゴリラ
「ウホ!」
犬
「任せて下さいっす」
猪
「はい! この猪狩にお任せを!」
LINE内だというのに、すももの勢いに飲まれている雉島課長や熊主任、先に食材調達をしている犬猪コンビのことが気になりながらも、彼は頼もしいバナ友たちを信じることにした。
だというのに、スマホからの通知が止むことはなく、未だにグループLINE内で個性豊かな人間たちのやり取りが繰り広げている。
そのメッセージを見てゴリラは微笑んでいた。
「ウホウホ」
そして、念の為にもう一度、スマホで経路案内を確認するとポケットにしまい、足早に駅構内を抜け、犬太たちが買い物をしているスーパーへと向かった。




