17章 過酷な運命
傭兵組合から出ると、男達がアイルとエリーンを取り囲む!!
17章 過酷な運命
予定通り昼過ぎには2本の剣が出来上がった。
どちらも素晴らしい出来だ。 柄と鞘まで修理されていて、新品のようになっている。
「ありがとうございます。 素晴らしいです」
「私もこんな凄い剣の鍛え直しができて光栄だよ。 ところで、この剣は売っていたわけではないだろ? どこで作ってもらった?」
「ヴェールス国の北東にある村の鍛冶屋です」
「もしかして、鍛冶師の名前はダグと言わなかったか」
「そうです! よくご存じですね、知り合いですか?」
「やはり······私の兄だよ」
「えっ?!」
「ハミルトン将軍のお抱え鍛冶師のようなことをしていたのだが、そんな所にいたのか······兄は元気か?」
ハミルトン将軍と聞いて、心が痛んだ。
「はい。 お元気にしておられます」
「さすが兄の仕事には敵わないな······そうか···元気にしているか」
ディグは涙を浮かべていた。
先生の事を聞かれないでホッとした。 あまり口にしたくはなかった。
「あぁ、急ぐんじゃないのか?」
「はい。 ありがとうございました」
何度も代金を払うというのだが、受け取ってくれないので諦めた。
◇
アイルはエリーンと傭兵組合に向かった。 もちろん服はいつもの服に着替えている。
綺麗に洗われていて、サッパリして気持ちいい。
事前にナパルから聞いていた傭兵組合に行き、金を引き出して店を出ると、十数人の男達が外に集まっている。
何かと思いながら帰ろうとすると、その男達が行く手を塞ぎ、囲まれた。 ギンギンににらんでいる。 どうやら追手のようだ。
「俺の追手だ」「私の追手だわ」
「「えっ?!」」
アイルとエリーンは顔を見合わせる。
「あなたも追われているの?」
「人間にも追われているのか?」
「お久しぶりですレイスさん。 捜しましたよ。 必ず傭兵組合に顔を出すと思って待っていて正解でしたね」
見覚えがあるわし鼻で四角い顔。
「俺の客のようだ」
エリーンを引き寄せる。
「ゴルド様が、何としてもレイスさんをお連れしろとおっしゃるのでね」
「つかまって」
アイルはエリーンを抱く。
わし鼻がニンマリと笑った瞬間、マスクの奥に見える美しいブルーの瞳が突如目の前に来たかと思った途端、消えた。
「へっ?」
次の瞬間、アイルは屋根の上に立っていた。 そして先程までアイル達が立っていた所には上から投げられた鉄の網がバサッと虚しく広がっていた。
アイルが屋根の上にいる網を投げた男達に目をやると、その男達はあわてて逃げようとして屋根から落ちそうになる。 それを横目に屋根伝いにわし鼻たちから遠ざかって行った。
「アイルさんも追われているのですか?」
「エリーンもみたいだな。 詳しい話はあとにしよう。 急いでこの街から離れるぞ」
「エンデビさん!」
鍛冶屋に向かう途中で後ろから呼び止められた。 アイルは剣に手をかける。
青年が走って来る。 その後ろから数人の男達がついてきた。 その青年からは悪意は感じられないが、警戒しながら待った。
「よかった。 ハァハァ」ちょっと待ってと手をあげて息をととのえていた。
「僕を覚えていませんか?」
思い出した。 あの時アイルに剣を差し出してくれた若い兵士だ。 それでもエルオゼアの兵士には違いはない。
「僕は[ヨング]と言います。 手分けして探していたんですよ。 エンデビさんに害意は持っていません。 逃げないでくださいね。 隊長!」
青年が振り返る先に、バラバラと走ってくる数人の男達の目は澄んでいる。
アイルは少し警戒を解いた。
ここでは目立つからと路地に入ったが、アイルは逃げ道を確認し、いつでも逃げ出せるようにエリーンを引き寄せる。
隊長と呼ばれた男は[ジンス]と名乗った。
「エンデビさん。 国王様が貴方に助けを求めるように言われ、ここまで追ってきました」
「·········」
「どうか我が国を助けて下さい」
男達は頭を下げる。 アイルはそんな男達を見回す。
「······俺はゴルドに勝てなかった······」
「しかし、ゴルドに対抗できるのは貴方しかいない」
「······今は·····できない」
何もできない自分が情けない。
あの時、ゴルドにまるで歯が立たなかった。 今戦いを挑んでも、また逃げ出すことになるだろう。 それに自分がいることで無駄に犠牲者が増えるだけだ。
「王様は必ず貴方ならゴルドを倒してくれると信じていらっしゃいます。 今はダメでもいつか必ず。 それまで我々は、エンデビさんについていきます!」
困った。 そう言われてもどうしようもない。
「それと、ゴルドが貴方を捕まえようと兵を送っています」
「先ほど会いました」
「えっ?」
「それで今からこの街を離れようと思っているところです」
「どこかに行かれるのですか?」
「······失礼します。 リン」
アイルはそれには答えず、エリーンを抱き上げ、男達が追ってこれないように屋根に飛びあがり、その場を離れていった。
その男達の所にナパルが現われた。 アイルと兵士たちの会話をたまたま聞いていたのである。
◇
鍛冶屋に戻ったアイル達は挨拶も手短に済ませ、どうしたのかと驚くみんなを残して馬に跨り走って行った。
その頃、わし鼻は地団太を踏んでいた。 網で捕まえる作戦は必ずうまくいくと思っていたのである。
わし鼻はハッとした。 いい作戦を思いついたのだ。
「行くぞ!」
必ず奴はこの街を離れようとするはず。 となると、戻るのではなくロザリム国に向かうはずだ。
四角い顔のわし鼻は、口の端をあげて悪だくみの成功を確信して、ニンマリ笑った。
アイルは馬を駆った。
とにかく馬を走らせた。
自分の運命から······自分から逃げるように、夢中で馬を駆った。
その時、優しい手が手綱を握り締めるアイルの手を包み込んだ。
「あっ!」
我に返ったアイルは馬を止める。
「アイルさん······馬を休ませてあげないと······」
見ると、馬は荒い息遣いで口いっぱいに泡を溜めて喘いでいる。
「あ······すまない······」
アイルは馬から降りて近くの沢まで引いていき、馬を休ませた。
そして疲れてフラフラになっているエリーンもそこで休ませて、夜の間隠れるのにいい場所を探しにその場を離れる。
本当は、それは口実で、一人になりたかった。
どこまでも追ってくる自分の運命を恨み、憤りとやるせなさにどう向き合えばいいのかわからなかった。
気付けば、エリーンから離れてかなり遠くまで来てしまっていた。 急いで隠れるのにいい場所をみつけて戻ろうとした時、嫌な予感がした。
「エリーン」
胸がざわつく。
急いで戻ると、エリーンがいた場所に見慣れぬ物がずらりと並んでいる。 いや、物ではない。
······鎧?······
鎧を着た十数人の兵士達が立っていたのだ。 そのうちの一人の兵士がエリーンを押さえて、剣を突きつけていた。
「アイルさん!」
「彼女を······放せ」
ギリッ!と歯噛みする。
一人が兜のバイザーをガチャッと上げると、ニンマリ笑ったわし鼻がでてきた。
「困りますねレイスさん。 追いかけるのに苦労しましたよ」
相かわらずくそ丁寧で胸くそが悪くなる。
「この可愛いお嬢さんに怨みはないんですけどね、どうやらこのお嬢さんがいれば、レイスさんが我々に大人しくついてきてくれると思いましてね。 案の定、慌て方が尋常ではありませんね。 クックックッ」
「······」
「どうしますか?······大人しくついてきていただけるなら、このお嬢さんに危害は加えませんよ」
「···わかった······わかったから彼女を放せ」
「そうはいきませんよ。 まずは剣をこちらに渡してください。 そして縛らせていただきます。 あなたの強さはわかっていますからね」
アイルがロングソードを外そうとした時、鎧達の後ろに人の気配がした。
数人の男達が頭の上に大きな岩を持ち上げてそっと鎧達の後ろに立つ。
「やれ!」
ゴンゴンガチャガチャガラガラズゴン!
一斉に鎧達の頭に岩を投げつけられ、鎧達は崩れ落ちる。
エリーンを掴んでいた鎧の手がゆるんだ。
アイルは駆け寄り、エリーンを囲む鎧達を3人同時に蹴り倒し、そのまま一回転してわし鼻の胸を蹴り上げた。
わし鼻はガチャンガラガラと3回転して飛んでいく。
その隙にエリーンを抱き上げて走り出した。
後ろでワァワァ!と戦いが始まったが、気にせずに走った。
しばらく走って後ろを振り返ると、ヨングたちが戦っている。 なぜかナパルもいる。
一瞬戻ろうかと考えたが、今はエリーンを奴らに近付けない方が重要だ。
再び走りだそうとした時、急に体が動かなくなった。
「クッ!」
抱き上げていたエリーンをドサッと落としてしまう。
「キャッ!」
――― どういうことだ! 体の自由がきかない! ―――
体を動かそうとすればするほど、絞めつけられる。
「ほほう·····やはりお前は人ならぬもののようだな······」
どこから現れたのか、魔導士のような姿の男と見た事のない鎧をつけている男達が木の陰から出てきた。
「バーザル魔導士!」
エリーンが叫ぶ。
「お久しぶりです、エリーン様」
30歳くらいの端正な顔立ちだが蛇のような目をした魔導士と呼ばれる男は、スッポリと被ったフードマントから長い髪が垂れていた。
物腰は柔らかく、右手に短い杖を持ち、左手の小指を立てて鼻ヒゲをいじりながら、深くおじぎをした。
「お捜し致しました」
「この人に何をしたのです! 今すぐ解放しなさい!」
「ふふふ あなたが悪魔とお友達とは、いけませんね」
「······悪···魔?······」
「おや? 知らなかったのですか? こやつは人間の皮をかぶった悪魔ですよ」
――― エリーンにその事を言うな! ―――
「黙りなさい!」
「ハハハハ 現にこの術は悪魔にしか効かない術ですよ」
――― 黙れ! ―――
体がバラバラになりそうに軋む。 アイルの目が赤くなり、長い牙が口元から伸びる。
「御覧なさい。 あの目を、牙を。 あれが悪魔でなくてなんですか?」
「だから何なのです! あの人は優しい人です! そんなことは関係ありません!!」
「ハハハハハハ! 悪魔は人を騙すのが上手なんですよ」
「······だ···ま······れっ!······」
アイルは絞り出すように言葉を発した。 アイルの周りで風が渦巻きはじめた。
「さすがですね。 その状態で話せるとは。 その辺のデビルならとっくに霧になって消えているはずなのに、声まで出せるとは。 おい」
横にいた兵士がエリーンの腕をつかむ。
「何をするのですか!」
「一緒に来ていただきますよ」
「···は···な······せっ!······」
――― エリーンに手を出すな! ―――
ポツポツと炎が現れ始める。
バーザル魔導士は驚いたようにアイルを見て、ニンマリと笑う。
「その状態で偉そうに言われてもねえ。 しかしこれは少しマズいですね」
――― エリーンに手を出すな!! ―――
ギリギリと締め付けられながら足を一歩前に出した。
「なんと! 動けるのですか! これはかなり位の高い悪魔ですね。 殺さずにおいてあげますよ。 そのうち術は解けますから、暫くそこにいてくださいね。 行くぞ」
「アイルさん!」
エリーンは悲痛な表情でアイルを見つめた。
――― エリーンを連れて行くな!!! ―――
アイルは一歩、また一歩と近づく。
全身が千切れそうに痛い。
背中が熱い! 背中が焼けるように熱い!!
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
――― エリーンに手を出すな!!! ―――
その時、アイルの背中からブワッ!と、真っ黒い翼が現われた。 コウモリのような毛のない翼の中ほどには鋭い爪が生えている。 デビルと同じ翼だ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
――― エリーンを連れて行くな!! ―――
=== 力が欲しいか ===
心の奥で声が聞こえた。
エリーンの美しいグリーンの悲し気な瞳が遠ざかっていく。
あんなに嫌がっているのに。 引きずられるように遠ざかっていく。
=== 力が欲しいか ===
再び問いかけてくる。
目の前で······自分の目の前で連れ去られていく。 何もできない自分が腹立たしい。
――― 欲しい! 力が欲しい! エリーンを助ける力が欲しい!! ―――
=== お前が望むなら、力をくれてやる。 ただし···になるがいいか ===
力をくれるというのか?
――― ただし、何だ?! ―――
=== 悪魔になるがいいか ===
醜いデビル達が思い浮かぶ。
トムさんを、ピエールさんを引きちぎり、楽しげにもてあそぶ姿。
そして非情なゴルドの姿が目に浮かぶ。 両親を無残に殺し、罪のない兵士たちを何の罪悪感も持たずに平気で殺していく姿。
――― ···あ···く···ま···? ―――
そんなものになったら、きっとエリーンを傷つける。
人間を殺すことを何とも思わなくなる······いや······楽しんで殺してしまうのではないか?
昔、ゴルドが子犬を殺した時に、ほんの少し痛快に思ってしまった自分を思い出した。
真っ赤だったアイルの瞳がブルーに戻る。
――― いやだ!······ 悪魔になんてなりたくない! ―――
=== 女を助けられなくてもいいのか ===
アイルの背中から伸びていた黒いデビルのようなおぞましい翼が黒い霧となって消える。
――― いやだ! ―――
――― 絶対いやだ! ―――
――― 悪魔になんて、絶対なってたまるかぁ!!! ―――
アイルのまわりで渦巻いていた風がフッと突然やんだ。
そしてアイルはその場で崩れ落ち、そのまま意識が遠退いていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
〈主人公〉
レイス・フォルト = (偽名)アイル = (あだ名)エンデビ
〈ヒロイン〉
エリーン・トレーディング = (偽名)リン
〈鍛冶師〉
父 ディグ・デーン
母 カレン・デーン
兄 ヨルト・デーン
弟 ヤムス・デーン
〈傭兵〉
ナパル・フィッシャー
〈元友人〉
ゴルド・レイクロー
〈エルオゼア兵士〉
隊長 ジンス
若い兵士 ヨング
わし鼻 ?
エリーンが連れ去られた!
何のため? どこへ?
(@ ̄□ ̄@;)!!




