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18章 拉致されたエリーン

エリーンが狙われる理由が明らかになる。



挿絵(By みてみん)


 18章 拉致されたエリーン




 エリーンは少し離れた所に繋がれていた馬に乗せられ、どこかに連れて行かれる。


 バーザル魔導士はここから南西にあるギズネア国の人間だ。 彼は国王より権力があると聞いている。 


 エリーンの故郷のロザリム国の西に在り、隣国ではあるが、国交はほとんどない。




 てっきりギズネア国に連れて行かれると思っていたが、西に向かっている。 ベネク山の方向だ。 

 もう暗くなりかけている今、エリーンにとってベネク山は危険だ。


 暫く走ると、案の定デビルが現われ、エリーンは体を強張らせる。


 その時、バーザル魔導士が杖を高く上げた。 すると杖の先が光はじめ、そこから薄い白っぽい膜がこの部隊全体をつつんだ。


 デビルが近付きその膜に触れた途端、ブワッと黒い霧となって消えて行った。



「結界魔法?」



 バーザル魔導士は少し驚いた風にエリーンの方を振り返る。


「さすがですね。 普通の人にはこの結界は見えないのですが、エリーン様には見えるのですか。 あなたもこれくらいは出来るのですよね?」


 エリーンは黙って視線を外す。


「おや? 出来ないのですか? 今度御教えしますよ。 これくらいは出来るようになっていただかないと務まりませんからね」

「務まる?······なにをさせようとしているのですか?」

「クックックッ······私の花嫁···と、言いたいのですが······クックックッ」


 バーザル魔導士は楽しそうに笑う。


「花嫁?!」

「私の花嫁でなくて、残念でしたか? クックックッ······詳しいことはまたゆっくりとお話ししましょう」


 そういうと、バーザル魔導士は隊列の前の方に行ってしまった。




······花嫁?······


 エリーンは背筋が寒くなるのを感じた。



 ◇



 暫く行くと大きな洞窟に入っていく。


 そして部隊全体が密着するように近付き一塊になる。 馬が嫌がりブルルと鼻を鳴らす。


 この塊の中心にいるバーザル魔導士が杖を地面に向けてなにやら文字を書くように動かした途端、眼の前が真っ白になり、気が付いた時にはさっきまでとは違う場所に立っていた。 



 移転魔法だ。 こんなことも出来るのかと恐ろしくなる。



 そこは広い地下宮殿のような場所で、大きな支柱が規則正しく並び、高い天井を支えている。


 近くから篝火が先にある大きな扉までを等間隔に照らしているが、それ以外の場所は真っ暗で、この場所の広さはわからない。 しかし音の反響からかなりの広さなのはわかる。




 そのまま進み、大きな扉の前で止まると、馬から降ろされた。


「着きましたよ。 どうぞこちらに」


 1人の兵士がエリーンの腕をつかみ、2人の兵士が大きな扉を開いた。 そして残りの兵士達は馬を引いてどこかに行ってしまった。



 大扉の中には、両側に3個づつのシンプルな扉が並んでいて、突き当りには上に向かう階段がある。


 その中の左側の一番奥の部屋に連れて行かれた。


 部屋の中は結構広い。 綺麗に飾りつけされ、薄いグリーンの天蓋付きのベッドに、オシャレなテーブルセットが置かれ、そこには豪華な食事が並べられていた。



「いかがですか? この部屋は。 エリーン様のために特別にセッティングさせました。 ここはあなたのお部屋です。 遠慮せずにどうぞお座りください」


 バーザル魔導士が自ら椅子を引いて座るように促す。 エリーンはあきらめて言われるまま座った。



「クックックッ、いい子ですね」


 そう言って向かい側に座る。


「夕食はまだでしょ? どうぞ召し上がってください」


 そう言って兵士が入れてくれたワインをグイと飲み干した。


 バーザル魔導士は端正な顔立ちをしているのだが、なぜか年寄りを思わせる。 常にゆがんだ口元に不気味な微笑みをたたえ、人を見透かすような不快な眼をしている。



「さてと···エリーン様。 なぜ連れてこられたのかは、おわかりですね」

「·········」


 分かっているが、答える気はない。


「クックックッ。もちろん()を広げてもらうためですよ」


 エリーンはバーザル魔導士をにらみつける。


「おお······怖い、怖い。 クックックッ。 考えてみて下さいよ。 この世界が()()()()()になるのですよ。 素晴らしいと思いませんか?」 




 この男は狂っている。





「そして()()()サタン様に御越しいただき、あなたがサタン様の花嫁になるんですよ! 素晴らしいと思いませんか!!」




 サタンの花嫁?!




「なにを考えているのですか!! バカな考えは捨てなさい!!」

「クックックッ、なぜこの素晴らしさがわからないのですか? サタン様ですよ!」

「あなたは狂っています」

「いたって正気ですよ」

「私が扉を広げると思っているのですか!」

「クックックッ、そう(おっしゃ)られると思っていましたよ」


 バーザル魔導士は手をパンパンと叩いた。 すると扉が開き、14~15歳のメイド服を着た少女が部屋の中に放り込まれてドスンとこけた。


「痛い!」

「あっ! 大丈夫?」


 エリーンは駆け寄って助け起こす。


「なんて乱暴な!」

「お優しいエリーン様は、その子を見殺しにできますか? 扉を広げていただけないと、その子が死にますよ」


「!!」


「あなたの御両親をと思ったのですが、ちょっと面倒なのでやめました。 あっ、その子にはあなたの身の回りの世話をしてもらいますので、そのつもりで。 せいぜい仲良くなってください。 クックックッ」

「こんなバカげたことがうまくいくと思っているのですか?!!」

「どうせ私を止めることができる者などいませんからね」

「きっと彼が私を助けに来るわ! あなたを止めてくれるわ!!」



 バーザル魔導士は目を見開いてエリーンを見つめる。



「もしかして、あの()()の事ですか?」

「悪魔なんかじゃありません!! 心がとても綺麗な人です!!」

「ほほう······もしかして·····あの悪魔の事を愛しているのですか?」


 エリーンは涙を流しながら、グッと唇をかむ。


「そうですか······いいことを思いつきました。 そんな小娘よりその悪魔の方がいいみたいですね······クックックッ···ハハハハハハ」



 バーザル魔導士は大声で笑いながら部屋を出て行った。




   ◇◇◇◇◇◇◇◇




「エリーン!!」



 アイルは目を覚ました。 周りを見ると、何人もの目が心配そうにこちらを見ている。


 その中にナパルの顔を見つけた。


「ナパル! エリーンは?!」

「エリーン? リン(エリーン)ちゃんの事か?」

「あっ······そう、リン(エリーン)は?」


 ナパルは首を横に振る。

 アイルは立ち上がり自分の剣を探す。


「どこに行く?」

「エリ······リン(エリーン)を連れ戻しに」

「どこへ捜しに行くんだ?」


 そう言われて固まってしまった。



······どこへ?······どこへ行けばいいんだ?······



「アイル殿、落ち着いてください。 いま部下が後をつけています。 そのうち連絡がくるでしょう」


 ジンスはアイルの剣を隠すように立ち上がる。



「······なぜ······」


 なぜエリーンが拉致されたことを知っている? あの場にいたのか? という事は······


 アイルはそこにいる者達を見回す。 ナパル、ヨルト、ヤムス、隊長のジンスにヨング。




 ······という事は、自分の()()姿()を見たのか?




 ······しかし、ここにいる人達にはあんな自分を見たのに、恐れがない···それどころか、みな一様に心配そうな顔で見ている。


「俺達······リン(エリーン)ちゃんが連れ去られるところを見ていたんだ。 でも近寄ることができなくて······すまん」


 ヤムスが済まなそうに頭を下げた。



 そうだ。 自分が起こしたあの風では近寄れないだろう·········なのに······



「俺が······怖くないのですか?」

「怖い? なぜ?」


 ナパルは首を傾げる。 演技ではなく本当にそう思っているようだ。


「アイルさん! やっぱり僕はリスペクトしちゃいます!」


 場をわきまえろと、キラキラした目でそう言うヨングの頭をジンスがはたく。

 みんな本心からそう思っているように見える。




 悪魔の翼が背中に生えた自分の姿を見たのに·····赤い瞳と牙と、人間離れした自分の力を見たのに······




 にもかかわらず、いつもと変わらない態度で接してくれる。



 自分自身をちゃんと見てくれる彼らに感謝した。





「どちらにしても。アイルは丸1日寝ていたんだ。 今あそこに行ってもムダだよ」

「···丸1日······?!」



 そんなに?



「アイル殿。 あの魔導士と見慣れぬ姿の兵士たちはどうやらギズネア国の者のようですが、心あたりは?」


 ジンスが聞いてきた。


「ギズネア国? わからないが、リン(エリーン)はあの魔導士を知っているようでした」

「あのう···リン(エリーン)さんの本当の名はエリーンというのですか?」

「·········」


 話してよいものか分からず、アイルは黙る。 ジンスは黙っているのは肯定の意味と受け取った。



「ロザリム国の王女様の名前がエリーン様です。 美しいグリーンの瞳の可愛い人だと聞いています······もしかして?······もしそうなら、ギズネア国の魔導士を知っているのもうなずけます」


「「「えぇっ~~~~っ!!リン(エリーン)ちゃんが王女様ぁ?!」」」


 デーン兄妹とヤムスが声を合わせて叫ぶ。



 この際、外野は放っておこう。



「ロザリム国の······王女?」




 次から次へと新しい真実が出てくる。 ダメだ······頭が回らない。 すぐにでもエリーンの所に行きたいのに。




 そうだ。 あの時のようにエリーンの声が聞こえないか。 聞こえたなら、自分の声も聞こえるのではないか?


 アイルは心の中で呼んでみる。


『エリーン! 聞こえるか? エリーン!』


 何度も試してみるが、エリーンの声が聞こえることはなかった。




 アイルはベッドに座り、頭を抱えた。




 その時2人の男達が駆け込んできた。


「わかったか?」


 ジンスが勢い込んで聞く。


「隊長! ダメでした!」

「なに? 見失ったのか?」

「見失ったというより······なあ」


 もう1人の男と顔を見合わす。


「奴らをベネク山の麓まで追いました。 しかし、俺達がデビルに見つかって戦っている間に、確かにベネク山の麓にある洞窟に入ったのを見たのですが······」

「後で急いで後を追ったのですが、洞窟に中にいなかったのです」

「突き当りの洞窟なのにあの人数が本当に跡形もなく······」

「抜け道や隠し扉などはなかったのか?」

「はい······随分探したのですが······」


 ジンスは、はぁ~とため息をついた。


「アイル殿、申し訳ない。 しかしエリーンさんが王女様ならロザリム国へ行って聞けば、なぜ彼女が拉致されたのかが分かるはずです。 それに拉致された事を王様に知らせる必要があります。

 幸い、私はロザリム国王と面識があります。 行ってみましょう。 どちらにしてもギズネア国はロザリム国の先です」





 本当にエリーンは王女様なのか?


 しかし初めて会った時の事を考えると頷ける。 ロザリム国とギズネア国の間に何があるのかはわからないが、話を聞けばきっと何かが分かるはずだ。


 ほんの少しだけ光が見えてきた。 気持ちが焦るのは変わらないが、少し落ち着きを取り戻した。





 その時、店の方からガチャガチャドタドタと騒がしい音が聞こえてきて「あんた達はなんだい!!」と、カレンの叫ぶ声が聞こえた。



 またあの鎧軍団だ。



 むしゃくしゃした気持ちを落ち着けるのに、ちょうどよかった。

 みんなが立ち上がるのをアイルは制す。


「俺に用事のようですから、ちょっと行ってきます」

  

 アイルはちょっと買い物にでも行くような調子で、剣も持たずに出て行った。



 部屋に取り残された者たちは、しばらく呆気に取られてアイルが出て行ったドアを見つめる。


「ぼ···僕、ちょっと行ってきます」


 我に返ったヨングが立ち上がり、ロングソードを持とうとしたが、重すぎて持ち上がらず、あきらめてアイルの剣を「よっこらしょ」と持って出て行った。


 他の者達も剣を手に、慌てて続く。




「アイルさん! 剣を···あれ?······」

「ヨング! どうした?······えっ?」


 みんなが店の入り口で立ち止まる。 店の外で、すでに鎧男達は全員が地面で伸びていた。



「「「えっと······」」」



 アイルは振り返り、スッキリした顔でニッコリと笑った。


「この人達を、暫くどこかに閉じ込めておけませんか?」

「えっ?······あぁ。 そういう事なら任せて下さい」


 ジンスとヨングは走って行った。 暫くするとこの国の兵士たちをゾロゾロ連れてきて、鎧男たちを連行していってくれた。



 ◇



 そろそろ日が沈む。


 気持ちは急くが、明朝早くに出発することになった。





 この2ヶ月間、ずっとエリーンと一緒だった。 


 そう······考えてみれば、エリーンと会ってからまだ2ヶ月も経っていないのだ。 もう何年も一緒に過ごしたような気がする。



 彼女がいなかった時の事など思い出せない。



 初めて会った時、涙と鼻水でグチャグチャだったのに、美しいと思った。




 彼女の仕草一つ一つが愛らしい。


 彼女の言葉一つ一つが愛おしい。




 今、エリーンは苦しんでいないだろうか······痛い思いをしていないだろうか······


 考えただけで胸が張り裂けそうだ。



 彼女が背負っている物は何だろう······


 自分にその重みを軽くしてあげることはできるのか······


 取り除いてあげることはできるのだろうか······


 しかし自分の過酷な運命も、何一つ解決していない。


 そんな自分に、彼女を救うことなどできるのだろうか······



 

 その時、ハッと気づいた。


 そうだ、エリーンに自分の醜い姿を見られた。 あの()()()()()姿を······



 自分の事をどう思ったのだろう······


 醜いと思ったのではないか······


 恐ろしいと思ったのではないか······


 自分の事を嫌いになっていたらどうしよう······





 悪いことばかりが頭の中で繰り返される。



 アイルは再び頭を抱えた。




   ◇◇◇◇◇◇◇◇




 とてつもなく長い夜が終わり、早朝、出発準備が整った。

 ナパルがどうしても一緒に行くと聞かないので同行することになった。



 エルオゼア兵士12人と、ナパルとアイルの14人になる。




 今度はデーン一家に丁寧にお礼を告げて、ロザリム国に向けて出発した。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 


〈主人公〉

レイス・フォルト = (偽名)アイル = (あだ名)エンデビ


〈ヒロイン〉

エリーン・トレーディング = (偽名)リン


〈鍛冶師〉

兄 ヨルト・デーン

弟 ヤムス・デーン


〈傭兵〉

ナパル・フィッシャー


〈エルオゼア兵士〉

隊長 ジンス

若い兵士 ヨング


〈ギズネア国の魔導士〉

バーザル魔導士


〈元友人〉

ゴルド・レイクロー


逸る気持ちを抑えて、アイルはロザリム国に向かう。( ・`ω・´)

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