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16章 デーン鍛冶屋

デーン兄弟の実家に世話になることになった。

ゆったりとした幸せな時を過ごす。

16章 デーン鍛冶屋





 昼過ぎに、トルデーン国に到着した。


 デーン兄弟の実家は大きな鍛冶屋だ。


 「デーン鍛冶屋」という大きな看板と、本物の剣と斧が交差した武器屋のマークが掲げてある。 その横には剣と金槌が交差した鍛冶屋のマークも、本物の剣と金槌で作ってある。


 裏手にある(うまや)に馬を入れて荷物を担いで店に入ると、剣や槍はもちろん、さまざまな農具や包丁やハサミまで並べてあった。




 店の奥には鍛冶の作業場があるらしい。 そこから鉄を打つ音が聞こえてくる。

 作業場のドアを開けると、ムッとした熱気が中から吹き出した。



「オヤジ!! 帰って来たぞ!!」



 作業場には3つの窯があり、窯の中で真っ赤な炎がごうごうと渦巻いている。



 6人の作業員が鉄を打っていた。 そのうちの大柄でガッチリした体格の50歳くらいの男性が顔をあげた。 頭にタオルを巻き、体中から汗が噴き出している。



 父親の名前は[ディグ]、母親は[カレン]と、事前に教えてもらっていた。 ディグはヨルトとヤムスにとって師匠でもある。




「おう!! ヤムス! ヨルト! 帰って来たか。 ナパルもよく戻って来たな。 デビルには襲われなかったか? ん? そちらは?」


 ようやくアイルとエリーンに気が付いた。 二人は頭を下げる。


「俺達の恩人だよ。 アイルさんと奥さんのリンちゃんだ。 この人は凄いんだぜ! デビルを一発で軽々と倒すんだ! ジャンプ力も半端なくて······」


 ヨルトがヤムスを押しのける。


「いつまで喋ってんだよ! ちゃんと挨拶しろよ」


 ヨルトは礼儀正しく父親のディグに頭を下げ、ヤムスの頭も押さえて一緒に無理やり下げさせた。


「「只今戻りました」」




 アイルとエリーンを紹介してから、簡単にシャンボリー国でのことを報告し、そのあともう一度アイルを呼び寄せた。


「オヤジ、こいつの剣を見てくれ。 アイル剣を」


 アイルはロングソードを背中から下ろして父親に渡した。


「おっと!」


 お約束のように、重みで前に倒れそうになる。



「対魔剣なんだが、鍛えなおせるか? 刃こぼれが多いんで、助けてもらったお礼にオヤジに鍛えなおしてもらう約束をしたんだが······」


 ディグは色んな角度からロングソードを眺めていた。


「柄を外すぞ」一応アイルの承諾を得る。

「はい」


 ヨルトと2人がかりで作業台に乗せ、柄を外しにかかる。



 その時、店とは違う側にあるドアが開き、ふっくらした人のよさそうな小柄の女性が顔を出した。 母親のカレンだ。


「ヨルト! ヤムス! ナパル!」

 

 カレンは近くにいたヤムスに抱き着く。 ヤムスも猫背をいっそう丸めて母親に抱き着いた。



「母さん、ただいま」

「元気だったかい?······おや? このお嬢さんは?」


 ヤムスはディグが柄を外すところをじっと見ているアイルを指差す。


「彼がアイルさんで彼女はアイルさんの奥さんのリンちゃんだよ」

「こんにちは、リン(エリーン)です。 よろしくお願いします」


 エリーンは頭を下げる。 ディグと話していたアイルもカレンに気付いて頭を下げた。




「まぁまぁ、こんな熱い所で。 どうせ父さん達は仕事の話だろう? とにかく中にお入り。 ナパルもおいで」


 ディグとヨルト、アイルは頭を付き合わせて剣について熱心に話をしているので、一旦部屋に入る事にした。




 奥にある居住スペースは窓が開け放たれ、今まで吹き出していた汗が気持ちよく引いていく。

 広いダイニングで、10人は座れる大きなテーブルが置いてあった。



「おばさん、俺の部屋はまだある?」ナパルが2階を見上げる。

「もちろんだよ」

「俺の部屋も大丈夫だよね」

「え?······ヤムスの部屋は物置になっていたんじゃなかったっけ?」

「母さん! ひどいよ」

「ハハハハハ、二人とも着替えておいで」

「「はい」」


 2人は先を競うように階段を駆け上がっていった。 バタバタと駆け上がって行く二人を笑って見ていたカレンは「さてと」と、エリーンに視線を戻した。



「リンちゃんって言ったね。 ここにお座り」


 大きなテーブルの椅子を引いてエリーンを座らせ「ちょっと待っててね」と、キッチンの方へ入って行った。

 すぐに手にミルクの入ったコップとクッキーが山積みになった籠を持って戻ってきた。



「これでもつまんでいるといいよ。 私はお風呂の用意をしてくるから、ここで待っていておくれね」


 そういうと、パタパタと階段の下にあるドアから出て行った。



 ◇



 エリーンは作業場から鉄を打つ音がカンカカンと聞こえるだけの静かな部屋を見回した。

  

 作業場に通じるドアがある壁一面に書棚があり、ドアの上も含めて天井までびっしりと本が並べてある。 なんだか小難しそうな本が並んでいるかと思えば、子供用の童話の本も置いてあった。 後で聞いた話では、作業場の熱気がこちらまで来ないようにするための断熱材代わりにもなるいう。


 そのドアの右側の壁には大きな窓が3つ開け放たれていて、心地よい風が吹いてくる。 そして窓と窓の間に剣と斧が交叉して飾ってある。 武器屋のマークそのままだ。


 奥にはキッチンと、左奥に広いリビングルームが見える。



 家自体は古そうだがどこも綺麗に掃除され、きちんと整頓されていて、カレンの几帳面さがうかがえた。




 アイルが作業場から出て来た。 開けたドアから熱気が吹き込む。 

 しかしアイルは熱い部屋から来たにもかかわらず、汗一つかかずに涼しい顔をしている。


「剣の鍛え直しが、明日の昼過ぎまでかかるそうだが、大丈夫か?」


 ちょっと申し訳なさそうに聞く。 エリーンはニッコリと笑って見せた。


「もちろん大丈夫ですよ」

「うん。 すまないな」


 そう言うと、再び作業場に戻って行った。 



 入れ替わりにヨルトが入ってきて2階に駆けあがり、ヤムスを引っ張って作業場に戻る。


 そのあと降りてきたナパルは傭兵組合に顔を出すといって出て行った。





 その時、カレンが戻ってきた。


「悪いけどお風呂はもう少しまっておくれ。 その前にお昼ご飯はまだだろ? 昼の残り物で悪いけど、準備をするから待っててくれるかい?」

「あ······私もお手伝いします!」


 手もち無沙汰のエリーンは立ち上がり、カレンとキッチンに入っていった。




 その日はずっとカレンの手伝いをした。


 掃除、洗濯、店番に、乗ってきた馬の手入れ。

 なかでも、アイルの服を無理やり脱がせて洗濯をした時が一番幸せだった。




   ◇◇◇◇◇◇◇◇




 夜、客間に二人で落ち着いた。


 それにしてもヤムスの部屋着を借りて着ているアイルは、新鮮だった。

 エリーンもカレンの服を着ている。


 カレンの服は少し大きめで、部屋着としてはゆったりとしていて着やすい。 しかしアイルはなにげに落ち着かないようすだ。


 そしてもう1本の剣も鍛え直しに出しているので、手元に剣がないのも不安だという。 


「たまにはデビルの事を忘れてゆっくりしましょう?」

「···うん······そうだな」


 アイルは諦めて、ベッドに座るエリーンの横に座った。 

 エリーンは横に座るアイルの服を、上から下まで眺めた。

 

「その服······ヤムスさんのよね······たまにはそんなラフな服装もいいんじゃない?」

「············」 




 アイルは着ている服を見て少し顔をしかめる。




 ヤムスが貸してくれた服は、派手な黄色地に赤い大きな花模様の開襟シャツに、ウエストを紐でくくるだけの薄いブルーに紫の幾何学模様が入ったズボンだ。


 よくこんな服があったなと思えるほど趣味が悪い。



 どう考えてもヤムスの悪意を感じる。



 エリーンの服は薄いサーモンピンクのワンピースにサッシュベルトをしていて、ダボッとしているのがかえって可愛い。



 今度はアイルがエリーンの上から下までゆっくりと視線を動かす。


「その服······可愛いよ······脱がしやすそうだ」


 ちょっと(つや)っぽく言うと、エリーンは真っ赤になった。


「アイルさんったら、また!!」

「ハハハハハ! でも可愛いのは本当だ」


 真っ赤になった頬を手で隠すエリーンのおでこにキスをした。



「こういう服装も、たまにはいいもんだな。 (らく)でいい。 しかし、この色合いはどうかと思うけど」 


 シャツの裾をピラピラさせた。


「ちょっとね。 フフフ」



 ◇



 二人は窓の外の降ってきそうなほど沢山の美しく瞬いている星を見つめる。


「······ロザリム国まであと少しだな」

「···そうね···」


 なぜかエリーンの声は沈んでいる。 デビルに追われて不安なのだろう。


「大丈夫、無事に辿り着けるさ」

「それは心配していないのだけれど······」

「じゃあ、どうしたんだ? 元気がないように見えるが」


 今、アイルはマスクをしていない。 うつむくエリーンの顔を、吸いこまれそうな薄いブルーの瞳の端正な顔が覗き込む。 薄茶色の髪がサラリと顔にかかる。

 

 

「アイルさんとの旅が······終わるのかと思うと······」 

「!!」



 アイルはショックを受けた。




 旅の終わりなど考えたこともなかった。 そうだ、ロザリム国までの約束だった。



 エリーンには彼女の国でやらなければならない事があるのだろう。

 そして自分もいつまでもエリーンと行動を共にするわけにもいかない。




 必ずゴルドは追ってくる。


 


 考えるだけで胸が締め付けられる。



 しかし、エリーンも同じように離れることが辛いと言ってくれた。

 自分と離れなければならないかもしれないという事を考えるだけで、エリーンは泣きそうな顔をしている。




――― 愛おしい ――― 




 アイルはエリーンを抱きしめた。 エリーンも腕をまわしてアイルの胸に体をあずける。


 二人とも言葉を発しなかった。 お互いの心臓の鼓動だけが感じられる。



 アイルはエリーンを体から離し、顔を見つめた。 美しいグリーンの瞳が、アイルを見返す。




――― 狂おしいほど愛おしい ―――




 アイルはそっとエリーンの唇に、自分の唇を重ねた。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

〈主人公〉

レイス・フォルト = (偽名)アイル = (あだ名)エンデビ


〈ヒロイン〉

エリーン・トレーディング = (偽名)リン


〈鍛冶師〉

父 ディグ・デーン

母 カレン・デーン

兄 ヨルト・デーン

弟 ヤムス・デーン


〈傭兵〉

ナパル・フィッシャー


〈元友人〉

ゴルド・レイクロー



次章、二人の過酷な運命が動き出す!!

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