13章 二人きりの旅
よく考えると二人きりの旅は初めてだ。
少し気まずい空気が流れる。
( ゜ε゜;)
13章 二人きりの旅
部屋に戻り、二人はベッドに腰かけた。
あんなことがあったにもかかわらず、窓から見える満月は美しく、月明りを窓から落として四角い影を床に映し出す。
エリーンがポツポツと話してくれた。
フォントとアイルがいない分を補おうと、気付けばみんな暗くなるまで仕事をしてしまった事。
たまたまエマと納屋に道具を片付けに行った時にデビルが襲ってきたこと。
そして衝撃的な事を打ち明けた。
「······デビルは······多分···私を探していたの」
「えっ?!!」
アイルは驚いてエリーンの顔を見る。
「デビルにとって私は邪魔な存在だから······」
「?······どういうことだ?」
アイルはエリーンの顔を覗き込む。
「それ以上は······今は······いつか時が来たら······」
「·········」
「それでも······私と一緒にいてくれますか?」
涙をいっぱい溜めて、アイルを見つめてきた。
「もちろん······なにがあっても、絶対に離れない」
アイルはエリーンの目を真っ直ぐに見つめて答えた。
エリーンはポロポロ涙を流して抱きついてきた。
「黙っていてごめんなさい」
「大丈夫。 俺が護るから······なにがあっても必ず護るから」
アイルも優しくエリーンを抱きしめた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜、二人で話し合って翌朝発つことに決めた。
ここで1ヶ月仕事をするという期限まであと数日あったが、エリーンは申し訳なくてバナさんの顔が見られないと言う。
アイルもあの姿を見られ、みんなに怖がられているのではないかと思った。
現に昨夜、もの言いたげにチラチラ見てくるみんなの視線が痛かった。
翌朝起きてすぐ、朝食後に発つことをみんなに話すと、フォントが「そうか···」と言っただけだった。
朝食後、準備を整えて下におりると、みんなが待っていた。
「「ありがとうございました」」
二人で頭をさげると、「元気でな」とフォント。 ゴンズも横で頷いている。
「私も対魔剣を一本、手元におくことにするよ。 アイル君がいないと、みんなを守れるのは私だけだからな」
そう言って、寂しそうに笑った。
「リンちゃん、一回抱きしめてもいい?」
カミルがそういって手を広げたので、エリーンがハグをすると、カミルは耳元でささやいた。
「俺、けっこう本気だったんだ······お嫁にきたくなったら、いつでも待っているからね」
エリーンは少し困ったように笑う。
カミルはエリーンから離れると、今度はアイルに手を差し出した。
「昨日は······その······混乱してて言えなかったが、助けてくれてありがとう」
アイルは差し出されたその手を握り返した。
エリーンは躊躇いがちにバナに抱きついた。
「ごめんなさい······本当にごめんなさい」
「なにを謝っているんじゃ? 爺さんはあんなで不愛想だから口には出さんかったけど、あんた達が来て、孫ができたみたいじゃと喜んでいたんじゃよ。 またおいで」
エリーンは涙が止まらなかった。
今度はアイルが小さなバナにハグをした。
「助けられなくて、すみません」
「あんたが悪いわけじゃないさ。 それに、エマたちを助けてくれたじゃろ? それで十分さ」
バナは大きなアイルの背中を優しくポンポンと叩く。
一旦奥に入っていたエマが出てきた。
「これを······」
差し出された巾着袋には一ヶ月分には多すぎるほどの報酬が入っていた。
「旅に必要な物を、あんたたちの馬に付けさせてもらったよ。 今までありがとうね」
そういって涙を袖で拭いた。
◇
二人で仲良く一頭の馬に乗り遠ざかっていく。 その後ろ姿をみんなで見送る。
「あの二人って······」
どうやら[リン]とは偽名のようだし、アイルの赤い瞳に牙。 そして彼のまわりで渦巻く炎まじりの凄まじい風。 身体能力も人間とは思えない。
「いいじゃないですか、フォントさん。 二人共いい人なんですから」
「そうだよ、あんた。 あの子たちのあの優しさにウソ偽りはないよ」
「そうじゃな······本当に、いい子達じゃった······本当に······」
5人はアイル達が見えなくなるまで、いつまでも後ろ姿を見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アイルとエリーンはずっと一緒に旅をしていたような気がしていたが、本当の二人旅は初めてだった。
なんだか気まずい空気が流れる。
今日は少し熱い。 昼食のために河原に下りた。
アイルは何気なくマスクを外して顔を洗っていた。
「あら?」
「えっ?」
顔を上げるとエリーンと目が合った。
アイルは慌てて顔を拭いてマスクをつける。
「フフフ」
「えっ?」
エリーンはアイルの顔を見て笑った。
「顔······変か?」
「違うの。 お兄さんの顔に本当にキズがあったらどうしようってずっと思っていたの。 なくて良かったと思って」
「えっ?」
「だって、本当にキズがあったら、アイルさんが傷ついたかもしれないから申し訳ないなって······」
アイルはニッコリと笑った。
「ありがとう」
「なにが?」
「いや······何でもない」
アイルは自分の顔を綺麗だとか女みたいだと言われることが嫌だった。 しかしエリーンは本当の自分を見てくれていると思って、ありがたかった。
気まずい空気は吹き飛んだ。
それからのエリーンはよく喋った。
空がきれい。 花が可愛い。 空を飛ぶトンビが羨ましい。
時折鼻歌が聞こえる事もあった。
そんなエリーンを後ろから見守りながらも、頭から離れないゴルド。
なにやら過酷な運命を背負っているエリーンに、自分のおぞましい運命にまで巻き込むことになりそうで恐ろしい。
しかし、エリーンをデビルから護れるのは自分しかいない。
――― 必ず護ってみせる。 エリーンを······そして、自分を ―――
◇◇◇◇
夜になった。 しかしこの辺りからしばらく民家はない。
デビルに狙われているというエリーンに野宿は危険だ。
小さな洞穴をみつけ、エリーンに中に入ってもらった。 そして自分は入り口を塞ぐようにして見張る。
少し離れた所をデビルが飛んで行ったが、アイルは完全に気配を消しているために、気づかずにそのまま通り過ぎて行った。
たまには小さな岩の窪みだったり、木のウロの中だったり、かなり窮屈な思いをさせているにも関わらず、エリーンは愚痴の一つももらさなかった。
◇◇◇◇
アイルは夜通し見張るため、昼間に少しの間睡眠を取る。
ある風の気持ちいい昼間。
アイルは眠っていた。 いつもと違ってとても気持ちよく眠れたと思って目を開けると、すぐ上にエリーンの顔があった。 エリーンの膝枕で寝ていたようだ。
「よく眠れました?」
「あっ! わっ······」
アイルはあわてて飛び起きた。 顔が熱くなる。
「少し寝苦しそうだったので······」
アイルにつられて、エリーンも顔を赤らめた。
「あ···ありがとう······おかげで久しぶりによく眠れたよ」
「よかった」
エリーンは満足そうにニッコリ笑った。
アイルは照れかくしに、話題を探した。
「そういえば、最近デビルが増えてきたようだ。 少し前までは、1~2日に1体いるかどうかだったのに、最近は毎日のように現れる。 2~3体いる事もあるんだ」
なにげに世間話のつもりで話したのだが、思いもよらない返事が返ってきた。
「ベネク山の近くだから······」
「えっ? ベネク山とどういう関係があるんだ?」
高く大きいベネク山が見える。 ベネク山を挟んで南側にヴェールス国がある位置関係だ。
「ベネク山には魔界と通じる扉があるの」
「えっ?!」
なぜか[扉]と聞いて、胸がチクリと痛む。 自分でもなぜかわからない。
「以前は扉が小さくて、せいぜい年に1体がやっと通れるくらいだったのだけれど、5年前から扉が大きくなって、今では1~2日に1体。 新月に近づくにしたがって、2~3体出ることもあるようになってきたの」
「なぜ······」そんな事を知っているのかと聞きたがったが、怖くて聞けなかった。
そしてなぜかゴルドが頭に浮かんだ。
エリーンが思いつめたようすで話を続けようとするのを、アイルは遮った。
「私の······」
「さあ! 良く寝たし、そろそろ出発するか!」
アイルは大きく伸びをする。
「えっ?······あっ······はい」
少し遠回りをする事になるが、ベネク山から離れるルートを通ることにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃、フォントの農場に重装備をした十数人の騎馬兵の集団が訪ねてきた。
そのうちの一人が、畑仕事をするカミルに話しかけてきた。
「ちょっとお尋ねしますが、マスク姿にロングソードをかついだ人を見かけませんでしたか?」
重装備をした兵士なのに、やけに腰が低い。
「さあ、知らねぇな。 そいつが何かしたのか?」
その兵士はズイと顔を寄せてきた。 兜の中からわし鼻が飛び出して見える。
「ここだけの話ですが、エルオゼア国王がお探しなのです。 そういう人の噂だけでも聞かれたことはないですか?」
「こ···国王様? 国王様がなぜ?」
「実は、その人は凄腕で、国王様は彼に助けをお求めなのですよ」
「へえ~~」
カミルは、そういう理由なら教えてもいいのではないかと考えた。
「そういえば······トルデーン国の方にそんな奴が向かったと聞いたような、聞かなかったような······」
兵士はにんまりと笑うと、礼も言わずに馬に飛び乗り、走り去っていった。
そんな騎馬兵達を、カミルは呆然と見送った。
「······まずった?······」
◇
それから5日ほど過ぎた頃、今度は商人風の一団がアイルを捜しに訪ねて来た。
今度聞かれたのはフォントだ。 カミルから先日の話は聞いていた。
この集団も商人風の姿をしてはいるが、兵士だ。 腰に2本の剣を差している。 1本はレイピアのような細い剣で対魔剣だろう。
魔鉱を打ち込んだ剣は重い。 アイルは特別で、普通の人は細くすることで重さに耐えることができる。 ちょうど同じような剣をフォントは買って手元に置いてある。
その一団はアイルの事を聞いてきたが、アイルの話はせず、5日前に別の兵士達が探しに来たと話すと動揺していた。
「まずいな。 5日も離されているとは」
「レイスさんが捕まる前に、なんとか探し出さないと」
「という事は、こっちの方向でいいのか?」
チラリとフォントを見る。
「何とか奴等の先回りをしないと」
「レイスさん以外に我々を助けられる人はいない。 馬を潰してでも先回りしよう」
相談しているのが聞こえた。 レイスとはアイルの事だろう。
この人達は、本当にアイルに助けを求めているように思えた。
フォントは一歩近づき「いいかな?」と、話す。
「彼がここを出てから半月過ぎているが先の兵士達は重装備だと聞いた。 うまくいけば追い越せるだろう。 しかし彼には連れがいるからスピードは遅い。 だから先に追いつかれる可能性がある。 急いでくれ。 トルデーン国に向かっている」
驚いて男達はフォントを見ていたが「感謝する」と、馬に飛び乗った。
「待ってくれ!」
走り出そうとする男達を呼び止めた。
「彼を何に巻き込もうとしているのかは知らんが、先の者達よりはましだと思って教えただけだ。 話を聞くかぎり何か大きな事に巻き込んでいるようだが、彼に助けを求めるだけでなく、あなた達も彼を助けてやってくれ。 頼む」
フォントは頭を下げた。
「わかりました。 我々もできる限りの事をさせてもらうつもりです」
男は固い決意の表情で頷き、馬を駆った。
最後尾を走る若い兵士が、振り返って頭を下げる。
あの時、アイルの剣を預かった兵士だった。
◇
さらにその翌日、魔術師風の男と異国風の見た事がない変わった鎧をつけている十数人の兵士らしき一団が訪ねてきた。
今度はバナとサラがそこにいた。
「先の家で聞いたのだが、ここにしばらくの間、黒髪でグリーンの目をした女が働いていたと聞いたが、本当か?」
「リンちゃんの事かい?」ついバナが答えた。
「いたのだな! その女はどこに行った! 答えろ!!」
「年寄りに詰め寄るんじゃないよ!」
サラがバナを庇って前に立つ。
「お前でもいい! 答えろ!」
男は剣を抜き、エマに突きつける。
「行き先は聞いていない!」フォントが割って入った「暫く働いて、金を受け取ったら、さっさとどこかに行った。 行き先まで聞いてはいない。 本当だ!」
フォントが剣を突きつける男の前に立ち、睨みつける。
暫し睨み合っていたが「フン!」と言って剣を収めたあと、聞いたことがない言葉で何やら話し合っていた。 そしてフォントを一瞥すると、そのまま馬に乗って行ってしまった。
「重装備の兵士に、商人に扮した兵士に魔術師と異国の兵士?······総出演だな······何者なんだ···あの2人は······」
フォントとエマは顔を見合わせた。
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〈主人公〉
レイス・フォルト = (偽名)アイル = (あだ名)エンデビ
〈ヒロイン〉
エリーン・トレーディング = (偽名)リン
〈元友人〉
ゴルド・レイクロー
〈農夫〉
亭主 フォント
妻 エマ
息子 ゴンズ
老夫婦 ピエール
バナ
若い男 カミル
三組の謎の集団!
二人の過酷な運命が動き始める。
!!ヽ(゜д゜ヽ)(ノ゜д゜)ノ!!




