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観月仕度

作者: 把 多摩子

挿絵(By みてみん)

 ねぇ、お月見をしようよ!

 君がそう言ったので、僕は詳しく調べることにした。


 月見とは、秋の澄み渡る空気に浮かぶ美しい月を眺める、という雅な風習。

 遠い昔から続くこの風物詩は、いつの時代でも人々を和ませてきたのだろう。


 供え物として、ススキ、月見団子、そして栗や芋などの収穫した農作物を用意するらしい。

 それら三種の神器とともに、冴え冴えとした月を見上げるのだ。

 

 特別感を出すために、漆器の三宝を用意してもいい。

 そこに白い団子をピラミッド状に重ねれば、芸術的な雰囲気だ。

 

 刈り取ったススキを、シンプルな一輪挿しに飾る。

 (ざる)毬栗(いがぐり)を乗せ、傍らに置いて。

 無骨なぐい呑みには、月の面影に負けないキリっとした口当たりの酒を。


 想像したら、愉快な気分になってきた。

 月見とは、心を癒すものなのかもしれない。


「ねぇ、ススキは必要なの?」

 僕が走り書きしたメモを見て、君は首を傾げた。


 鮮やかな色を好む君には、少し地味な植物かもしれない。

 でも、風に揺れる穂は、白波のようで美しいと思う。

 黄金の草原、そんな表現が似合う植物だ。

 子供の頃に見た『日本の名所百選』に、そんな光景が掲載されていたっけ。

 一度、この目で見てみたいと思う。

 そんな中で月を仰げば、迎えが来ると勘違いしてしまいそうだね。


「ススキは厄除け祈願のようなもので、来年の豊作を願う意味があるんだって」

「ふぅん……豊作を願う、ねぇ? 私たちには不要な気がするけど、 古式ゆかしく愉しむのもいいね」

 君は納得し、ふふふと笑った。


「平安時代の貴族たちは、舟の上で月見を楽しむこともあったそうだよ」

「へぇ、面白そう! でも、平安時代っていつの話?」

「十二単や源氏物語が流行った頃、と言えば分かるかな?」

「あー、なんとなく! 紫式部や清少納言ね!」

「そうそう。鎌倉幕府創始まで続いた、四百年あまりの時代さ。その頃にはすでに月を愛で、神に祈りを捧げてきた。……信心深いよね」

 

 自然を神とし、身を委ねて生活していた人々は、天候こそ神の意志だと信じていた。 

 悠然と空に浮かぶ丸い月は、それこそ神そのものだったのだろう。

 月には『神の使者であるウサギが住んでいる』だなんて、可愛らしい物語もあった。

 実際、月にウサギはいなかったけど。


「全部用意出来そう?」

 メモを指先でなぞり、君が問う。

 僕は努めて明るく、首を横に振った。

「……ごめんね。無理だから、代わりのもので我慢しよう」

「まぁ、そうだよね」

 肩を竦める君だが、こういうのは雰囲気が大事なんだ。

 代替品でも、十分想いを馳せることは出来る。

 

 そう、全て用意することは不可能。

 だって、僕たちがいるこの場所こそ、月なのだから。


 御先祖様たちが後先考えず地球を汚したせいで、人類は月に引っ越した。

 けれど、月の表面で生活することは出来ないから、地中で暮らしている。

 記録された文化遺産である地球上での生活を見るたびに、僕らは溜息を吐いた。

 この場所とは、天と地の差。


 黒い宇宙に浮かぶ、昔は青かったらしい地球という惑星を眺める。

 あれこそが、僕らの故郷。


「さぁ、月見をしよう」

 団子は、石ころ。

 ススキは、紙で作った。

 農作物は、先祖代々伝わってきた植物の種子。


 僕たちが出来るのは、月見ではなく“地球見”。

 生物が住めない地球も、月から見たら美しい。

 いつか、帰りたいね。

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