25章 扉
新月になった。
扉の前にアイルとエリーンが連れてこられた。
25章 扉
新月の日、アイルは兵士に担がれて牢から運び出された。
大きな扉の先の地下宮殿のような場所に出ると、2台の馬車と数騎の騎馬兵が待っている。
馬車のうちの一台は、荷台が鉄製の檻になっていて、アイルはその中に押し込まれた。
その後すぐに兵士に腕を掴まれたエリーンが、バーザル魔導士とベルゼブブと共に出てきた。
「アイルさん!!」
エリーンがアイルが押し込まれた馬車に駆け寄ろうとするが兵士に阻まれ、別の馬車に押し込まれる。
そこへニタニタしながらベルゼブブが寄ってきた。
「大人しくしていたみたいだな。 いい子だ。 バルベリトと交代する気になったか?」
「······」
アイルは視線を外したままだ。
「まあいいさ。 すぐにその気にさせてやるから楽しみにしておけ。ハハハハハハ!!」
ベルゼブブは高笑いしながら馬車に乗り込んでいった。
一緒に出てきたバーザル魔導士は馬車には乗らずに2台の馬車の間に立っている。 騎馬兵たちが馬車にピッタリ寄り添うように近づいて来た。
何をするのかと見ていると、バーザル魔導士が杖を地面に向けてなにやら文字を書くように動かした途端、目の前が真っ白になり、気が付いた時には先程までとは違う洞窟の中にいた。
――― 何だ?これは······これも奴の力なのか? ―――
洞窟の外に出ると、夕日の真っ赤な光の中に50人程の兵士がすでに整列して待っていた。
騎馬兵を先頭に馬車と兵士たちが続き、山を登っていく。
そろそろ日が沈もうとする頃、また別の洞窟の前に着いた。 今度の洞窟の入り口はさほど大きくはなくて馬車は入れそうにない。
先に降りてきたバーザル魔導士が洞窟の入り口の前に立ち、杖を高く上げた。 すると杖の先が光はじめ、そこから薄い白っぽい膜のような物が洞窟の入り口と部隊全体を包んだ。
太陽が山の稜線に隠れた時、待っていたかのようにデビルが近づいてきた。 人間を見つけて急接近したのだが、バーザル魔道士が作った膜に触れた途端、ブワッと黒い霧となって消えていったのだ。
バーザル魔導士はフン!と鼻を鳴らして、火をつけた松明を持った兵士達と洞窟に入っていく。
――― 結界魔法? この男はどれだけの魔法が使えるのだ? ―――
馬車から出てきたベルゼブブは空を見上げている。 日が暮れ、デビルがポツポツと現れ始めた。 そして人間を見つけて近付いてはバーザル魔導士の張った結界魔法に触れては消えていく。
「お前らバカか!! いいから暫くどこかに行ってろ!!」
ベルゼブブが苛立ちを露わにしてデビル達に向かって叫んだ。 するとデビル達は大人しくどこかに飛んでいった。
「ほんっとにあいつらバカなんだから···」
ブツブツ文句を言いながら洞窟に入って行く。
デビル達はベルゼブブの指示に従った。 奴が大悪魔というのは、やはり本当なのだ。
続いてエリーンが兵士に掴まれて馬車から降りてきた。 エリーンは悲し気な瞳でアイルを探すが、そんな事には気にも留めない兵士に、引きずられるようにして洞窟に入っていった。
アイルも引っ張り出され、肩に担がれて洞窟に向かう。
中は思ったより広く直径30mほどはある。 ゴツゴツとした岩肌はそのままだが足元は歩きやすいように土を入れて均されているようだ。
その時、全身の血が湧きたつような感覚をおぼえた。
なんだ? この感覚は?
――― 扉だ! ―――
担がれていて見えないが、確かにこの感覚を知っている。
アイルはストンとエリーンの横に降ろされた。 エリーンは兵士の手を振りほどきアイルに抱きついてきた。
「アイルさん! アイルさん! 大丈夫ですか?」
目にいっぱい涙をためて見上げてくる。 大丈夫と言って笑ってやりたかったが、体が動かない。
口の端で少しだけ笑う事に成功したが、エリーンに伝わったかどうか······
扉の方に視線を向けると、国王が言っていたように扉があるわけではなく、ここの少し先の岩肌が直径50㎝ほど楕円形にひずんでいる場所がある。 そこは常に水面のようにユラユラと揺らめいていて僅かに光を発している。
中から異様な気配を発しながら······
洞窟の中には8人の兵士が松明を持ち、等間隔で立っているが、薄暗い。
そんな中、ベルゼブブは少し離れた岩の上でニヤニヤしながら座って見ていた。
バーザル魔導士が小指を立てヒゲ先を触りながら近づいて来た。
「エリーン様。 扉を開ける気になりましたか?」
「······」
エリーンはアイルに抱きついたまま黙ってバーザル魔導士をにらみつける。
「クックックッ、後悔しますよ」
バーザル魔導士がゆっくりと杖をアイルに向け、口の中で何やら呪文を唱えると全身に激痛がはしった。
「ぐわぁぁぁぁぁっ!!」
「きゃぁぁぁぁ!! アイルさん!! やめてぇ!! お願い! やめてぇ!!」
エリーンは泣きながら痛みに悶えるアイルにしがみ付く。
クックックッと笑いながらバーザル魔導士は杖を下した。
「どうですか? 扉を開ける気になりましたか? 愛する男をこんな痛い目にあわせて平気なのですか?」
「お願いですからこの人を放して!」
「あらら。 こいつがもっと苦しまないと分からないようですね」
バーザル魔導士は再びアイルに杖を向けた。
「うぐぅぅぅぅわぁぁぁっ!!」
「いやぁ~~っ!! やめてぇ~~~っ!! お願いだからやめてぇ~~!! 分かったからやめてぇ~~!!」
少し苛立ちを見せながらバーザル魔導士は杖を下してエリーンを睨む。
「その気になりましたか? どうしますか? もう一度彼の苦しむ姿を見たいですか?」
そう言って再び杖をアイルに向けようとするのでエリーンが「待って」と止めた。
「······わかりました」
エリーンは涙を服の袖で拭った。 そして、もう一度アイルに抱きつき、小声でささやいた。
「アイルさん······ごめんなさい······本当にごめんなさい」
――― 俺は平気だ······約束しただろう? 扉を開けてはダメだ ―――
エリーンは名残り惜しそうにアイルから離れてその場に座り、ユラユラと揺らめく扉の方に両手を差し出し、口の中で呪文を唱える。
すると、エリーンの手元が光りはじめ、それに呼応するように扉も光り始めた。
「クックックッ、それでいいのです。 初めからそうすべきでしたね。 そうすればあなたの愛する男が苦しむことはなかったのですよ」
バーザル魔導士はご覧あれとばかりにベルゼブブに向かって仰々しくお辞儀をしてみせた。
勝ち誇り、満足げな笑顔で扉を見ていたバーザル魔導士の顔が、少しずつ真顔になり、怒りの表情へと変わっていった。
バーザル魔導士はエリーンに駆け寄り突然、蹴り上げた。
「ウグッ!!」
エリーンはいきなり脇腹を蹴られ、痛みでうずくまる。
――― エリーン!! ―――
バーザル魔導士は何度も何度もエリーンを蹴った。
「開けろと言ったのに!! 開けろと言ったのに!! 閉じてどうするんだ!!」
――― やめろ! ―――
今度はうずくまるエリーンの髪を掴んで、頬を殴った。 エリーンは痛みで声も出ない。
「私は開けろと言ったのです!! 今からでもいい。 開けなさい!!」
――― やめないか!! ―――
「いや···です」
やっと絞り出したエリーンの言葉にバーザル魔導士は再び殴る。
「 や め ろ ぉ !!! 」
バチン! ジャラジャラ。
アイルに巻かれている鎖と共に捕縛の術がはじけ飛び、アイルの背中から真っ黒で大きな翼が飛び出した。 バーザル魔導士はエリーンを殴る手を止めて、自由になった悪魔を見上げて驚く。
「あっ! 私の術が!」
慌てて再び術をかけようと杖を上げるより早くアイルの気砲がバーザル魔導士を吹き飛ばした。
そしてバーザル魔道士は岩壁に激突してそのまま気を失った。
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〈主人公〉
レイス・フォルト = (偽名)アイル = (あだ名)エンデビ = (大悪魔)バルベリト
〈ロザリム国王女〉
エリーン・トレーディング = (偽名)リン
〈元友人〉
ゴルド・レイクロー = (大悪魔)ベルゼブブ
〈ギズネア国の魔導士〉
バーザル魔導士
とりあえずバーザル魔導士は倒した。
残るはゴルドの心を奪ったベルゼブブだけだ。
( ;`Д´)




