14章 狙われるエリーン
森の中で野宿していると、デビルがエリーンを見つけ仲間を呼んだ。
十数頭のデビルが襲ってきた。
14章 狙われるエリーン
アイル達は別ルートを目指す。 夜になる前にできる限り馬を駆ってデビルが多く出るというベネク山から遠ざかりたかった。
夜になった。
大きな岩の隙間にエリーンが入り、アイルが手前に胡坐をかき、気配を消して座った。
まだこの辺りはデビルが多い。 特に新月の今日はデビルの動きが活発になる。 チラチラと赤い瞳を輝かせてデビルが森の中を飛んでいるのが見えた。
月明りのない真っ暗な森の中を、真っ赤な瞳が近くを通りながらこちらを見た。
アイルの横から奥の岩場に隠れて眠るエリーンの方を見ている。
まずい! 見つかった!!
デビルが真っ直ぐこちらに向かって来た。
アイルが立ち上がりざまロングソードを抜いて振り上げた時、デビルが大声で鳴いた。
「ギュォォォォォ!」
ザン!と周りに伸びる枝ごと斬ると、黒い霧となって消えた。
しかしデビルの鳴き声を初めて聞いた。
「もしかして仲間を呼んだのか?」
まわりを見ると、いくつもの赤い光がこちらに向かってくる。
エリーンも目覚めて、震える声で名前を呼ぶ。
「アイルさん」
「大丈夫だエリーン、なるべく奥の方に隠れていろ!」
大きな岩の隙間なので、無理して奥に入り込めば外からは見えにくいはずだ。
アイルはエリーンから少し離れてデビルたちを迎え撃つ。 近すぎると岩の隙間に隠れるエリーンがみつかってしまう。
「こっちだ!!」
デビル達の注意を引き付けると、真っ直ぐアイルを目指して飛んできた。
木の生い茂った森の中、150㎝のロングソードは使いにくい。 腰の剣を抜いて構えた。
最初に向かって来た1体の首を切り落とした。 木の間を縫ってすぐ横に来たデビルの胴を真っ二つにする。 次々に襲ってくる。 2体を切ったが3体目はキズが浅い。 すぐに黒い霧がキズを包み、元に戻る。
上から襲いかかってくるデビル達に向かって飛び上がり、首を斬り胴体を切る。
しかし、対魔剣でないうえに剣が短いので、3体に1体は仕損じる。 そして新月のせいかデビルの動きがいつもより早い。 デビルの数は十数体に膨れ上がって来た。
枝から枝に飛び移りながら1体、また1体と倒していく。
3体同時に来た。 ザザン!と2体の首を切り落としたが、また1体仕損じ、すぐに向かってきた。
つい仕損じた奴に気を取られた時に、右肩に激痛が走った。
「ぐわっ!」
後ろから噛み付かれた! 足を滑らせ肩にデビルが噛み付いたまま枝から落ち、地面にたたきつけられる。 その拍子にデビルが離れた。
うめく暇もなく、すぐに襲い掛かってくるデビルを切り捨てるが、痛みで感覚が鈍る。
「キャァァァァ~~~ッ!!」
その時エリーンの悲鳴が聞こえた。 見るとデビルが岩場の中に手を突っ込み、エリーンの足を掴んで引っ張り出そうとしている。
「はぁ~~っ!!」
アイルの瞳が赤くなり白い牙が口元から伸びる。
アイルが力を溜めると、まわりに風が渦巻き始める。 ザザザザと風で枝がしなり、葉が渦巻く。
「はぁっ!!」
力を放つと風が凄い勢いで渦巻きはじめ、デビル達を飲み込む。 デビル達は木にぶつかり風に翻弄されてコントロールを失いなすすべもなく風の中でもがく。
そんなデビル達を置いて、アイルはエリーンの足をつかむデビルに向かい、後ろから首をはねた。
「おいで」
アイルはエリーンに手を差し出す。
エリーンはアイルの赤い瞳と白い牙よりも、アイルの肩のキズにが目に入った。
「肩が······」
「大丈夫だから、急いで」
エリーンは岩場から這い出てきた。
ザザザ!ゴォォォォ!と、凄い音を立てながら風が渦巻いている。
エリーンはアイルに抱きついた。
「少しの間ガマンして」
アイルはエリーンを抱き上げ、頭をしっかりと支えて飛び上がった。
岩場を飛び越え、木々の間を猛スピードで走り抜け、デビルの群れから離れる。 草原を横切り、川を飛び越えて走り続けた。
そして先の森に入ってからもしばらく走ってからスピードを落とし、やっと立ち止まった。
デビルの気配を探る。 ついてきている気配はないのでやっとアイルは力を抜いた。
目と牙は戻っている。
「大丈夫か?」
エリーンをそっと地面に下ろした。
「はい」
エリーンはアイルを見上げてニッコリと笑った。
しかし本当はあまり大丈夫ではない。 凄いスピードで木をよけながらジグザグに走り、ジャンプを繰り返し走ってきた。 少し目がまわって気持ちが悪い。
「あっ! アイルさん、肩」
肩のキズが目に入り、慌てて立ち上がって、ふらついた。
「つっ!」
思わずこけそうになるエリーンを支え、肩に激痛が走る。
「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
しかし傷口から血がドクドク流れ出ている。
「アイルさん、座ってください」
「大丈夫だから」
「いいから!」
エリーンはアイルを無理やり座らせた。
エリーンはアイルの横にひざまずき、肩の傷口に手をかざす。
何をしているのかと思っていると、肩の痛みが和らぎ始めた。
よく見るとエリーンの手から僅かに光が出ていた。 とても温かくて気持ちいい。
「ヒールなのか?」
聞いたことはあるが初めて見た。 回復魔法だ。
エリーンは集中していて聞いていない。
黒髪が垂れる額から汗が流れる。
アイルは真剣な表情のエリーンに見入った。
白いきめの細かい肌に、睫毛の長い大きなグリーンの瞳が美しい。 可愛い顔なのによく見ると鼻筋が通っていて、赤く小さい引き締まった唇からは意志の強さを感じる。
時を忘れてエリーンの顔に見惚れていると「ふぅ~~」とエリーンがアイルから離れて座り込んだ。
気づけば痛みはなくなっていた。 腕を動かしてみるが、まるで痛みはなくなっている。
「ありがとう。 凄いな」
「フフフ。 いつも助けてもらってばかりなので、役に立ててよかったわ」
そういうエリーンの足を見たら、デビルにつかまれた場所から血が出ていた。
「血が······」
「本当だわ。 気が付かなかった」
「ヒールで治せないのか?」
傷口が痛々しい。
「なぜか自分には効かないの」
ペロリと舌を出す。
アイルは薬草を出してエリーンに塗ってあげた。
◇◇◇◇
日が昇ってから昨夜の森に戻り、馬を探した。
デビルは人間以外には興味がないようで、馬は昨日の場所で草を食んでいた。
馬に跨り先を急ぐ。 できるかぎりベネク山から離れたかった。
次の目的地のトルデーン国はこの場所の東側にあるが、山を挟んだ北側の道を進む。
その先にさらに北側にシャンボリー国がある。
その夜以外、デビルはほとんど姿を現さなくなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
数日進むと村があった。
久しぶりに民家に泊まらせてもらえる事になった。
兄妹という設定も、マスクの理由もあっさりと信じてもらえて「大変だね」と、大きな家の二階の客間に通された。
2度目になるとエリーンも慣れたものだと思っていたが、部屋に入った途端、ため息をついて大きなベッドに座り込んだ。
「やっぱり緊張するわ。 次はお兄さんが話してくださいね!」
再び大きなため息をつく。
やっぱり可愛い。 思わず抱きしめそうになる衝動を抑えて、窓際に椅子を持ってきて座った。
真っ赤な夕日が辺りを赤く染め、水田に映るもう一つの赤い太陽が風にゆらめきキラキラと瞬く。 こんなに美しいのに、夜になるとデビルが横行して危険な場所へと様変わりするのだ。 アイルは憤りを感じながら夕焼けを見つめていた。
その時、ノックがあった。 家主の奥さんの[シェリール]さんだ。
「夕食をここに置いておくね。 風呂の準備もできているから、いつでも降りておいで。 気兼ねしなくてもいいからね」
シェリールさん夫婦にも嫁に行った娘と、街に働きに出ている息子がいるそうで、アイル達の事を本当の子供のように歓迎してくれている。
遠慮なく美味しい食事をいただき、風呂にも久しぶりに入らせてもらった。
◇
風呂上がりで気持ちがいいアイルはマスクを外して窓辺の椅子に腰かけ、すでに真っ暗になった外に目をやった。
夜空にはウインクをしているような下弦の月が浮かんでいる。
「綺麗だな」と思わず呟く。
しかし、この空のどこかでデビルが罪のない人を殺しているのかと思うと、怒りが込み上げてくる。
「アイルさん」
ふいに声をかけられ、ハッとして振り返った。
枕を背もたれにしてベッドに座るエリーンが端に移動して、ベッドの半分をあけて布団をめくった。
「今日のお昼は寝てないでしょ? ここでゆっくりと寝て下さい」
自分の横をトントンと叩いた。
アイルは驚いた顔でエリーンを見つめる。
それを見て、エリーンはハッとして顔が真っ赤になった。
「あっ!······そういう意味ではなくて、ただゆっくりと寝てもらいたかっただけで······」
アイルはニッコリと笑い、ロングソードを椅子に立てかけて立ち上がる。
「あ···あの······誤解しないでくださいね!······えっと······」
エリーンはますます赤くなる。
アイルはゆっくり近づき、ベッドに腰かけ、エリーンを見つめた。
風呂上がりの薄茶色の髪から水がしたたる。
「だ···だから···そういう······」
今度は布団に入り、肘枕をしてエリーンの方を向いて横になった。
「そういうって···どういう?」
ニンマリ笑って言うと、エリーンはアタフタする。
「だ···だから······」
「だから?」
ズイと顔を寄せるとエリーンは逃げるように後ろに下がりベッドから落ちそうになった。
「キャッ!」
アイルはエリーンを引き寄せ、元の位置に寝かせてあげた。
「ハハハハハ!」
久しぶりに声をあげて笑った。 いや、こんなに気持ちよく笑ったのは生まれて初めてかもしれない。
「もう! いじわる!」
拗ねてみせるエリーンの首の下にそっと腕を入れると、エリーンもアイルの肩に頭を寄せてきた。
アイルは優しくエリーンの頭をなでてから、そっとおでこにキスをして目を閉じた。
◇
気づくと空が明るくなりかけていた。
この力が現れてからこんなに眠ったのは初めてだった。 そして、こんなに清々しい朝も初めてだった。
いまだに気持ちよさそうに横で眠るエリーンの頬にキスをしてから、腕枕をしている腕をそっと引き抜き、窓辺に立った。
しだいに昇る太陽の明かりを受け、木々の葉の夜露が反射して美しく銀色に輝きだす。
エリーンと自分の過酷な運命の未来もこうであってほしいと、心から願った。
◇
朝食は、是非にと言われてシェリール夫妻と共にした。
お兄さんが対魔剣士と聞き、色々話してくれた。
ご主人が言うにはこの辺りにはめったにデビルが出ないらしい。 それでも全然いないわけではなく、今までにも犠牲になった人が何人かいるそうだ。 暗くなると家の外に出ることができないので、とても不便だという。
ご主人は薬師で、一階の別室は小さいながらも薬屋を営んでいるそうだ。 色々な薬草の匂いが漂ってくると思っていたのだが、やはりそうだった。
急患の時には、危険を冒して薬を貰いに来る人がいる。 そんな人達が心配でならないと嘆いていた。
横を見るとエリーンがキュッと唇を噛みしめている。
デビルが出るのはエリーンのせいではないというのに。
アイル達が出発する時、シェリールさんが「途中でお食べ」と、お弁当を用意してくれた。 そのうえ夜は冷えるからとエリーンに娘さんのフードマントまで着せてくれた。
「リンちゃん、無事にお母さんに会えるといいね。 道中気をつけてね」
「ありがとうございます!」
エリーンは申し訳なさそうな顔をして、深く頭を下げた。
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〈主人公〉
レイス・フォルト = (偽名)アイル = (あだ名)エンデビ
〈ヒロイン〉
エリーン・トレーディング = (偽名)リン
〈元友人〉
ゴルド・レイクロー
アイルとエリーンはいい雰囲気ですね
(*^_^*)




